淡雪の恋 心に弾けた思いを君へ

第2章 溜息の秋

 学校へ来てはみたものの、母ちゃんのことがどうも心配だ。 熱も高いし咳もひどい。
「敏夫、ボーっとしてどうしたんだよ?」 実行委員の連中も俺を見て変だと思っている。
 宙に浮いたままで授業も終わった俺は飛ぶように帰ってきた。 「ただいまーーーーーー。」
「あらあら、お兄様 そんなに急いでどうしたの?」 「どうもしねえよ。」
「そっか。 お母さんが心配になったんでしょう? ご心配なく。」 あゆみは舌を出して笑って逃げた。
(あんちきしょうめ、、、。) やられた気分で母ちゃんの部屋を覗いてみる。
「どうしたの?」 「心配だから急いで帰ってきた。」
「そんなに急がなくてもいいわよ。」 力無く笑う母ちゃんは蒸せたように咳をする。
「だから心配だよ。」 「ありがとう。 あゆみも一生懸命にやってくれたから大丈夫よ。」
 熱も少しは下がったようで、食欲も出てきたという。 そこへあゆみがお茶を運んできた。
「咽乾いてない?」 「そうね。」
「お兄ちゃんもお茶飲む?」 「飲みたい。」
「はい。 お母さんとな、か、よ、く飲んでね。」 「んもう、、、。」
「じゃあ、ここからはお兄様にお任せしましょうかねえ。」 「何だよ、それ。」
「まあまあいいからいいから。 お二人さん お幸せにねえ。」 ニヤニヤしながら部屋を出ていくあゆみ、、、。
最近、それとなく棘を刺しに来るあゆみである。 お茶を飲みながら俺は母ちゃんの顔を覗いた。
 「あゆみも妬いてるのね。」 「妬いてる、、、程度じゃないと思うよ あれは。」
「そうかなあ? じゃあ少し寝るから後はお願いね。」 母ちゃんはホッとした顔で寝入ってしまった。
 そこへあゆみがまた入ってきた。 「ねえねえ、これからさあ直美ちゃんの家に行ってくるね。」
「帰りは?」 「うーん、分かんない。 勉強するから泊まるかも。」
「そっか。」 「私が居ないからって変なことしないのよ。」
「変なこと?」 「お母さんはお母さんなんだからね。」
「分かってるよ それくらいは。」 「お兄ちゃん お母さんと仲良しだもんねえ。」
「グ、、、。」 あゆみはまたまたニヤニヤしながら部屋を出て行った。

 あゆみが家を出た後、静かな部屋で母ちゃんと二人っきりになった俺は母ちゃんの顔を見ながらぼんやりと考え込んでいた。
今だったら何をしても周りに気付かれることは無い。 俺しか居ないんだからさ。
でも、ここでやっちまったらそれこそ取り返しが付かなくなる。 高校も終わっちまうし母ちゃんとも一緒に居られないかもしれない。
あゆみだって死ぬまで俺を軽蔑するだろう。 でも反面で我慢できなくなってきてるのも事実だ。
最近は風呂に一緒に入ることも出来るだけ避けるようにしてるし、二人きりになることも避けてきた。
それがさ、こうして二人きりになったんだ。 やばいくらいにドキドキしているのが分かる。
 俺は暴走するのが怖くて部屋に戻ることにした。 そして教科書を開いた。
 「あんちきしょうめ。。 こんな宿題ばっか出しやがって、、、。」 いつものように教科書と辞書を睨めっこしながらノートに書いていく。
フッと溜息を吐くたびに気になるのは母ちゃんのことばかり。 (またやりたくなっちまうな、、、。)
そんなことを考えては頭を振って教科書に没頭する。 それを何度か繰り返しているうちに飽きてしまって教科書を投げ出した。
 しばらくして思い出したように母ちゃんの部屋を覗いてみる。 すっかり寝付いてしまったようだ。
その布団の中へ潜り込んでみる。 暖かい。
 (このまま朝までこうして居たいな。) 俺はそう思った。
 ゴホゴホ、母ちゃんが咳込むのを聞いて目を覚ました俺は母ちゃんを向こう向きにしてから背中をさすった。
 「大丈夫?」 「ありがとう。 楽になったわ。」
そう言うと母ちゃんはまた寝込んでしまった。 (これまで一人で苦労してきたんだよな。)
 俺とあゆみを産んで以来、母ちゃんは必死に働いてきた。 府警参観も欠かさなかった。
周りからは白い目で見られていても我慢に我慢してここまでやってきたんだ。
俺には何が出来るんだろう? 大学へ進むべきか、それとも働くべきか、、、。
 どっちだっていいが、母ちゃんを一人にはしたくない。 それまでもこれからも。
 母ちゃんの頭を撫でてみる。 母ちゃんが一人の女性に思えてくる。
不思議だよね。 あゆみが居たら母ちゃんは母ちゃんのままなのに。

