淡雪の恋 心に弾けた思いを君へ
 あゆみはというとさっきから教科書と睨めっこをしている。 今日は数学らしい。
隣の部屋も静かだし何も無いはずなんだけどなんか気になる。 お兄ちゃんが先に入っているはずなのにお母さんもお風呂に入っていった。
それにお母さんさあ、私とはお風呂に入らないのよね。
あの二人、何か有るのかなあ?

 俺はというと体も洗ってしまってだんだんと眠くなってきていた。 でも母ちゃんを残して出るのもな、、、。
「眠くなったでしょう? 上がってもいいわよ。」 「でも母ちゃんは、、、。」
「お母さんなら洗って出るだけだから心配しないで。」 「じゃあ、、、。」
そう言って出てはみたものの、なんか気になるんだよな。 パジャマを着ながら耳を澄ましてみる。
母ちゃんはやっと浴槽から出て体を洗い始めた。 (見ちゃダメだぞ。 また飛び付いちゃうからな。)
なんとか自分を抑えてみる。 でも我慢できない自分が飛び出そうとしている。
(ダメだってば。 今度こそ終わっちまうぞ。) 窓越しに母ちゃんの姿がぼんやりと見えている。
 俺は振り向くことも無いままに脱衣所を出た。
 あゆみは遅くまで勉強中で、俺が部屋に戻ったら入れ違いに一階へ下りて行った。
夜食でも探しに行ったのかな? 最近はおにぎりとかパンとかも買ってきてるみたいだから。
 そんなあゆみはパンを持って二階へ上がってきた。 そして俺の部屋をチラッと覗いていく。
(あいつに気付かれたのかな?) そうは思ったが気付かない振りをして俺は教科書に目を落とした。
 次の日も母ちゃんは朝から元気よく動き回っている。 そこへあゆみが起きてきた。
「おはよう。」 「ああ、おはよう。」
「ねえねえ、お母さんさあ、昨日お兄ちゃんとお風呂に入ってたでしょう? 何話してたの?」 「別に、、、。」
「お風呂でさあ、何話してたの?」 母ちゃんはギクッとした。
 「敏夫も来年は3年生だから進路を考えるように話してたのよ。」 「それだけ?」
「それだけよ。」 「ふーん。 おかしいなあ。」
「なあに?」 「だって最近のお母さんと兄ちゃん 仲良しなんだもん。」
母ちゃんはますますギクッとした。 (気付いてるのかな?)
「仲良しもいいけど程々にね。」 あゆみは笑っているけど、なんか不気味。
 「おはよう!」 そこへ俺が入っていくと、、、。
「じゃあ、後はお願いね。」 母ちゃんは慌てて出て行った。
「おかしいなあ。」 「どうした?」
「最近お母さん 兄ちゃんにくっ付いてるよねえ?」 「それがどうした?」
「もしかして、、、、で、き、て、る?」 「アホか。 そんなことするわけが無いだろう?」
「そうよねえ。 一緒にお風呂に入ったって親子なんだもんねえ。」 「グ、、、。」
「あらあら、どうしたの?」 「どうもしねえよ。」
俺はあゆみを振り払うようにバッグを持つと家を出て行った。

