《マンガシナリオ》噂のプレイボーイは、本命彼女にとびきり甘い
第2話「このコ、俺の彼女だから」
◯学校、中庭(放課後、第1話の続き)
蓮にキスされると思い、ギュッと目をつむり、プルプルと震える凛。
しかし、なにも起こらない。
ゆっくりと目を開けると、上目遣いで凛の顔をのぞき込む蓮の顔。
その表情は、ゆるく口角が上がっている。
蓮「もしかして、キスされると思った?」
凛「…へ……?」
蓮「冗談に決まってるじゃんっ。凛ちゃんの反応が初々しかったから、ついからかってみたくなっちゃって」
冗談だと言ってケラケラと笑う蓮に対し、本気と捉えてしまった凛は顔が真っ赤になる。
凛(…ほっ、本当に最低…!!)
からかわれて、恥ずかしさのあまり一瞬潤んだ瞳で蓮をにらみつける凛。
そんな凛のあごに、蓮はそっと右手を添える。
蓮「お互いの合意もないのに、キスなんてしないよ。まぁ、凛ちゃんがしてほしいって言うなら、今ここでしてあげてもいいけど」
凛「そんなこと…!絶対に言いません…!!」
凛は、蓮の胸板に手をついて突き飛ばすと、落ちていたバッグを拾い上げて、その場から逃げるように走っていく。
凛(最低、最低、最低…!人をなんだと思ってるの、…あのチャラ男!)
蓮は、そんな凛の後ろ姿を優しいまなざしで見つめていた。
◯学校、2年2組の教室(昼休み)
それから1ヶ月後。
相変わらず蓮は学校で人気だったが、『プレイボーイ』としても有名だった。
この1ヶ月の間で学年、学校問わず、いろんな女の子から告白されている蓮。
凛も中庭での一件だけでなく、あれから何度か蓮が告白されている場面に出くわしていた。
しかし、すべて『彼女が3人いる』『遊びならいいよ』と言って、告白の返事をかわしていた。
告白する女の子たちも蓮にゾッコンで、遊びの付き合いを承諾しているコもいれば、絶対に蓮の本命彼女に成り上がってみせるといったコもいて、蓮は常にそんな女の子たちに囲まれている状況。
そういったことから、『プレイボーイ』と噂されるようになっていた。
蓮自身も『プレイボーイ』だと自覚はあるようで、それを逆に褒め言葉と捉えているのか、まったく気にしている様子はない。
女の子だれにでも愛想を振りまいている。
それは、生真面目なガリ勉ガールの凛にも同じことだった。
蓮「凛ちゃん、凛ちゃん!」
自分の席で読書をしている凛のところへ、蓮が駆け寄る。
凛「…な、ななな、なんですか…!?」
蓮を警戒するように、上半身がのけぞる凛。
蓮「あれ?なんか俺、警戒されてる?」
凛「…当たり前です!近づかないでください…!」
凛の頭の中で思い出されるのは、この前の裏庭でキスされそうになった場面。
頬を真っ赤にして蓮を拒絶する。
そんな凛の反応がおもしろいのか、蓮は口角を上げている。
蓮「もしかして、またキスされると思った?」
顔を近づけてきた蓮が凛の耳元でささやき、耳まで真っ赤になる凛。
凛「キ…、キスはされてませんからっ…!」
蓮「凛ちゃん、声が大きいって〜。だれかに聞かれたらどうするの」
意地悪く微笑む蓮にそう言われ、凛はすぐさま両手で口を覆う。
蓮「まぁ冗談はこれくらいにして、よかったらこれ受け取って」
そう言って蓮が差し出してきたのは、きれいにラッピングされたクッキー。
凛「これは…なんですか?」
蓮「見てのとおり、クッキーだよ」
当たり前のことを言われ、そういう意味じゃないと突っ込みたい凛は少し頬を膨らませ、蓮を軽くにらみつける。
凛「どうしたんですか、買ったんですか?」
蓮「ううん、昨日作ったんだ。でも作りすぎちゃったから、みんなにも食べてもらおうと思って持ってきたんだ」
見ると、教室にいる女の子たちはみんな同じクッキーをかじっている。
またなにか突拍子もないことをしてくるんじゃないかと警戒して、蓮を怪しそうに見つめる凛。
蓮「安心してよ、凛ちゃん。変なものなんて入れてないから〜」
蓮はにこりと微笑むと、凛の手を優しく取った。
そして、その手の上にラッピングされたクッキーを置いた。
蓮「あとでまた食べてみてね」
蓮はそう言うと、軽く手を挙げ立ち去ろうとする。
凛「あっ…あの!」
そんな蓮を呼び止める凛。
蓮「ん?どうかした、凛ちゃん?」
凛「あの…、その…。ありがとうございます」
蓮「お礼を言うのは、俺のほうだよ。凛ちゃんには、学級委員の集まりとか任せっぱなしだし。そんなクッキーでチャラにしてもらおうとは思ってないけど」
凛と蓮との会話を遮るように、クラスメイトの声が響く。
クラスメイトたち「蓮〜!クッキー、すっごくおいしいんだけど!」
クラスメイトたち「このクッキー、全部食べちゃってもいいの〜?」
蓮「いいよ、好きなだけ食べて」
蓮が声をかけるほうを見ると、蓮の机の上に置かれたタッパーに女の子たちが群がっていた。
そのタッパーの中にはクッキーが入っている。
どうやら女の子たちは、あそこからクッキーを取ってかじっているようだ。
蓮「じゃあね、凛ちゃん」
蓮は女の子たちのほうへ戻っていった。
凛(…意外。こういうの、作ったりするんだ)
蓮から受け取ったラッピングされたクッキーを眺める凛。
クラスメイトたち「蓮、ゴンさんとなに話してたの?」
蓮「ん?いつも学級委員の仕事ありがとうって」
クラスメイトたち「蓮って、そういうところたまに真面目だよね〜。ゴンさんだって、好きで学級委員やってるだけなのに」
口々に話す女の子たち。
クラスメイトたち「それにしても蓮、よくゴンさんに話しかけられるよね」
クラスメイトたち「暗くない?話すことなんてある?」
蓮「そんなことないよ。凛ちゃん、素直でかわいいから」
クラスメイトたち「それ、本気で言ってんの〜!?ほんと蓮って、女の子ならだれでもいいんだね」
クラスメイトたち「さすが、プレイボーイ」
蓮「いいよ。俺、自覚あるし」
そんな会話が聞こえる教室内。
クラスメイトの女の子たちは、凛にチラチラと視線を送りながら陰口を言っている。
でも、それを肯定しようとはしない蓮。
ふと、凛はあることに気がつく。
他の女の子たちがタッパーから取っているクッキーは、自分がもらったラッピングされたクッキーとは少し違う。
凛がもらったクッキーには、チョコチップやジャムが入っていた。
それに、タッパーではなくラッピングされたもの。
凛(もしかして…、わたしのためだけにわざわざ?)
