《マンガシナリオ》噂のプレイボーイは、本命彼女にとびきり甘い
第1話「俺、カワイイ女の子ならだれでもオッケーだけど?」
◯学校、2年2組の教室(朝のホームルーム前)


スカーフ部分は細い赤いリボンで、プリーツスカートと襟がライトグレーのセーラー服を着た女子生徒。

モスグリーンのブレザーに、ボーダーのネクタイ、グレーのズボンをはいた男子生徒。

そんな制服姿の清翔(せいしょう)高校の生徒たちが各々の教室に入っていく。


クラスメイトたち「おはよー!いっしょのクラスだね〜♪」
クラスメイトたち「また1年よろしくね♪」
クラスメイトたち「最悪…。彼氏と別々のクラスだし…」
クラスメイトたち「それはしょうがないけど、ショックだよね〜」


クラス替えの表を見てやってきた教室内に、喜びや嘆きの声が聞こえる。

そんなワイワイガヤガヤと騒がしい教室で、1人窓際の一番後ろの席で本を読む、ヒロインの権田原凛(ごんだわらりん)

白い肌とは対象的な艶のある胸元までの長い黒髪をお下げにして、メガネをかけて、無表情で文庫本を読んでいる。

そんな凛を見つけて、クラスメイトたちが声を潜める。


クラスメイトたち「もしかして、…あれって“ゴンさん”?」
クラスメイトたち「うん。同じクラスみたいだよー」
クラスメイトたち「あー…、そうなんだ。…なんか、うん、ウチらどんまいって感じだね」
クラスメイトたち「シ〜…!ゴンさんに聞こえるって〜」


凛を見て、クスクスと笑うクラスメイトたち。

凛は一瞬横目で見るも、聞こえていないフリをして表情を変えずにまた視線を文庫本へと移す。

他のクラスメイトたちは和気あいあいとする中、凛の周りだけ空気が違うかのように、だれも寄りつこうとしない。

凛はわかっている。

自分が周りから、『権田原』というインパクトの強い響きの名字から『ゴン』と呼ばれ、『優等生』のレッテルを貼られ、小馬鹿にされていることを。

生真面目な凛は、ルールや規則を絶対に守って、さらに勉強熱心。

周りと自分は違うということも自覚して、馴れ合いを求めずいつも1人で過ごしていた。

そういうところが、近寄りがたいオーラを出し、周りから『優等生』と言われる所以だ。



◯学校、2年2組の教室(朝礼のホームルーム)


キーンコーンカーンコーン


朝のチャイムが鳴っても、なかなか席につこうとしないクラスメイトたち。

凛は読んでいた文庫本をバッグにしまい、手は膝の上に置き、前の黒板に視線を向けていた。

そのとき、教室の前のドアが開く。


先生「さっさと席につけ〜!もうチャイム鳴ってんぞ〜!」


出席簿を脇にかかえたこのクラスの担任が入ってくる。

アラサーの比較的若い男の先生だ。


クラスメイトたち「でも先生〜!席順が書かれてないので、どこに座ったらいいかわかりませ〜ん」
先生「そんなの、今はテキトーでいいんだよ。ほら、座れ座れ〜」


先生がパンパンと手をたたくと、まるでやる気のない椅子取りゲームかのように、立ち話をしていたクラスメイトたちがひとまず空いている席にパラパラと座っていく。

必然的に、教卓に手をついて立つ先生の前の席だけだれも座らない。


先生「――ということで、この2年2組を受け持つことになったから、これから1年間よろしくな」
クラスメイトたち「「よろしくお願いしまーす!」」


担任の先生は比較的イケメンで女子生徒たちから人気があり、さらにノリもいいことから男子生徒たちからも人気があった。


先生「で、このあと始業式があるから体育館に向かうわけだが、その前にお前らに報告がある」
クラスメイトたち「なんですかー?もしかして、転校生とか!?」
クラスメイトたち「まっさかー!マンガやドラマじゃないんだし、そんな流れベタすぎでしょー!」


そう言って笑っている女子生徒たちを、先生はニヤリとした表情で見つめている。


先生「いや、その“まさか”だよ」
クラスメイトたち「「えっ!!」」


ざわつく教室内。


クラスメイトたち「先生!女子ですか!?男子ですか!?」
クラスメイトたち「男子ならイケメンでお願いしま〜す♪」
クラスメイトたち「いやいや、女子に決まってんだろー!」