 あゆみが帰ってきたのは翌日の昼頃だった。 「ただいま。」
「おー、お帰り。」 「兄ちゃん ご機嫌ねえ。」
「そりゃそうだ。 母ちゃんも少しは良くなってきたし、、、。」 「良くなってきたからってやってないよね?」
「何をだよ?」 「あんなこととかこんなこととか、、、。」
「は?」 「お母さんはお母さんなんだからねえ、お兄様。」
 母ちゃんの部屋を覗いたあゆみは怪訝そうな顔で聞いた。
「兄ちゃんとは何もしなかったんだよね?」 「どういうこと?」
「しなかったんならいいんだ。」 「変ねえ。」
 母ちゃんは俺が作ったおじやを食べながら考え込んでしまった。 「変なことか、、、。」
 あゆみは部屋に籠ると教科書を開いた。 大変らしい。
俺は俺で実行委員の話し合いと勉強に追い回されている。 やっと落ち着いたのは夕方だ。
 夕食を作っているとあゆみが飛び込んできた。 「お疲れ様ーーーーー。」
「いきなり何だよ?」 「お母さまがお呼びですわよ お兄様。」
「気持ち悪いなあ。」 「あらら、嬉しいんじゃなくて?」
「そんなんじゃねえっつうの。」 「何でもいいから速く行って差し上げてね。 お兄様。」
 「ちきしょうめ。」 あゆみはまたクスクス笑いながら部屋へ戻って行った。

 「母ちゃん、、、。」 「敏夫、、、。」
「気分はどう?」 「だいぶいいわよ。 ありがとね。」
 母ちゃんはお茶を飲みながら俺を見た。 「あゆみのやつさ、相当に感付いてるよ。 どうする?」
「そうね。 きちんと話さないといけないわね。」 「そうだよ。 じゃないと疑ってるから。」
「何を?」 「子作りとか、、、。」
「やあねえ。 するわけ無いじゃない。」 咳をしながら母ちゃんはまた俺を見た。
 その寂しそうな、、、と言うのか人恋しそうな眼が何とも言えない。 俺はずっと傍に居たいと思うのだった。
好きとか嫌いだけじゃない。 何て言ったらいいのか分からないけど、もっと深い意味で、、、。
 そりゃね、恋人だとか愛人だとか言えば必ず肉体関係がどうのとか騒ぎ出す人たちが居る。
分からないことではない。 男と女が居れば自然にそうなるよ。
くっ付いたの離れたのって騒ぐ気持ちも分かる。 でも俺と母ちゃんは親子なんだ。
間違い無く親子なんだよ。

 夕食を済ませると母ちゃんはあゆみとお風呂に入った。 「久しぶりだなあ。」
「そうよね。 しばらくは入ってなかったわね。」 「お兄ちゃんとは入ってるのにね。」
「あゆみ、、、。」 母ちゃんはしばらく黙って天井を見詰めていたが、、、。
 「勉強はどう?」 「難しくて大変だよ。」
「敏夫にも手伝ってもらったら?」 「兄ちゃん 文化祭のことで忙しそうだから。」
「あゆみのことだから手伝ってくれるんじゃないの?」 「私なんかよりお母さんのほうがいいんじゃないの?」
「あのねえ、、、。」 「だってそうじゃない。 いっつもお兄ちゃんと話してるんでしょう?」
 あゆみは吐き捨てるようにそう言うと体を洗ってさっさと出て行った。
 母ちゃんは深く溜息を吐いてから天井を見上げた。 (なんとかしないとまずいな。 でもどうすれば?)
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