ハッとして、蓮に目を向ける凛。
蓮は相変わらず女の子に囲まれて楽しそうだ。
こう見たら、ただのプレイボーイにしか見えないけど――。
凛「…おいしい」
蓮のクッキーをかじった凛は、小さくつぶやく。
凛(もしかして、わたしだけ特別…?なんて思ったけど、そんなわけないよね)
凛は残りのクッキーが入ったラッピングをそっとバッグにしまった。
◯凛の家、凛の部屋(夜)
数日後。
夕食とお風呂を済ませ、自分の部屋で机に向かって勉強をしている凛。
そのとき、机の隅に置いていた凛のスマホが鳴る。
着信で、【朋子ちゃん】と登録された名前が画面に表示されていた。
通話ボタンをタップする凛。
凛〈もしもし?〉
朋子〈もしもし、凛ちゃん?久しぶり〜!〉
電話の相手の朋子は、凛と同じ中学だった友達。
凛と同じ美術部に所属していて、読書好きという点も同じで、凛が唯一親しくしていた友達。
見た目も凛と似ていて、メガネにお下げ。
しかし、高校デビューをしたく、朋子は凛と同じ地元の高校ではなく、知った顔がいない電車で通学するような場所にある高校へと進学した。
高校デビューは大成功のようで、今ではゆるふわボブの髪型に、メガネではなくコンタクト、それにメイクもして、中学のときのような地味な面影はない。
朋子とは、今では数ヶ月に一度遊ぶような仲だった。
凛〈朋子ちゃん、久しぶり。どうしたの?〉
朋子〈久々に凛ちゃんと遊びたいなって思ったんだけど、そっち、中間テストは終わった?〉
凛〈うん。ちょうど今日が最終日だったよ〉
朋子〈そうなんだ!じゃあさ、来週遊ばない?〉
凛〈遊ぼ!わたしも久しぶりに朋子ちゃんに会いたいと思ってたの〉
朋子〈じゃあ、月曜日は?凛ちゃんどう?〉
凛〈うん。わたしも大丈夫だよ〉
朋子〈よかった〜。それじゃあ、月曜日の学校終わりにね!〉
凛〈わかった!楽しみにしてる〉
久しぶりに朋子と遊ぶこととなり、うれしくて頬をゆるませながら電話を切る凛。
凛はそのあと勉強を終え、スマホを手にするとインスタグラムを開いた。
そして、唯一フォローをしている朋子のアカウントをのぞいた。
映えるスイーツの写真や、高校の友達と仲よく写る写真がアップされている。
凛自身がインスタでなにか発信しているわけではないが、高校に入学してから朋子がインスタを始めたと聞いて、フォローするためだけに登録したいわゆる『閲覧専用』のアカウントだ。
だから、朋子の投稿にいいねをするくらいで、コメントを残すわけでもなく、だれかとDMのやり取りをするわけでもない。
ただ、たまにふとしたときにインスタを開いて、朋子の近況を知るくらい程度に活用していた。
凛「朋子ちゃん、…すごいな。まるで別人みたい」
凛は、自分にとってはキラキラして見える朋子の投稿した写真をぼんやりと眺めていた。
◯凛の地元の駅(学校終わり)
翌週の月曜日。
朋子と遊ぶ約束をしていた凛。
地元の駅の改札前で、朋子が乗って帰ってくる電車を待っていた。
朋子「凛ちゃ〜ん!」
凛「朋子ちゃん!」
改札でICカードをかざし、凛のもとへ駆け寄る朋子。
高校デビューですっかりおしゃれになってしまった朋子と隣に並ぶと、さらに凛の地味さが際立つ。
凛「どこ行こうか?いつもみたいに図書館にする?」
朋子「あ〜…、えっとね。最近、駅の向こう側に新しいカフェができたの知ってる?」
凛「…カフェ?」
読書好き同士の凛と朋子は、遊ぶとなると以前までは図書館に行ったり、本屋さんの隣にある広場で買ったばかりの本を読んで過ごしていた。
今回もそのつもりでいた凛だが、朋子がカフェに行きたいと言い出したので一瞬戸惑った。
朋子「うん!ずっと気になってたから行ってみたいんだ〜」
凛「そっか。いいね、カフェ」
正直、カフェには一度も行ったことがなく、あまり乗り気ではない凛。
しかし、ルンルン気分の朋子に合わせることにした。
◯カフェ『SUNNY』(前述の続き)
白を貴重としたお店。
入口横の壁に、【SUNNY】とシルバーの文字で店名が書いてある。
ガラス窓から、たくさんの女性客が入っているのが見える。
朋子「ケーキとかなんでもおいしいらしいんだけど、一番人気はカヌレなんだって〜♪」
朋子が木目調のドアを開ける。
女性客がたくさんと思っていたが、そのほとんどがおしゃれな女子大生や朋子のように垢抜けた女子高生だった。
自分は場違いな気がして、カフェに入るのをためらう凛。
朋子「凛ちゃんなにしてるの?早く早く〜」
しかし、朋子に手を引っ張られ、仕方なく店内へ。
女性店員「いらっしゃいませ。2名さまですか?」
朋子「はい!」
女性店員「それではこちらへどうぞ」
カフェの店員もきれいでおしゃれな人。
凛と朋子は、入口近くの2人掛けの席へ案内される。
ベージュのソファで、その座り心地のよさに驚く凛。
店内を見渡すと、わざわざ遠くからこのカフェにきている人もいるのか、凛と同じ清翔高校の制服姿の客はいなく、どれもこの辺りでは見かけないような制服が多い。
朋子「凛ちゃんはどれにする〜?」
カフェメニューを広げる朋子。
朋子「あたしはこれにするつもり〜♪」
そう言って、朋子が指さしたのはケーキとドリンクを選べる『ケーキセット』だった。
凛「じゃあ、わたしも――」
カフェにきたことのない凛はなにを頼んだらいいのかわからず、朋子と同じものにしようとそう言いかける。
だが、言葉に詰まる。
凛(ケーキセット…、960円…!?)
その値段に驚愕する凛。
朋子「あたしは、セットのケーキをカヌレに変更で」
見ると、ケーキをカヌレに変更は『+200円』だった。
さすがに、カフェだけで1000円近くも使えない凛。
凛「わ…わたしは――」
凛はチラリと、ケーキセットの横にあったドリンクメニューに目を向ける。
そして、その中から一番安いドリンクを選ぶ。
凛「わたしは…、アイスティーにするよ」
朋子「セットにケーキ頼まなくていいの?」
凛「う…うん。あんまりお腹空いてないから」
凛は『高くて頼めない』と悟られないように笑って応えるが、その顔は引きつっていた。
しばらくすると、女性店員が注文したメニューを運んでくる。
朋子の前には、ティーカップに入ったロイヤルミルクティーと3つのカヌレがのった小皿。
凛の前には、グラスにストローがささっただけのアイスティー。
朋子「凛ちゃん、1つカヌレ食べる?」
凛「…えっ!?いいよ、いいよ…!本当にお腹空いてないから、気にしないで…!」
朋子「そう?じゃあ、いただきまーす」
フォークで半分に切ったカヌレを口へ運ぶ朋子。
朋子「ん〜♪おいひぃ〜♪」
朋子の幸せそうな顔を見て、ついつい凛もカヌレが食べたくなってしまった。
しかし、瞬時にケーキセットの値段をたった3つのカヌレで割った金額を計算する。
出た答えに、とてもじゃないが朋子からもらうわけにはいかず言葉を呑む。
凛「そういえば、朋子ちゃん。来月、朋子ちゃんの好きな作家さんが新作出すよね」
凛が話題を振ると、朋子はキョトンとしてティーカップを置いた。
朋子「そうなの?全然知らなかった〜」
凛「…あ、うん。3年ぶりらしいんだけど」
朋子「実は、最近あんまり本読めてないんだよね。1人で読書するより、学校のみんなと遊ぶほうが楽しくってさ」
凛「そっか…。忙しいんだね」
以前までなら、好きな作家が新作を出すとなったら、発売日まで毎日指折り数えて過ごしていた朋子。
そんな朋子を知っているからこそ、あまり興味なさそうな朋子の反応が凛は少し寂しく感じる。
朋子「それに、先月からバイトも始めちゃって」
凛「バイト…!?朋子ちゃんの学校って、バイトしてもいいの?」
朋子「うん、自由だよ。清翔は?」
凛「ウチはバイト禁止だよ」