まだどちらともわからない転校生の話で、クラスメイトたちは大盛り上がり。

そんな話題にも興味なさそうに、凛は表情を変えない。


先生「まぁ落ち着け、落ち着け。それじゃあ、入ってきてくれ」


先生が教室の前のドアに向かってそう呼びかける。

すると、ゆっくりとドアが開けられた。

チラリと視線だけ向ける凛。

入ってきてすぐに目についたのは、ウルフマッシュの髪型にバターブロンドカラーの明るい金髪。

その奇抜な髪色に度肝を抜かれていたら、長い前髪から見え隠れするアーモンドアイと、すっと通った鼻筋に視線が行く。

大きな目でやや幼く見えるも、色白の整った美しい顔立ちに、クラスの女子生徒たちは一瞬にして目を奪われる。


先生「戸倉蓮(とくられん)くんだ」


180センチ近い先生と横に並んでもほぼ同じくらいの高身長の蓮。


蓮「戸倉です、はじめまして」


少しはにかみながらもペコッと軽く頭を下げる蓮に、女子生徒たちは骨抜きに。

男子生徒たちでさえも、その完璧すぎる蓮のルックスに妬みすらわかない。

イケメン転校生の登場に、クラスメイトたちは軽く放心状態でだれも言葉を発せられない。


先生「いきなりで悪いが戸倉、この一番前の席しか空いてないから、とりあえずそこに座ってくれるか?」
蓮「はいっ」


教卓前の唯一の空席にリュックを置いて席につく蓮。

両隣の女子生徒は、指を丸めた両手で恥ずかしそうに口元を隠しながら、蓮の様子をうかがっていた。

その視線に気づく蓮。


蓮「よろしくね。わからないことがあったら、聞いてもいいかな?」
クラスメイトたち「も…もちろん…♪」
クラスメイトたち「なんでも聞いて!」


女子生徒たちは、目がハートマークになる。



◯学校、2年2組の教室(始業式後の休み時間)


転校初日にして、蓮の噂はまたたく間に学校中に広まる。

隣のクラスだけでなく、他の学年からも蓮の姿を一目見ようと学校中の女子生徒たちが教室内を見渡せる廊下から顔を出してのぞいていた。

そんな女子生徒たちに、爽やかなスマイルを向けて手を振る蓮。

凛は騒がしいのも無視して、読書をしていた。

だれも近づかない凛の周りとは違って、蓮の席の周りは女の子だらけ。

その光景に興味のない凛だが、前に視線を向けると必然的に蓮の明るい髪が目に入る。


凛(高校生なのに…金髪だなんて。それに、ピアスまで開けて不良みたい)


動くと、蓮の左耳につけているシルバーの輪っかのピアスが少し揺れる。

凛は目を細めながら、メガネ越しに蓮に視線を向けていた。

清翔高校は校則がゆるく、髪を染めるのもピアスを開けるのも自由。

しかし、生真面目な凛の中ではそういう派手な格好に偏見があった。

というのも、凛の父親は銀行マンで、母親は中学校教師。

そんなお堅い職業の両親を持つ凛は、これまでに規則や親の言うことを破ったことは一度もなく、真面目一筋に育てられてきた。

そのため、金髪の蓮に対しても、第一印象は嫌悪感に近いような感情を抱いていた。



◯学校、2年2組の教室(ホームルーム)


1学期の各委員会を決める。

黒板には、【美化委員】、【図書委員】など、委員会名が書かれ、男女1人ずつの名前も書いてある。

【学級委員】と書かれた欄だけ、だれも名前が書かれていない。


先生「だれか、学級委員に立候補するやつはいねぇのか〜?」


先生は、指先で握っている白のチョークでコンコンと【学級委員】の欄を突つく。

しかし、だれも手を挙げようとしないし、先生から視線をそらしておしゃべりしている。


クラスメイトたち「…だって、学級委員でしょ?」
クラスメイトたち「そんなの、だれもやりたがらないよ〜」
先生「学級委員したら、ちょっとは内申上がるかもだぞっ」
クラスメイトたち「そう言われても〜…」


あからさまにいやな顔をするクラスメイトたち。

そんな中、ある女子生徒がスッと手を挙げた。


先生「おっ!学級委員に立候補か!?」
クラスメイトたち「立候補じゃないんですけど、推薦したい人がいるんですけど〜」
先生「推薦?だれだ?」
クラスメイトたち「権田原さんがいいと思いまーす!」