 9月と言えば15夜。 お月見だ。
「今晩さあお月見しない? よく見えるんだって。」 あゆみが俺に言ってきた。
「月か、、、。」 「そうそう。 お母さんとお月見したいなと思って。」
「いいんじゃないの? やれば。」 「冷たいなあ。 お兄ちゃんも一緒にやろうよ。」
「俺は文化祭のことで頭いっぱいだからいいわ。」 「お母さんを取られたから妬いてるんでしょう?」
「グ、、、。」 「図星ね? お兄ちゃん。」
「そんなことねえよ! ボケ!」 俺は思わずそう言い捨ててドアを閉めてしまった。
 ああ、やっちまった。 これじゃあ「出来てますよ。」って白状したようなもんじゃねえか、、、。
何やってんだろうなあ、俺。
 部屋に籠ってもどうも落ち着かない。 だからってあゆみに謝るのも癪だし、、、。
 あゆみは俺には構わずに勉強一直線らしい。 それでいい、それでいい。
 5時を過ぎた頃、珍しく母ちゃんが早く帰ってきた。 「お帰り。 珍しいね。」
「研修生が来ててね、店長と実践をやるんだって。 だから早く帰ってきたのよ。」
「今晩さあ、お月見しない? よく見えるんだってよ。」 「そう? じゃあ準備しようか。」
 あゆみと母ちゃんは買い物に出掛けて行った。 なんか楽しそうだなあ。
俺は置いてきぼりを食らった気分だ。 子供なんだなあ。
その間、あゆみの友達が訪ねてきた。 「買い物に、、、。」って言ったら帰って行った。
 町内会のおばちゃんが回覧板を持ってきたから「はーい。」って返事だけは可愛くしておいた。
 1時間ほどして二人が話しながら帰ってきた。 「買っちゃったわねえ。」
大きな袋をテーブルにドンと乗せる。 それから冷蔵庫へ、、、。
「これは?」 「ああ、敏夫君が欲しがってたキムチよ。」
「敏夫君?」 「たまにはいいじゃない。」
「敏夫君、、、ねえ。」 あゆみはやっぱり何かを感じている。
 「ねえねえ、お母さんさあ お兄ちゃんのことになると嬉しそうよねえ?」 母ちゃんはまたギクッとした。
「何で?」 「なんか幸せそうじゃん。」
「そんなことないわよ。 あゆみだって、、、。」 「そうかなあ? そうとは思えないんだけど。」
「あゆみだって大事な子なの。 あゆみはあゆみなんだから。」 「そうなんだ。」
それでもあゆみは腑に落ちない顔をしている。 「どうしたの?」
「だってさあ、お兄ちゃんと仲良くお風呂に入ってるし楽しそうなんだもん。」 「妬いてるのね?」
「別に、、、。」 あゆみはまた変な顔で部屋に戻って行った。
 その夜は見事な満月で、母ちゃんも幸せそうに見惚れている。 三人で団子を食べながら黙っている。
どれくらい経ったのか、ふと隣を見るとあゆみが居ない。
驚いて二階に目をやると窓を開けてあゆみが覗き込んでいた。 (あの野郎、、、。)
俺がアカンベエをすると、あゆみもペロッと舌を出してきた。 (憎たらしいやつだなあ。)
「ねえねえ、どうしたの?」 母ちゃんが不思議そうな顔をしたからあゆみを指差してやる。
「あらあら、、、。」 母ちゃんがあゆみに手を振るとあゆみも母ちゃんに手を振り返した。
 そして、あゆみが部屋の奥へ消えたのを確認してから母ちゃんは手を握ってきた。
「まずいよ。 あいつ、俺たちのこと気付いてるんだから。」 「そうなの?」
「くっ付いてるのも知ってるし、出来てるんじゃないかって疑ってるんだから。」 耳打ちすると母ちゃんはそっと手を放してくれた。
いやいや、またドキドキしてきたぞ。 母ちゃんのあの目は色っぽいんだよなあ。
団子を食べながら溜息交じりに見詰めてくるあの目、、、。 それを交わすので精一杯だ。
満月を見詰めていたら母ちゃんが頬を寄せてきたからさらに焦る。 「やめなって。」
「ごめん。 どうかしてるわね。」 そうは言っても母ちゃんだって抑えられなくなってきてたんだ。
 あゆみが見ていないことを確認してから俺はそっとキスをした。 「これでいい?」
「うん。 ありがとう。」 「もう遅いから寝よう。」
俺が立ち上がると母ちゃんも後ろから付いてきた。
 翌日もまたあゆみは怪訝そうな顔で俺たちを見ている。 「何だよ?」
「何でもない。」 「何か有るんだろう?」
「何でもないってば。」 なんか空気がおかしい。
 あゆみは黙ったままだし、母ちゃんも焦っている。 何だろう?
俺はどうもあゆみの動きが気になって仕方がない。 気付いてるのならいつ母ちゃんにブチ切れてもおかしくはない。

 そんなある日、母ちゃんが風邪をひいて寝込んでしまった。 「俺が面倒見るからいいよ。」
「兄ちゃん 文化祭の実行委員なんでしょう? さぼっちゃダメダメ。」 「いいだろう?」
「中学校はねえ、創立記念日で休みなんでーーーーす。 行ってらっしゃーーーーーい。」 「負けた。」
俺はしぶしぶバッグを持って学校へ出掛けた。
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