朋子はバイトをしてお金を稼いでいるから、以前会ったときよりもさらにおしゃれになっていて、ケーキセットを頼める余裕があるのだと納得する凛。
違う高校に行きすっかり変わった朋子を見て、凛は朋子と好きな作家や本の話で盛り上がっていた中学時代が懐かしく思えた。
女子高生「あれ?トモ?」
凛たちの席を通り過ぎようとした3人の女子高生グループが足を止める。
見ると、朋子と同じ制服を着ていた。
朋子「え!うっそ!なんでこんなところに?」
女子高生「カヌレがおいしいってインスタで見たから、みんなで行こうって話になって!」
女子高生「トモもわざわざカヌレ食べにきたの?」
朋子「うん!あっ、でもあたしの地元ここなんだよね」
女子高生「そうなのー!?知らなかった〜」
少し雑談したあと、「じゃあね〜」と言って朋子に手を振る女子高生グループ。
朋子「さっきの、同じクラスの友達なの」
凛「そうなんだ。『トモ』って呼ばれてるの?」
朋子「うん!『朋子』より『トモ』のほうが響きがかわいいかなって思って、高校に入ってからはそう呼んでもらうようにしてるの」
そう言って笑って、カヌレを頬張る朋子。
さっきの女子高生グループも朋子と同じでおしゃれな女の子たち。
女子高生「それにしても、なんでトモ…あんな地味なコといっしょにいるの?」
女子高生「それ思った〜。1人できてるのかと思って声かけたら、向かいにだれかいてびっくりした〜」
女子高生「影だよね、影!」
そんな話をしながら会計をしている声が凛の耳には届いていた。
朋子は、カヌレに夢中でまったく聞こえていない様子。
凛はうつむきながら、ストローでアイスティーを飲んだ。
朋子「あっ、そうだ!凛ちゃん、今週の土曜日って空いてる?」
凛「土曜日?空いてるけど」
朋子「みんなでカラオケに行く予定で、凛ちゃんもどうかな〜って」
凛「カラオケ…!?そんなの、わたしほとんど行ったことないしっ…。それに“みんな”って…?」
朋子「ウチの学校の男子4人と女子4人で行くの。でも、女子が1人これなくなっちゃって、かわりのコを探してたの」
朋子は、無邪気な笑顔を見せて凛を誘ってくる。
しかし、凛の顔は引きつっていた。
凛「無理だよ、…無理!他校のわたしなんかが行っても浮いちゃうだけだし…!」
朋子「大丈夫だって〜。男子も1人、他校のコを連れてくるみたいだから。ねっ?」
凛は気づかないフリをしていたが、朋子との間に溝を感じていた。
中学のときはあれほど趣味が合った仲だったが、高校デビューをしてしまった朋子は、もう凛が知る『朋子ちゃん』ではなく、『トモ』になっていた。
朋子「実は、その男子の中にあたしの好きな人もいて、一度凛ちゃんに見てもらいたいんだよね〜♪」
凛「朋子ちゃんの…好きな人?」
朋子「うんっ!恋っていいよ〜。恋するだけで、世界が違って見えるもん!」
変わってしまったと思った朋子だったが、好きな人のことを語る朋子の顔は、好きな作家の話をするあの頃の朋子と同じだった。
朋子「それに、もし凛ちゃんも他の男子といい感じになったら、今度は4人で遊びに行けたりするかもだし♪」
凛「わ…、わたしはそういうの…本当に――」
凛は苦笑いを浮かべる。
ただでさえ人付き合いが苦手だというのに、合コンのような場に行けるわけがない。
しかし、朋子が誘ってくるものだから、なかなか断ることもできない。
なにかいい言い訳がないかと必死に考える凛。
朋子「ねぇ、凛ちゃん!だから、いっしょに――」
凛「…ごめん!わたし、彼氏がいるのっ…!」
とっさのでまかせに、凛自身も目を丸くして驚く。
見ると、朋子はぽかんとしていた。
朋子「凛ちゃんに…彼氏?」
困っている凛のこともおかまいなしにカラオケに誘ってきた朋子が『彼氏』というワードを聞いて、それまでの勢いがなくなる。
どうやら、とっさに出た『彼氏』は効果があったようだ。
だから、朋子には悪いとは思いつつ、嘘をつき続ける凛。
凛「そうなの。同じ学校の同じクラスで。だから、彼氏がいるのに他の男の子と遊ぶのは…ちょっと」
朋子「…そっか。彼氏がいるなら仕方ないねっ。なんか、ごめんね!」
朋子は申し訳なさそうに謝った。
それを見て、心が痛む凛。
凛(朋子ちゃん…、謝るのはわたしのほうだよ。適当な言い訳が思いつかなくて、嘘ついて…ごめんね)
凛は、キュッと唇を噛む。
朋子「ちょっとあたし、トイレ行ってくるね」
席を立った朋子の後ろ姿を見送って、深いため息をつく凛。
心の中は罪悪感でいっぱいだった。
自然とうつむく凛。
?「お冷や、お注ぎいたしましょうか?」
そのとき、頭上からそんな声が聞こえる。
凛「…あ、はい。お願いしま――」
と顔を上げると、なんとそこにいたのはグラスに水を注ぐ蓮だった。
思わず目を見開く凛。
凛「…なんで、戸倉くんがっ…」
蓮「ん?バイトだよ?」
凛「バイトって…。ウチの学校はバイト禁止ですよ…!?」
蓮「知ってるよ?」
あっけらかんとした蓮の態度に、開いた口が塞がらない凛。
凛「それじゃあ…!学校に嘘ついて――」
蓮「嘘なら、凛ちゃんだってついてるでしょ?」
間髪入れずそう言われ、口ごもる凛。
蓮「凛ちゃんって、キスもしたことなさそうな反応だったけど、…彼氏いたんだっ?」
凛「そ…、それは……」
なにも言い訳できずにうつむく凛。
凛(…戸倉くん。さっきの話、聞いてたんだ…)
そんな凛の前に、水を注いだグラスを置く蓮。
蓮「大丈夫っ。お友達には言わないから」
ハッとして顔を上げる凛に、蓮は爽やかなウインクをする。
蓮「だから、俺がここでバイトしてることもヒミツねっ」
蓮は凛の耳元でささやくと、厨房のほうへ戻っていく。
◯学校、多目的教室(放課後)
数日後。
放課後に学級委員の集まりがあり、多目的教室で隣同士で座る凛と蓮。
集まりが終わり、他の学級委員たちは早々に帰っていく。
凛は、配布されたプリントを丁寧にクリアファイルに入れ、バッグにしまう。
蓮「学級委員の集まりって、意外とすぐ終わるもんなんだねー」
隣の蓮は、うーんと腕を伸ばして伸びをする。
普段女の子たちに囲まれている蓮とは、話すのはこの前のカフェで会ったとき以来。
凛「もしかして、今まで学級委員の集まりにこれなかったのは、放課後にバイトに行ってたからですか?」
蓮「そうだよ。シフトで決まってるから、今日みたいに事前に集まりがある日がわかってたら、そこはバイトは入れないようにできるんだけど」
学級委員の集まりにきたことには評価するが、学校で禁止されているバイトをしている蓮には、やはり好感は持てない凛。
どこかとげとげしい態度になってしまう。
蓮「そういえば、凛ちゃんはあれからどう?またお友達から誘われたりしてない?」
凛「おかげさまで。あれから変わりありません」
おもしろがってからかうような蓮の態度に、凛はそっけなく答える。
そのとき、バッグの外ポケットに入っていた凛のスマホが震える。
画面に表示されたのは、朋子からの着信だった。
凛「朋子ちゃん…?」
蓮「“朋子ちゃん”ってこの前のお友達じゃないの?」
凛「…なんで知ってるんですか」
蓮「だって、女の子の名前なら一度聞いたら忘れないし…♪」
チャラい発言の蓮に、目を細める凛。
蓮「気にしないで、電話に出なよ」
凛は遠慮気味にペコリと頭を下げると窓際へ行き、蓮に背中を向けて通話ボタンをタップする。
凛〈もしもし…?〉
朋子〈あっ、凛ちゃん!ねぇ、今ってなにしてる?〉
凛〈い…今?まだ学校で…〉
朋子〈そうなんだ!もしかして、彼氏といっしょ?〉
凛〈…え……。まっ…、まぁね〉
またとっさに嘘をつく凛。
凛の会話は不自然に棒読みだが、電話の向こうの朋子は気づいていない。