その発言に、クラスメイトたちの視線が窓際の列の一番後ろの席に座る凛に一斉に向けられる。


クラスメイトたち「権田原さんって、去年も学級委員してたよね?しかも1年間」
クラスメイトたち「…1年間!?どんだけ真面目ちゃんだよ」
クラスメイトたち「いやいや、ゴンさんは真面目だけが取り柄だからっ」


小馬鹿にしたように笑うクラスメイトたち。


先生「権田原、そうなのか?」
凛「…はい。だれもやる人がいなかったので」
先生「だったら、他のやつがやれ〜。権田原ばっかりに任せるなー」
クラスメイトたち「え〜。でも、権田原さんが適任だと思うですけど〜」
クラスメイトたち「「さんせ〜いっ♪」」


周りがそう言うものだから、2年2組の女子の学級委員は凛に決まった。


先生「権田原、…本当にいいのか?」
凛「はい。わたしはかまいません」


先生にそう言うと、凛は【学級委員】の女子の欄に自分の名前をチョークで書いた。

べつに、いやいや学級委員になったわけではなかった。

凛にとって学級委員は周りが思うほど苦ではなかったし、このままだとらちが明かないし、断るのも面倒くさかったから、それなら自分がと思った。


先生「それじゃあ、男子の学級委員はだれがする〜?このままだと、くじ引きになるぞ〜」
男子生徒たち「「え〜…!」」


だれも立候補しなかったので、男子の学級委員はくじ引きとなった。


凛(正直、相手はだれでもいい。去年だってわたしがすべて任されていて、男子の学級委員はただ委員会の集まりについてきているだけだったから。そのうち、その集まりさえもこなくなったけど)


男子生徒たちのくじ引きの様子を眺めながら、去年のことを思い出す凛。

同じ学級委員の男子とは、必要最低限の会話しか交わすことなく、凛が1人で淡々と学級委員の仕事をこなしていた。

人見知りの凛にとっても、それがちょうどよかった。


凛(だから、だれでもいい――)


そのとき、当たり(ハズレ)くじを引いた生徒が現れ、周りがわっと盛り上がる。


クラスメイトたち「よかったー!オレの前に引いてくれて!」
クラスメイトたち「どんまい!まぁいきなり学級委員なんて、ある意味運いいな!」


肩や背中をたたかれながら、くじを持って黒板に名前を書きにきたのは――蓮だった。

暗い黒板に映える明るい髪が目に入り、目を丸くする凛。


凛(…なんで、よりによって…あの人が)


クラスメイトたち「え〜…!蓮くんがなるなら、アタシが学級委員やればよかった〜」
クラスメイトたち「ほんとそれ!今からでも、ゴンさんにかわってもらえないか聞いてみる!?」
先生「ダメだぞ〜、もう決まったんだから。そんなにやりたいなら、2学期でやれ〜」
クラスメイトたち「先生、それじゃ意味ないんだってば」


蓮が名前を黒板に書いている間、そんな会話が聞こえた。

名前を書き終えた蓮はくるりと振り返るが、自分の席には座らない。

そのままスタスタと歩き、やってきたのは席に座る凛のそば。


凛「…なっ、なんですか…?」


突然隣にやってきた蓮に、挙動不審になる凛。

そんな凛に、蓮は優しく微笑む。


蓮「同じ学級委員としてこれからよろしくね、“凛ちゃん”」


その瞬間、凛の顔が真っ赤になる。

これまで『ゴン』『ゴンさん』と呼ばれるだけで、親しい人以外に下の名前で呼ばれたことがなかったから。

相手が男の子なら、なおさら。

蓮はひらりと凛に手を振ると、自分の席へと戻っていく。

間近に男の人がくることに慣れていないし、名前で呼ばれることにも慣れていない凛。

バクバクと鳴る心臓をなんとか周りに悟られないように、平常心を装うのに必死だった。

しかし、心臓がバクバクするのはそれだけではなかった。

蓮の見た目からして不良かチャラ男だと思っていたから、わざわざあいさつしにくるなんて思っておらず、予想外すぎたのだ。


凛(…もしかして、見た目と違って実はいい人なのかな)


メガネを少し下へずらし、おそるおそるに蓮の後ろ姿を見つめる凛。


先生「そういえば、学級委員。さっそくこのあと学級委員会の集まりがあるから、ホームルームが終わったら多目的教室に行くように」


先生はそう言うと、そのまま終礼に移った。



◯学校、2年2組の教室(終礼後)


始業式の今日は午前中までで、終礼を終えた生徒たちは次々に下校していく。

凛がバッグにペンケースなどを入れていると、そばに蓮がやってくる。


蓮「ねぇ。凛ちゃん、凛ちゃん」


馴れ馴れしく名前呼びで、しかも顔を近づけてくるため、凛はとっさに上半身を後ろへ引いた。


凛「あの…、その…。名前で呼ぶの、やめてくれませんか…?」


凛の言葉に、キョトンの首をかしげる蓮。


蓮「どうして?」
凛「どうしてって…。名前で呼ばれるほど、仲がいいというわけでもないですし」
蓮「だれかを呼ぶのに、そんなの関係ある?それに、『リン』と『レン』って響きが似てるから、すぐに覚えちゃったし。みんななんで『ゴンさん』って呼ぶんだろうね?『リン』っていうかわいい名前がちゃんとあるのに」


その言葉に、ハッとして目を見開けて蓮を見つめる凛。

『権田原』というインパクト大の名字に囚われることなく、自然と『凛』と呼んでくれたことが気恥ずかしくもうれしかった。


蓮「俺、女の子って下の名前でしか呼んだことないんだよね」
凛「…えっ。…そうなんですか?」


チャラい発言に、若干顔が引きつる凛。

悪びれることもなく、純粋なまなざしで凛を見つめる蓮。


蓮「うん。初めの自己紹介のときに、女の子の名前はみんな覚えちゃったし」


引き気味の凛におかまいなく、「むしろ名字は覚えられないんだよね〜」とつぶやく蓮。


凛「…そ、そういえば。わたしになにか用ですか?」
蓮「ああ、そうそう。このあとの学級委員会の集まりなんだけど…」
凛「それでしたら、わたしはあとからすぐに向かうので、戸倉くんは先に多目的教室に行ってください」
蓮「あ…うん、それがね…」


凛がキョトンとして蓮を見上げると、蓮は顔の前で手を合わせた。


蓮「…ごめん!実は、このあとちょっと用事があって、集まりに参加できないんだよね…」
凛「“用事”…ですか」


凛は、蓮に気づかれないくらいの小さなため息をつく。


凛「それなら仕方ないですね。学級委員会の集まりには、わたし1人で行きます。戸倉くんは、今日は欠席ということで」
蓮「凛ちゃんだけに任せてごめんね」
凛「気にしないでください。それよりも、用事があるなら早く帰ったほうがいいんじゃないですか?」
蓮「…うん。ちょっと時間もヤバイから、俺行くね。ほんとにごめんね…!」


蓮は教室を出る直前に、もう一度凛のほうを振り返って顔の前で手を合わせ、申し訳なさそうな表情を浮かべながら教室から出ていく。


凛(…なんとなく、こうなることは予想していた。これまでいっしょに学級委員をした男子の中でも、協力的だった人は1人もいなかったから)


凛は冷めた目で蓮が出ていったドアを見つめると、ペンケースなどをしまったバッグを肩にかけて立ち上がった。



◯学校、昇降口(多目的教室に向かうとき)


学級委員の集まりで、1階にある多目的教室に行くように言われていた凛は、昇降口の前に差しかかる。

そこで、太陽の光に照らされた明るい髪色が横目に入る。

それは、両脇を女の子たちに固められた蓮だった。


クラスメイトたち「早く蓮くん行こうよ〜!」
蓮「あ〜、カラオケだっけ?」
クラスメイトたち「そうそう。フリータイム、予約してるの♪」
女子生徒たち「「早く早く〜♪」」


両腕を女の子たちに引っ張られ、周りの女の子たちを引き連れた蓮が校門のほうへと歩いていく。

そんな蓮の後ろ姿を目を細めながら見つめる凛。


凛(…なんだ。どんな大事な“用事”かと思えば、他の女子とカラオケに行くことか)


凛はプイッと顔を背けると、学級委員の集まりがある多目的教室へと向かった。



◯学校、2年2組の教室(朝)