朋子〈ちょうどよかったー!もうすぐしたら、清翔の前に着くんだよね〉
その言葉に、凛の額から汗が伝う。
凛〈…清翔に?〉
朋子〈うん。ちょうどこっちに用事があったから、ついでに凛ちゃんいるかなーって思って!〉
凛〈そ…そうなんだ〉
朋子〈せっかくだから、校門で待ってるから、今から凛ちゃんの彼氏見せてよ!〉
凛〈…うぇ!?〉
変な声がもれ、とっさに手で口を塞ぐ凛。
その声に、蓮も反応して振り返る。
朋子〈いいでしょ〜?凛ちゃんの彼氏がどんな人かって、すっごく気になってたの!〉
凛〈で…でも、もう先に帰っちゃったし…〉
朋子〈え?だってさっき、いっしょにいるって言ってたよね?〉
ドキッとして、朋子の言葉が胸に刺さる凛。
凛〈…いや、でも、わたしの彼氏…恥ずかしがり屋で……〉
朋子〈だったら、ちょっと見たらすぐに帰るから♪凛ちゃんがどんな人と付き合ってるのか、ずっと気になってて〜〉
凛〈けど…〉
震える凛の声。
朋子に本当のことを打ち明けることも、嘘を突き通すこともできない状況に凛の表情は固まっていく。
凛(どうしよう、どうしよう、どうしよう…!まさか…こんなことになるなんてっ)
そのとき、凛の手からスマホが抜き取られる。
見上げると、蓮が凛のスマホを耳にあてていた。
蓮〈もしもし、彼氏の蓮だけど?〉
そう言いながら、凛のほうにチラリと目をやる蓮。
驚く凛とは反対に、蓮は余裕そうな笑みを浮かべる。
蓮〈あ、うん。そうだよ〉
凛はスマホを返すように手を伸ばすが、蓮の身長に届くはずがない。
その間にも、蓮は平然として朋子と電話をする。
蓮〈校門で待っててくれてるの?それじゃあ、今から凛ちゃんと向かうね〉
そう言って、勝手に電話を切る蓮。
放心状態の凛に、蓮からスマホを返される。
凛「…なんで、そんな勝手なことを…」
蓮「だいたいの話の流れはわかったから、俺が協力してあげようかなって思って」
凛「協力って…」
蓮「彼氏のフリだよ。朋子ちゃんに、彼氏見たいって言われたんだよね?」
蓮の言葉に、なにも返すことができない凛。
蓮「それに、もうさっき『彼氏』って言っちゃったし」
悪びれもなく、蓮はペロッと舌を出す。
凛は口をへの字に曲げる。
凛「…でも、他のだれかに見られたら困るんですが…」
蓮「大丈夫だって〜。今は部活中だし、部活してないヤツらはもう帰宅してるし、この時間が一番人通りがないんじゃないかな?」
凛は、窓から校門のほうを眺める。
蓮の言うとおり、この時間に帰宅する生徒はほとんどいない。
蓮「朋子ちゃん待たせたら悪いし、行こ行こ!」
凛「…あっ、ちょ…!」
蓮は半ば強引に凛の手首をつかむと、多目的教室から出ていった。
◯学校、校門(前述の続き)
蓮「はじめまして。凛ちゃんの彼氏の蓮です」
蓮の爽やかスマイルに、目を輝かせて見惚れる朋子。
朋子「は…はじめまして!凛ちゃんの同じ中学だった…朋子です!」
蓮「朋子ちゃんのことは知ってるよ。凛ちゃんからよく話聞いてたから」
朋子「そうなんですか…!?」
仲よく話す2人とは違って、凛は辺りをキョロキョロする。
だれかにこの現場を見られないかと心配していた。
凛「そ…そろそろいいかな、朋子ちゃん」
朋子「あ〜、ごめんねっ。せっかくの2人の時間、邪魔しちゃ悪いもんね。でもまさか、凛ちゃんの彼氏がこんなイケメンだったなんてびっくりした〜♪」
蓮「イケメンだなんて、そんなことないよ」
朋子「そんなことアリアリです!それに、さっき電話で『恥ずかしがり屋』って聞いてたんですけど、とっても話しやすくてびっくりしました〜♪」
朋子にそう言われ、苦笑いを浮かべる凛。
嘘がバレないかヒヤヒヤしていた。
朋子「じゃあね〜♪凛ちゃーん、蓮くーん!」
満足そうな笑みを見せて手を振る朋子の姿を見送る凛と蓮。
朋子の姿が見えなくなると、凛は重たいため息をついた。
凛(彼氏を見たいって言われたときは、寿命が縮む思いだったけど、なんとかやり過ごせてよかった…)
胸をなでおろす凛。
そして、すぐさま蓮から距離を取る。
凛「あ…ありがとうございました。助かりました」
蓮「どういたしまして。こんなことでよければ、お安い御用」
蓮の慣れた感じのウインクに、ウインクされることに慣れていない凛は反応に困り、つばをごくりと呑む。
凛「…それでは、わたしは帰ります!」
凛は蓮に頭を下げると、くるりと背中を見せて歩き出す。
しかし、そのあとを蓮がついてくる。
凛「さっきからなんですか…!?もう彼氏のフリはしてもらわなくて結構なんですがっ」
蓮「いや、そうじゃなくて」
凛「…?」
首をかしげる凛。
蓮「俺もこっちなんだよね、帰り道」
それを聞いて、早とちりしてしまったことが恥ずかしくて、顔を赤くする凛。
蓮「いいよ、いいよ。だれでも勘違いするものだし。そんなに気にすることないよ」
蓮は気楽そうに笑うと、凛の隣を歩く。
◯帰り道、駅前(前述の続き)
人が行き交う駅前の道を蓮と並んで歩く凛。
凛(帰り道が同じだからというだけで、結局こんなところまでいっしょになってしまった…)
蓮と近くもなく遠くもない微妙な距離を開けて、凛は背中を丸めて歩く。
凛(戸倉くんといるところをだれかに見られたらまずいのに、でも彼氏のフリをしてくれた手前、『いい加減離れてください』なんてことも言えない…。…どうしよう)
蓮との話題もとくになく、気まずい凛とは違って、蓮は鼻歌混じりで気分がよさそう。
蓮「俺の家、あそこの角曲がったところなんだよね」
凛「そ…そうなんですか。駅チカなんですね。だから、駅前のカフェでバイトを」
蓮「そうそう、家からすぐだから。凛ちゃん家は?」
凛「わたしは――」
凛がそう言いかけたとき、すぐそばを腰まであるくらいの美しいロングヘアの女の人が通り過ぎる。
すると、なにを思ったのかすぐに振り返る。
?「…蓮?」
その声に反応して、凛と蓮も振り返る。
女の人を見て、少しだけぽかんと口が開く蓮。
?「やっぱり蓮だ〜。久しぶり」
そう言って微笑む、女の人。
黒に近い茶髪のロングヘアで、タイトなセットアップを着て、チラッとお腹が見えている。
まるでモデルのようなスタイルと整った顔。
蓮「沙織じゃん。久しぶり」
沙織を見て、少しだけ微笑む蓮。
沙織「まさか、こんなところで会うとは思わなかった〜!引っ越したって聞いたけど、この辺りなの?」
蓮「うん、まぁね。沙織は?」
沙織「あたしは、そこの居酒屋でサークルの親睦会があって。ちょっと早めに着いちゃったから、ぶらぶらしてたの」
美人の沙織とイケメンの蓮が話す姿は、雑誌の一面かと思うほど映えて美しく見える。
沙織「そうだ!あたし、まだ時間あるからさっ。もしよかったらこのあと――」
と言った沙織が、蓮の隣にいた凛に気づく。
今気づいたというような沙織の少し驚いた顔。
沙織と目が合い、つばを呑む凛。
沙織「…えっと、知り合い?」
蓮「うん、そうだよ」
沙織「ああ、同じ学校の。でさー、すぐそこのカフェで――」
蓮「ごめん、沙織」
沙織の言葉を遮るように、蓮が声を発する。
すると、蓮は凛の肩に手を回し、そっと抱き寄せる。
一瞬のことでわけがわからなかった凛は、キョトンとしたまま蓮に身を委ねる。
蓮「悪いけど、今デート中なんだよね」
凛「…っ!?」
その言葉に、瞬時に蓮の顔を見上げる凛。
沙織「デ…、デート?…って、もしかして…」
沙織も驚いていて、若干声が上ずっている。
蓮「うん。このコ、俺の彼女だから」
そんな沙織に、蓮はにこっと笑ってみせた。
あんぐりと口を開け、目を大きく見開いて蓮に目を向ける凛。
凛(…え〜〜〜〜…!?ちょっと待って…。わたしが戸倉くんの『彼女』って、どういうこと〜…!?!?)