次の日。

凛が自分の席で1限目の授業の準備をしていると、教室に入ってきてすぐの蓮が駆け寄ってくる。


蓮「凛ちゃん、昨日はほんとごめん…!学級委員会の集まりってなんだった?」


凛は、蓮の顔を見ようとはしない。


凛「とくに大した内容ではありません。簡単な自己紹介と役員決めくらいです」
蓮「…そっか。次はいつ集まるかって、なにか言ってた?」
凛「いえ。その際は、また事前に連絡があるとのことです」


凛は授業の準備をしながら、まるでロボットのように淡々と話す。

授業の準備ができると、机の横にかけているバッグからしおりが挟んである読みかけの文庫本を取り出す。

凛の中ではすでに蓮との話は終わっていて、『今から読書の世界に入ります』というオーラを出す。

しかし、蓮にはそれが伝わっていないのか、なおも話を続ける。


蓮「そうなんだ…。次こそは参加したいけど、俺…放課後はいろいろと用事が入ってて。前もって集まりがわかっていたら、その日は予定を空けておくようにするんだけど…」


困ったようにポリポリと頬をかく蓮。

そんな蓮に、凛は鋭い視線を向ける。


凛「べつに、これからも戸倉くんはこなくてもいいですよ。集まりのときは、適当な欠席理由をわたしから伝えておきますので」
蓮「…そんなわけにはいかないよ!2人で学級委員なんだからっ」
凛「いいんです。これまでもそうでしたから。それに、戸倉くんは放課後はいろいろとお忙しいようなので」


凛は、昨日の蓮が女の子たちといっしょに学校から出ていく様子を思い出す。


凛(わたしなんかと学級委員会の集まりに参加するより、他の女子と遊ぶほうが楽しいに決まってる)


凛は蓮には一切視線を向けずに、文庫本に目を通す。

明らかに不機嫌そうな凛に、言葉をかけようとする蓮。


キーンコーンカーンコーン


そのとき、1限始まりの予鈴が鳴る。

仕方なく蓮は、自分の席へと戻っていく。

凛は、昨日のホームルームでのことを思い出す。


蓮『同じ学級委員としてこれからよろしくね、“凛ちゃん”』


凛(やっぱりあんなの初めだけ。ああいうふうに、あいさつしてきた男子は初めてだったから…。少しでも、いい人なのかなと思った自分がバカみたい)


そんなことを考えながら、凛は騒がしい教室内で、1限が始まるまでのわずかな時間、1人で静かに読書をする。



◯学校、2年2組の教室(1週間後)


蓮が転校してきて1週間。

あれから、また学級委員の集まりが放課後にあったが、蓮は用事があるからと言って先に帰っていく。

それに、いつも複数人の女の子たちといっしょに帰っている。

ひときわ映えるルックス、穏やかで優しい声、だれにでも振りまく爽やかスマイル。

ノリもよく、頭もよく、運動神経もよく、そんな蓮は転校からたった1週間で人気者になっていた。

蓮の周りには常に女の子がいて、いわゆるモテ男。

だれも寄り付かない凛とは対象的。



◯学校、中庭(放課後)


数日後。

下校前の凛は、中庭へやってきた。

吹奏楽部の練習する演奏が、校舎に反響して聞こえる。

凛は、中庭にある木の下のベンチに腰を下ろした。

天気がいい日は、家に帰る前によくここで読書をする。

木漏れ日が、凛の読む文庫本のページに降り注ぐ。

完結間近、感動のクライマックスシーンに目を潤ませる凛。


女子生徒「それってどういうことっ!」


突然、怒鳴り声に近いそんな声が中庭に響き、驚いて肩をビクッと震わせる凛。


凛(いいところだったのにっ…。…なに?)


ムスッとしながらいったん文庫本を閉じ、背中にしていた木からそっと顔をのぞかせる。

そこにいたのは、女の子の後ろ姿。

その向こうには、女の子と向かい合うようにして立つ、バターブロンドの明るい髪の男子生徒が見えた。

――蓮だ。


蓮「どういうことって言われても、そういうことなんだよね」


穏やかな口調の蓮と違い、女の子は声のトーンから怒っているということがわかる。


女子生徒「アタシ、一目見たときから蓮くんのこといいなって思って…!本気で好きだから、気持ち…伝えたのにっ」


その言葉に、鈍い凛でもさすがに今の状況を把握する。

最悪なことに、告白現場に居合わせてしまった。

気づかれないようにこの場を去ろうと、凛は荷物をまとめる。


女子生徒「それなのに、『遊びならいいよ』って…どういうこと!?」


突拍子もない言葉が飛んできて、立ち去ろうとしていた凛は慌てて振り返る。

見ると、女の子は泣きじゃくっていた。

そんな女の子に、蓮は視線を合わせるようにしてかがむ。


蓮「俺のこと、そんなふうに思ってくれてたんだ。うれしいよ、ありがとう」
女子生徒「…だったら」
蓮「でも、俺たちまだ出会ったばかりでしょ?だから、これからいっしょにたくさん遊んで、もっとお互いのこと知っていきたいな」