蓮にキスされると思い、ギュッと目をつむり、プルプルと震える凛。
しかし、なにも起こらない。
ゆっくりと目を開けると、上目遣いで凛の顔をのぞき込む蓮の顔。
その表情は、ゆるく口角が上がっている。
蓮「もしかして、キスされると思った?」
凛「…へ……?」
蓮「冗談に決まってるじゃんっ。凛ちゃんの反応が初々しかったから、ついからかってみたくなっちゃって」
冗談だと言ってケラケラと笑う蓮に対し、本気と捉えてしまった凛は顔が真っ赤になる。
凛(…ほっ、本当に最低…!!)
からかわれて、恥ずかしさのあまり一瞬潤んだ瞳で蓮をにらみつける凛。
そんな凛のあごに、蓮はそっと右手を添える。
蓮「お互いの合意もないのに、キスなんてしないよ。まぁ、凛ちゃんがしてほしいって言うなら、今ここでしてあげてもいいけど」
凛「そんなこと…!絶対に言いません…!!」
凛は、蓮の胸板に手をついて突き飛ばすと、落ちていたバッグを拾い上げて、その場から逃げるように走っていく。
凛(最低、最低、最低…!人をなんだと思ってるの、…あのチャラ男!)
蓮は、そんな凛の後ろ姿を優しいまなざしで見つめていた。
◯学校、2年2組の教室(昼休み)
それから1ヶ月後。
相変わらず蓮は学校で人気だったが、『プレイボーイ』としても有名だった。
この1ヶ月の間で学年、学校問わず、いろんな女の子から告白されている蓮。
凛も中庭での一件だけでなく、あれから何度か蓮が告白されている場面に出くわしていた。
しかし、すべて『彼女が3人いる』『遊びならいいよ』と言って、告白の返事をかわしていた。
告白する女の子たちも蓮にゾッコンで、遊びの付き合いを承諾しているコもいれば、絶対に蓮の本命彼女に成り上がってみせるといったコもいて、蓮は常にそんな女の子たちに囲まれている状況。
そういったことから、『プレイボーイ』と噂されるようになっていた。
蓮自身も『プレイボーイ』だと自覚はあるようで、それを逆に褒め言葉と捉えているのか、まったく気にしている様子はない。
女の子だれにでも愛想を振りまいている。
それは、生真面目なガリ勉ガールの凛にも同じことだった。
蓮「凛ちゃん、凛ちゃん!」
自分の席で読書をしている凛のところへ、蓮が駆け寄る。
凛「…な、ななな、なんですか…!?」
蓮を警戒するように、上半身がのけぞる凛。
蓮「あれ?なんか俺、警戒されてる?」
凛「…当たり前です!近づかないでください…!」
凛の頭の中で思い出されるのは、この前の裏庭でキスされそうになった場面。
頬を真っ赤にして蓮を拒絶する。
そんな凛の反応がおもしろいのか、蓮は口角を上げている。
蓮「もしかして、またキスされると思った?」
顔を近づけてきた蓮が凛の耳元でささやき、耳まで真っ赤になる凛。
凛「キ…、キスはされてませんからっ…!」
蓮「凛ちゃん、声が大きいって〜。だれかに聞かれたらどうするの」
意地悪く微笑む蓮にそう言われ、凛はすぐさま両手で口を覆う。
蓮「まぁ冗談はこれくらいにして、よかったらこれ受け取って」
そう言って蓮が差し出してきたのは、きれいにラッピングされたクッキー。
凛「これは…なんですか?」
蓮「見てのとおり、クッキーだよ」
当たり前のことを言われ、そういう意味じゃないと突っ込みたい凛は少し頬を膨らませ、蓮を軽くにらみつける。
凛「どうしたんですか、買ったんですか?」
蓮「ううん、昨日作ったんだ。でも作りすぎちゃったから、みんなにも食べてもらおうと思って持ってきたんだ」
見ると、教室にいる女の子たちはみんな同じクッキーをかじっている。
またなにか突拍子もないことをしてくるんじゃないかと警戒して、蓮を怪しそうに見つめる凛。
蓮「安心してよ、凛ちゃん。変なものなんて入れてないから〜」
蓮はにこりと微笑むと、凛の手を優しく取った。
そして、その手の上にラッピングされたクッキーを置いた。
蓮「あとでまた食べてみてね」
蓮はそう言うと、軽く手を挙げ立ち去ろうとする。
凛「あっ…あの!」
そんな蓮を呼び止める凛。
蓮「ん?どうかした、凛ちゃん?」
凛「あの…、その…。ありがとうございます」
蓮「お礼を言うのは、俺のほうだよ。凛ちゃんには、学級委員の集まりとか任せっぱなしだし。そんなクッキーでチャラにしてもらおうとは思ってないけど」
凛と蓮との会話を遮るように、クラスメイトの声が響く。
クラスメイトたち「蓮〜!クッキー、すっごくおいしいんだけど!」
クラスメイトたち「このクッキー、全部食べちゃってもいいの〜?」
蓮「いいよ、好きなだけ食べて」
蓮が声をかけるほうを見ると、蓮の机の上に置かれたタッパーに女の子たちが群がっていた。
そのタッパーの中にはクッキーが入っている。
どうやら女の子たちは、あそこからクッキーを取ってかじっているようだ。
蓮「じゃあね、凛ちゃん」
蓮は女の子たちのほうへ戻っていった。
凛(…意外。こういうの、作ったりするんだ)
蓮から受け取ったラッピングされたクッキーを眺める凛。
クラスメイトたち「蓮、ゴンさんとなに話してたの?」
蓮「ん?いつも学級委員の仕事ありがとうって」
クラスメイトたち「蓮って、そういうところたまに真面目だよね〜。ゴンさんだって、好きで学級委員やってるだけなのに」
口々に話す女の子たち。
クラスメイトたち「それにしても蓮、よくゴンさんに話しかけられるよね」
クラスメイトたち「暗くない?話すことなんてある?」
蓮「そんなことないよ。凛ちゃん、素直でかわいいから」
クラスメイトたち「それ、本気で言ってんの〜!?ほんと蓮って、女の子ならだれでもいいんだね」
クラスメイトたち「さすが、プレイボーイ」
蓮「いいよ。俺、自覚あるし」
そんな会話が聞こえる教室内。
クラスメイトの女の子たちは、凛にチラチラと視線を送りながら陰口を言っている。
でも、それを肯定しようとはしない蓮。
ふと、凛はあることに気がつく。
他の女の子たちがタッパーから取っているクッキーは、自分がもらったラッピングされたクッキーとは少し違う。
凛がもらったクッキーには、チョコチップやジャムが入っていた。
それに、タッパーではなくラッピングされたもの。
凛(もしかして…、わたしのためだけにわざわざ?)
ハッとして、蓮に目を向ける凛。
蓮は相変わらず女の子に囲まれて楽しそうだ。
こう見たら、ただのプレイボーイにしか見えないけど――。
凛「…おいしい」
蓮のクッキーをかじった凛は、小さくつぶやく。
凛(もしかして、わたしだけ特別…?なんて思ったけど、そんなわけないよね)
凛は残りのクッキーが入ったラッピングをそっとバッグにしまった。
◯凛の家、凛の部屋(夜)
数日後。
夕食とお風呂を済ませ、自分の部屋で机に向かって勉強をしている凛。
そのとき、机の隅に置いていた凛のスマホが鳴る。
着信で、【朋子ちゃん】と登録された名前が画面に表示されていた。
通話ボタンをタップする凛。
凛〈もしもし?〉
朋子〈もしもし、凛ちゃん?久しぶり〜!〉
電話の相手の朋子は、凛と同じ中学だった友達。
凛と同じ美術部に所属していて、読書好きという点も同じで、凛が唯一親しくしていた友達。
見た目も凛と似ていて、メガネにお下げ。
しかし、高校デビューをしたく、朋子は凛と同じ地元の高校ではなく、知った顔がいない電車で通学するような場所にある高校へと進学した。
高校デビューは大成功のようで、今ではゆるふわボブの髪型に、メガネではなくコンタクト、それにメイクもして、中学のときのような地味な面影はない。
朋子とは、今では数ヶ月に一度遊ぶような仲だった。
凛〈朋子ちゃん、久しぶり。どうしたの?〉
朋子〈久々に凛ちゃんと遊びたいなって思ったんだけど、そっち、中間テストは終わった?〉
凛〈うん。ちょうど今日が最終日だったよ〉
朋子〈そうなんだ!じゃあさ、来週遊ばない?〉
凛〈遊ぼ!わたしも久しぶりに朋子ちゃんに会いたいと思ってたの〉
朋子〈じゃあ、月曜日は?凛ちゃんどう?〉
凛〈うん。わたしも大丈夫だよ〉
朋子〈よかった〜。それじゃあ、月曜日の学校終わりにね!〉
凛〈わかった!楽しみにしてる〉
久しぶりに朋子と遊ぶこととなり、うれしくて頬をゆるませながら電話を切る凛。
凛はそのあと勉強を終え、スマホを手にするとインスタグラムを開いた。
そして、唯一フォローをしている朋子のアカウントをのぞいた。
映えるスイーツの写真や、高校の友達と仲よく写る写真がアップされている。
凛自身がインスタでなにか発信しているわけではないが、高校に入学してから朋子がインスタを始めたと聞いて、フォローするためだけに登録したいわゆる『閲覧専用』のアカウントだ。
だから、朋子の投稿にいいねをするくらいで、コメントを残すわけでもなく、だれかとDMのやり取りをするわけでもない。
ただ、たまにふとしたときにインスタを開いて、朋子の近況を知るくらい程度に活用していた。
凛「朋子ちゃん、…すごいな。まるで別人みたい」
凛は、自分にとってはキラキラして見える朋子の投稿した写真をぼんやりと眺めていた。
◯凛の地元の駅(学校終わり)
翌週の月曜日。
朋子と遊ぶ約束をしていた凛。
地元の駅の改札前で、朋子が乗って帰ってくる電車を待っていた。
朋子「凛ちゃ〜ん!」
凛「朋子ちゃん!」
改札でICカードをかざし、凛のもとへ駆け寄る朋子。
高校デビューですっかりおしゃれになってしまった朋子と隣に並ぶと、さらに凛の地味さが際立つ。
凛「どこ行こうか?いつもみたいに図書館にする?」
朋子「あ〜…、えっとね。最近、駅の向こう側に新しいカフェができたの知ってる?」
凛「…カフェ?」
読書好き同士の凛と朋子は、遊ぶとなると以前までは図書館に行ったり、本屋さんの隣にある広場で買ったばかりの本を読んで過ごしていた。
今回もそのつもりでいた凛だが、朋子がカフェに行きたいと言い出したので一瞬戸惑った。
朋子「うん!ずっと気になってたから行ってみたいんだ〜」
凛「そっか。いいね、カフェ」
正直、カフェには一度も行ったことがなく、あまり乗り気ではない凛。
しかし、ルンルン気分の朋子に合わせることにした。
◯カフェ『SUNNY』(前述の続き)
白を貴重としたお店。
入口横の壁に、【SUNNY】とシルバーの文字で店名が書いてある。
ガラス窓から、たくさんの女性客が入っているのが見える。
朋子「ケーキとかなんでもおいしいらしいんだけど、一番人気はカヌレなんだって〜♪」
朋子が木目調のドアを開ける。
女性客がたくさんと思っていたが、そのほとんどがおしゃれな女子大生や朋子のように垢抜けた女子高生だった。
自分は場違いな気がして、カフェに入るのをためらう凛。
朋子「凛ちゃんなにしてるの?早く早く〜」
しかし、朋子に手を引っ張られ、仕方なく店内へ。
女性店員「いらっしゃいませ。2名さまですか?」
朋子「はい!」
女性店員「それではこちらへどうぞ」
カフェの店員もきれいでおしゃれな人。
凛と朋子は、入口近くの2人掛けの席へ案内される。
ベージュのソファで、その座り心地のよさに驚く凛。
店内を見渡すと、わざわざ遠くからこのカフェにきている人もいるのか、凛と同じ清翔高校の制服姿の客はいなく、どれもこの辺りでは見かけないような制服が多い。
朋子「凛ちゃんはどれにする〜?」
カフェメニューを広げる朋子。
朋子「あたしはこれにするつもり〜♪」
そう言って、朋子が指さしたのはケーキとドリンクを選べる『ケーキセット』だった。
凛「じゃあ、わたしも――」
カフェにきたことのない凛はなにを頼んだらいいのかわからず、朋子と同じものにしようとそう言いかける。
だが、言葉に詰まる。
凛(ケーキセット…、960円…!?)
その値段に驚愕する凛。
朋子「あたしは、セットのケーキをカヌレに変更で」
見ると、ケーキをカヌレに変更は『+200円』だった。
さすがに、カフェだけで1000円近くも使えない凛。
凛「わ…わたしは――」
凛はチラリと、ケーキセットの横にあったドリンクメニューに目を向ける。
そして、その中から一番安いドリンクを選ぶ。
凛「わたしは…、アイスティーにするよ」
朋子「セットにケーキ頼まなくていいの?」
凛「う…うん。あんまりお腹空いてないから」
凛は『高くて頼めない』と悟られないように笑って応えるが、その顔は引きつっていた。
しばらくすると、女性店員が注文したメニューを運んでくる。
朋子の前には、ティーカップに入ったロイヤルミルクティーと3つのカヌレがのった小皿。
凛の前には、グラスにストローがささっただけのアイスティー。
朋子「凛ちゃん、1つカヌレ食べる?」
凛「…えっ!?いいよ、いいよ…!本当にお腹空いてないから、気にしないで…!」
朋子「そう?じゃあ、いただきまーす」
フォークで半分に切ったカヌレを口へ運ぶ朋子。
朋子「ん〜♪おいひぃ〜♪」
朋子の幸せそうな顔を見て、ついつい凛もカヌレが食べたくなってしまった。
しかし、瞬時にケーキセットの値段をたった3つのカヌレで割った金額を計算する。
出た答えに、とてもじゃないが朋子からもらうわけにはいかず言葉を呑む。
凛「そういえば、朋子ちゃん。来月、朋子ちゃんの好きな作家さんが新作出すよね」
凛が話題を振ると、朋子はキョトンとしてティーカップを置いた。
朋子「そうなの?全然知らなかった〜」
凛「…あ、うん。3年ぶりらしいんだけど」
朋子「実は、最近あんまり本読めてないんだよね。1人で読書するより、学校のみんなと遊ぶほうが楽しくってさ」
凛「そっか…。忙しいんだね」
以前までなら、好きな作家が新作を出すとなったら、発売日まで毎日指折り数えて過ごしていた朋子。
そんな朋子を知っているからこそ、あまり興味なさそうな朋子の反応が凛は少し寂しく感じる。
朋子「それに、先月からバイトも始めちゃって」
凛「バイト…!?朋子ちゃんの学校って、バイトしてもいいの?」
朋子「うん、自由だよ。清翔は?」
凛「ウチはバイト禁止だよ」