それはまるでキスしてしまうんじゃないかと思うくらい顔が近くて、なぜか凛のほうが顔が真っ赤になってしまった。


蓮「ていうか、本当に俺でいいの?俺ってとんでもない男だよ?」
女子生徒「それでも好きなのっ…」
蓮「だって、彼女…3人いるし」


彼女が3人もいるという蓮の発言に、驚愕する凛。

顔を引きつらせながら、見てはいけないと思いつつも話の続きが気になって、木の陰から様子をうかがう。


女子生徒「じゃあ、アタシは4番目でいいから…!」
蓮「そんなのダメだよ。自分で自分の順位をつけるなんて」


女の子の肩にそっと手を置き、女の子を見つめる蓮。

それはまるで、映画のワンシーンのよう。


女子生徒「それなら、たくさん蓮くんと遊んでお互いのことを知ったら、アタシを彼女にしてくれる…?」
蓮「そうだね。そうなるといいね」


蓮の言葉に涙を指ではらい、目を輝かせる女の子。


女子生徒「アタシ…がんばる!だから、『遊び』でもいいから蓮くんといっしょにいたい」


蓮は女の子に、無言のまま優しい笑みで頭をなでる。

女の子を送り出し、女の子の姿が見えなくなるまで手を振る蓮。

凛も気づかれないまま帰ろうとするが、つまづいてしまいベンチのそばで転ける。

その音に反応して、蓮が振り返る。


蓮「…あれ?凛ちゃん?」


蓮が駆け寄ってくるとわかって、慌てて乱れた髪やスカートを整える凛。


蓮「どうしたの、こんなところで」


尋ねた蓮だったが、バッグから飛び出して地面に落ちていた文庫本に気づく。

その文庫本を手に取り、表紙を軽くパンパンとはたいて凛の前に差し出す。


蓮「もしかして、ここで読書してたの?」


蓮の問いに、凛は無言で小刻みに首を縦に振る。


蓮「そっか〜。じゃあ、さっきの話聞かれちゃってたんだ」


その問いに対しては数秒間が空き、それからぎこちなくうなずく。


凛「あ…あの、べつに聞くつもりはなかったんですけど…」
蓮「いいの、いいの。聞かれて困る話でもなかったし」


蓮は何事もなかったかのように無邪気に笑う。

その表情に、口がポカンと開いて驚く凛。


凛「聞かれて困る話でもなかった…?彼女が…3人いるっていうのもですか?」


おそるおそる尋ねる凛に、蓮は微笑みながらこくんとうなずく。


蓮「うん。だって、本当のことだしっ」


そのあっけらかんとした蓮の態度に、凛はさらに口があんぐりと空き、目を丸くした。


凛(こ…、この人…。最低だ〜…!!)


開いた口が塞がらない凛に、そっと蓮が顔を近づける。


蓮「なんなら、凛ちゃんも付き合っちゃう?遊びでいいなら大歓迎」
凛「からかわないでください…!それに、こんな地味なわたしなんかと遊んだところで楽しいわけ――」
蓮「楽しいとか楽しくないとかじゃなくて、俺、カワイイ女の子ならだれでもオッケーだけど?」


ゲスいことを言うわりには、キョトンと純粋な目で凛を見つめる蓮。

なんだかそのギャップにこわくなった凛は、座り込んだままゆっくりと後ろに下がり、蓮から離れようとする。

しかし、突然その手首をつかまれる。

ズレ下がるメガネ。

真っ赤な顔をして、潤んだ目で蓮を見上げる凛。


蓮「ほら。今の凛ちゃん、すごくかわいいよ。そんな顔されたら、このまま――」


そうつぶやいた蓮が凛の唇に視線を移し、ゆっくりと顔を近づける。
< 1 / 5 >

この作品をシェア

pagetop