朋子はバイトをしてお金を稼いでいるから、以前会ったときよりもさらにおしゃれになっていて、ケーキセットを頼める余裕があるのだと納得する凛。
違う高校に行きすっかり変わった朋子を見て、凛は朋子と好きな作家や本の話で盛り上がっていた中学時代が懐かしく思えた。
女子高生「あれ?トモ?」
凛たちの席を通り過ぎようとした3人の女子高生グループが足を止める。
見ると、朋子と同じ制服を着ていた。
朋子「え!うっそ!なんでこんなところに?」
女子高生「カヌレがおいしいってインスタで見たから、みんなで行こうって話になって!」
女子高生「トモもわざわざカヌレ食べにきたの?」
朋子「うん!あっ、でもあたしの地元ここなんだよね」
女子高生「そうなのー!?知らなかった〜」
少し雑談したあと、「じゃあね〜」と言って朋子に手を振る女子高生グループ。
朋子「さっきの、同じクラスの友達なの」
凛「そうなんだ。『トモ』って呼ばれてるの?」
朋子「うん!『朋子』より『トモ』のほうが響きがかわいいかなって思って、高校に入ってからはそう呼んでもらうようにしてるの」
そう言って笑って、カヌレを頬張る朋子。
さっきの女子高生グループも朋子と同じでおしゃれな女の子たち。
女子高生「それにしても、なんでトモ…あんな地味なコといっしょにいるの?」
女子高生「それ思った〜。1人できてるのかと思って声かけたら、向かいにだれかいてびっくりした〜」
女子高生「影だよね、影!」
そんな話をしながら会計をしている声が凛の耳には届いていた。
朋子は、カヌレに夢中でまったく聞こえていない様子。
凛はうつむきながら、ストローでアイスティーを飲んだ。
朋子「あっ、そうだ!凛ちゃん、今週の土曜日って空いてる?」
凛「土曜日?空いてるけど」
朋子「みんなでカラオケに行く予定で、凛ちゃんもどうかな〜って」
凛「カラオケ…!?そんなの、わたしほとんど行ったことないしっ…。それに“みんな”って…?」
朋子「ウチの学校の男子4人と女子4人で行くの。でも、女子が1人これなくなっちゃって、かわりのコを探してたの」
朋子は、無邪気な笑顔を見せて凛を誘ってくる。
しかし、凛の顔は引きつっていた。
凛「無理だよ、…無理!他校のわたしなんかが行っても浮いちゃうだけだし…!」
朋子「大丈夫だって〜。男子も1人、他校のコを連れてくるみたいだから。ねっ?」
凛は気づかないフリをしていたが、朋子との間に溝を感じていた。
中学のときはあれほど趣味が合った仲だったが、高校デビューをしてしまった朋子は、もう凛が知る『朋子ちゃん』ではなく、『トモ』になっていた。
朋子「実は、その男子の中にあたしの好きな人もいて、一度凛ちゃんに見てもらいたいんだよね〜♪」
凛「朋子ちゃんの…好きな人?」
朋子「うんっ!恋っていいよ〜。恋するだけで、世界が違って見えるもん!」
変わってしまったと思った朋子だったが、好きな人のことを語る朋子の顔は、好きな作家の話をするあの頃の朋子と同じだった。
朋子「それに、もし凛ちゃんも他の男子といい感じになったら、今度は4人で遊びに行けたりするかもだし♪」
凛「わ…、わたしはそういうの…本当に――」
凛は苦笑いを浮かべる。
ただでさえ人付き合いが苦手だというのに、合コンのような場に行けるわけがない。
しかし、朋子が誘ってくるものだから、なかなか断ることもできない。
なにかいい言い訳がないかと必死に考える凛。
朋子「ねぇ、凛ちゃん!だから、いっしょに――」
凛「…ごめん!わたし、彼氏がいるのっ…!」
とっさのでまかせに、凛自身も目を丸くして驚く。
見ると、朋子はぽかんとしていた。
朋子「凛ちゃんに…彼氏?」
困っている凛のこともおかまいなしにカラオケに誘ってきた朋子が『彼氏』というワードを聞いて、それまでの勢いがなくなる。
どうやら、とっさに出た『彼氏』は効果があったようだ。
だから、朋子には悪いとは思いつつ、嘘をつき続ける凛。
凛「そうなの。同じ学校の同じクラスで。だから、彼氏がいるのに他の男の子と遊ぶのは…ちょっと」
朋子「…そっか。彼氏がいるなら仕方ないねっ。なんか、ごめんね!」
朋子は申し訳なさそうに謝った。
それを見て、心が痛む凛。
凛(朋子ちゃん…、謝るのはわたしのほうだよ。適当な言い訳が思いつかなくて、嘘ついて…ごめんね)
凛は、キュッと唇を噛む。
朋子「ちょっとあたし、トイレ行ってくるね」
席を立った朋子の後ろ姿を見送って、深いため息をつく凛。
心の中は罪悪感でいっぱいだった。
自然とうつむく凛。
?「お冷や、お注ぎいたしましょうか?」
そのとき、頭上からそんな声が聞こえる。
凛「…あ、はい。お願いしま――」
と顔を上げると、なんとそこにいたのはグラスに水を注ぐ蓮だった。
思わず目を見開く凛。
凛「…なんで、戸倉くんがっ…」
蓮「ん?バイトだよ?」
凛「バイトって…。ウチの学校はバイト禁止ですよ…!?」
蓮「知ってるよ?」
あっけらかんとした蓮の態度に、開いた口が塞がらない凛。
凛「それじゃあ…!学校に嘘ついて――」
蓮「嘘なら、凛ちゃんだってついてるでしょ?」
間髪入れずそう言われ、口ごもる凛。
蓮「凛ちゃんって、キスもしたことなさそうな反応だったけど、…彼氏いたんだっ?」
凛「そ…、それは……」
なにも言い訳できずにうつむく凛。
凛(…戸倉くん。さっきの話、聞いてたんだ…)
そんな凛の前に、水を注いだグラスを置く蓮。
蓮「大丈夫っ。お友達には言わないから」
ハッとして顔を上げる凛に、蓮は爽やかなウインクをする。
蓮「だから、俺がここでバイトしてることもヒミツねっ」
蓮は凛の耳元でささやくと、厨房のほうへ戻っていく。
◯学校、多目的教室(放課後)
数日後。
放課後に学級委員の集まりがあり、多目的教室で隣同士で座る凛と蓮。
集まりが終わり、他の学級委員たちは早々に帰っていく。
凛は、配布されたプリントを丁寧にクリアファイルに入れ、バッグにしまう。
蓮「学級委員の集まりって、意外とすぐ終わるもんなんだねー」
隣の蓮は、うーんと腕を伸ばして伸びをする。
普段女の子たちに囲まれている蓮とは、話すのはこの前のカフェで会ったとき以来。
凛「もしかして、今まで学級委員の集まりにこれなかったのは、放課後にバイトに行ってたからですか?」
蓮「そうだよ。シフトで決まってるから、今日みたいに事前に集まりがある日がわかってたら、そこはバイトは入れないようにできるんだけど」
学級委員の集まりにきたことには評価するが、学校で禁止されているバイトをしている蓮には、やはり好感は持てない凛。
どこかとげとげしい態度になってしまう。
蓮「そういえば、凛ちゃんはあれからどう?またお友達から誘われたりしてない?」
凛「おかげさまで。あれから変わりありません」
おもしろがってからかうような蓮の態度に、凛はそっけなく答える。
そのとき、バッグの外ポケットに入っていた凛のスマホが震える。
画面に表示されたのは、朋子からの着信だった。
凛「朋子ちゃん…?」
蓮「“朋子ちゃん”ってこの前のお友達じゃないの?」
凛「…なんで知ってるんですか」
蓮「だって、女の子の名前なら一度聞いたら忘れないし…♪」
チャラい発言の蓮に、目を細める凛。
蓮「気にしないで、電話に出なよ」
凛は遠慮気味にペコリと頭を下げると窓際へ行き、蓮に背中を向けて通話ボタンをタップする。
凛〈もしもし…?〉
朋子〈あっ、凛ちゃん!ねぇ、今ってなにしてる?〉
凛〈い…今?まだ学校で…〉
朋子〈そうなんだ!もしかして、彼氏といっしょ?〉
凛〈…え……。まっ…、まぁね〉
またとっさに嘘をつく凛。
凛の会話は不自然に棒読みだが、電話の向こうの朋子は気づいていない。
朋子〈ちょうどよかったー!もうすぐしたら、清翔の前に着くんだよね〉
その言葉に、凛の額から汗が伝う。
凛〈…清翔に?〉
朋子〈うん。ちょうどこっちに用事があったから、ついでに凛ちゃんいるかなーって思って!〉
凛〈そ…そうなんだ〉
朋子〈せっかくだから、校門で待ってるから、今から凛ちゃんの彼氏見せてよ!〉
凛〈…うぇ!?〉
変な声がもれ、とっさに手で口を塞ぐ凛。
その声に、蓮も反応して振り返る。
朋子〈いいでしょ〜?凛ちゃんの彼氏がどんな人かって、すっごく気になってたの!〉
凛〈で…でも、もう先に帰っちゃったし…〉
朋子〈え?だってさっき、いっしょにいるって言ってたよね?〉
ドキッとして、朋子の言葉が胸に刺さる凛。
凛〈…いや、でも、わたしの彼氏…恥ずかしがり屋で……〉
朋子〈だったら、ちょっと見たらすぐに帰るから♪凛ちゃんがどんな人と付き合ってるのか、ずっと気になってて〜〉
凛〈けど…〉
震える凛の声。
朋子に本当のことを打ち明けることも、嘘を突き通すこともできない状況に凛の表情は固まっていく。
凛(どうしよう、どうしよう、どうしよう…!まさか…こんなことになるなんてっ)
そのとき、凛の手からスマホが抜き取られる。
見上げると、蓮が凛のスマホを耳にあてていた。
蓮〈もしもし、彼氏の蓮だけど?〉
そう言いながら、凛のほうにチラリと目をやる蓮。
驚く凛とは反対に、蓮は余裕そうな笑みを浮かべる。
蓮〈あ、うん。そうだよ〉
凛はスマホを返すように手を伸ばすが、蓮の身長に届くはずがない。
その間にも、蓮は平然として朋子と電話をする。
蓮〈校門で待っててくれてるの?それじゃあ、今から凛ちゃんと向かうね〉
そう言って、勝手に電話を切る蓮。
放心状態の凛に、蓮からスマホを返される。
凛「…なんで、そんな勝手なことを…」
蓮「だいたいの話の流れはわかったから、俺が協力してあげようかなって思って」
凛「協力って…」
蓮「彼氏のフリだよ。朋子ちゃんに、彼氏見たいって言われたんだよね?」
蓮の言葉に、なにも返すことができない凛。
蓮「それに、もうさっき『彼氏』って言っちゃったし」
悪びれもなく、蓮はペロッと舌を出す。
凛は口をへの字に曲げる。
凛「…でも、他のだれかに見られたら困るんですが…」
蓮「大丈夫だって〜。今は部活中だし、部活してないヤツらはもう帰宅してるし、この時間が一番人通りがないんじゃないかな?」
凛は、窓から校門のほうを眺める。
蓮の言うとおり、この時間に帰宅する生徒はほとんどいない。
蓮「朋子ちゃん待たせたら悪いし、行こ行こ!」
凛「…あっ、ちょ…!」
蓮は半ば強引に凛の手首をつかむと、多目的教室から出ていった。
◯学校、校門(前述の続き)
蓮「はじめまして。凛ちゃんの彼氏の蓮です」
蓮の爽やかスマイルに、目を輝かせて見惚れる朋子。
朋子「は…はじめまして!凛ちゃんの同じ中学だった…朋子です!」
蓮「朋子ちゃんのことは知ってるよ。凛ちゃんからよく話聞いてたから」
朋子「そうなんですか…!?」
仲よく話す2人とは違って、凛は辺りをキョロキョロする。
だれかにこの現場を見られないかと心配していた。
凛「そ…そろそろいいかな、朋子ちゃん」
朋子「あ〜、ごめんねっ。せっかくの2人の時間、邪魔しちゃ悪いもんね。でもまさか、凛ちゃんの彼氏がこんなイケメンだったなんてびっくりした〜♪」
蓮「イケメンだなんて、そんなことないよ」
朋子「そんなことアリアリです!それに、さっき電話で『恥ずかしがり屋』って聞いてたんですけど、とっても話しやすくてびっくりしました〜♪」
朋子にそう言われ、苦笑いを浮かべる凛。
嘘がバレないかヒヤヒヤしていた。
朋子「じゃあね〜♪凛ちゃーん、蓮くーん!」
満足そうな笑みを見せて手を振る朋子の姿を見送る凛と蓮。
朋子の姿が見えなくなると、凛は重たいため息をついた。
凛(彼氏を見たいって言われたときは、寿命が縮む思いだったけど、なんとかやり過ごせてよかった…)
胸をなでおろす凛。
そして、すぐさま蓮から距離を取る。
凛「あ…ありがとうございました。助かりました」
蓮「どういたしまして。こんなことでよければ、お安い御用」
蓮の慣れた感じのウインクに、ウインクされることに慣れていない凛は反応に困り、つばをごくりと呑む。
凛「…それでは、わたしは帰ります!」
凛は蓮に頭を下げると、くるりと背中を見せて歩き出す。
しかし、そのあとを蓮がついてくる。
凛「さっきからなんですか…!?もう彼氏のフリはしてもらわなくて結構なんですがっ」
蓮「いや、そうじゃなくて」
凛「…?」
首をかしげる凛。
蓮「俺もこっちなんだよね、帰り道」
それを聞いて、早とちりしてしまったことが恥ずかしくて、顔を赤くする凛。
蓮「いいよ、いいよ。だれでも勘違いするものだし。そんなに気にすることないよ」
蓮は気楽そうに笑うと、凛の隣を歩く。
◯帰り道、駅前(前述の続き)
人が行き交う駅前の道を蓮と並んで歩く凛。
凛(帰り道が同じだからというだけで、結局こんなところまでいっしょになってしまった…)
蓮と近くもなく遠くもない微妙な距離を開けて、凛は背中を丸めて歩く。
凛(戸倉くんといるところをだれかに見られたらまずいのに、でも彼氏のフリをしてくれた手前、『いい加減離れてください』なんてことも言えない…。…どうしよう)
蓮との話題もとくになく、気まずい凛とは違って、蓮は鼻歌混じりで気分がよさそう。
蓮「俺の家、あそこの角曲がったところなんだよね」
凛「そ…そうなんですか。駅チカなんですね。だから、駅前のカフェでバイトを」
蓮「そうそう、家からすぐだから。凛ちゃん家は?」
凛「わたしは――」
凛がそう言いかけたとき、すぐそばを腰まであるくらいの美しいロングヘアの女の人が通り過ぎる。
すると、なにを思ったのかすぐに振り返る。
?「…蓮?」
その声に反応して、凛と蓮も振り返る。
女の人を見て、少しだけぽかんと口が開く蓮。
?「やっぱり蓮だ〜。久しぶり」
そう言って微笑む、女の人。
黒に近い茶髪のロングヘアで、タイトなセットアップを着て、チラッとお腹が見えている。
まるでモデルのようなスタイルと整った顔。
蓮「沙織じゃん。久しぶり」
沙織を見て、少しだけ微笑む蓮。
沙織「まさか、こんなところで会うとは思わなかった〜!引っ越したって聞いたけど、この辺りなの?」
蓮「うん、まぁね。沙織は?」
沙織「あたしは、そこの居酒屋でサークルの親睦会があって。ちょっと早めに着いちゃったから、ぶらぶらしてたの」
美人の沙織とイケメンの蓮が話す姿は、雑誌の一面かと思うほど映えて美しく見える。
沙織「そうだ!あたし、まだ時間あるからさっ。もしよかったらこのあと――」
と言った沙織が、蓮の隣にいた凛に気づく。
今気づいたというような沙織の少し驚いた顔。
沙織と目が合い、つばを呑む凛。
沙織「…えっと、知り合い?」
蓮「うん、そうだよ」
沙織「ああ、同じ学校の。でさー、すぐそこのカフェで――」
蓮「ごめん、沙織」
沙織の言葉を遮るように、蓮が声を発する。
すると、蓮は凛の肩に手を回し、そっと抱き寄せる。
一瞬のことでわけがわからなかった凛は、キョトンとしたまま蓮に身を委ねる。
蓮「悪いけど、今デート中なんだよね」
凛「…っ!?」
その言葉に、瞬時に蓮の顔を見上げる凛。
沙織「デ…、デート?…って、もしかして…」
沙織も驚いていて、若干声が上ずっている。
蓮「うん。このコ、俺の彼女だから」
そんな沙織に、蓮はにこっと笑ってみせた。
あんぐりと口を開け、目を大きく見開いて蓮に目を向ける凛。
凛(…え〜〜〜〜…!?ちょっと待って…。わたしが戸倉くんの『彼女』って、どういうこと〜…!?!?)