《マンガシナリオ》噂のプレイボーイは、本命彼女にとびきり甘い
第3話「俺と2人きりのときだけは、敬語禁止」
◯(回想)駅前で沙織と別れたあと
沙織の姿が見えなくなると、慌てて蓮から離れる凛。
凛「と…戸倉くん…!さっきの、どういうことですか…!?」
蓮「さっきの?」
キョトンとする蓮。
凛「さささ…さっき!わ…わたしのことっ…」
蓮「ああ、『彼女』って?沙織にあのあと誘われそうだったから、思わず嘘ついちゃった」
舌をペロッと出す蓮。
凛「…そういうの、困ります。断り文句に、わたしをあんなかたちで使わないでくださいっ」
蓮「べつにいいじゃん。俺も凛ちゃんの彼氏のフリしてあげたんだから、これでおあいこってことで」
悪びれもなくニッと笑う蓮にその通りのことを言われ、凛はぐうの音も出ずだんまりする。
凛「でも…、あのきれいな人に勘違いされましたよ。いいんですか?」
蓮「かまわないよ。だって、ただの元カノだし」
蓮は興味なさそうにそう答え、本当に沙織のことはなんとも思っていないような素振り。
凛「沙織さん…でしたっけ?『サークル』って言ってましたけど、…もしかして大学生ですか?」
蓮「うん、2個上。前の学校でいっしょで、それで」
凛「へ〜、そうなんですね」
そんな深い意味はなく、ただの相づちをした凛。
そんな凛に、蓮がニヤリと口角を上げて顔を近づける。
蓮「なになに?元カノのこと気になっちゃって、凛ちゃん俺に興味あるの?」
凛「そ…!そんなことありません!」
茶化すように蓮が言うものだから、凛は顔を真っ赤にして即否定する。
凛(べつに興味があるとかじゃなくて、遊びでしか女の子を相手しない戸倉くんにも、彼女だった人がいたと初めて知って、少し驚いただけ。へ〜、ちゃんとお付き合いしてた人がいたんだって)
そんなことを考えながら、隣を歩く蓮の横顔をのぞき込む凛。
凛(あの人が、戸倉くんの『3人いる』という彼女うちの1人だったのかな)
すると、凛の視線に気づいた蓮が顔を向ける。
にこりと微笑んで首をかしげる蓮に、凛はとっさに顔を背ける。
凛(…まぁ、わたしには関係のないことだけどね)
(回想終了)
◯凛の家、凛の部屋(夜、第2話の続き)
寝る前にベッドの上でスマホをいじる凛。
すると、画面に見知らぬ通知が表情させる。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
凛(メッセージ…?)
何気なく通知をタップする凛。
凛のなにも投稿されていないインスタのアカウントに飛び、DMのアイコンに印があるのを見つける。
朋子のインスタをたまに見るためだけに登録したアカウントのため、もちろんDMが届くこと自体初めてのこと。
DMのアイコンをタップする凛。
【@R_A.S.N】というアカウントからのメッセージだった。
蓮【こんばんは、戸倉です。
たまたま凛ちゃんのアカウントを見つけたので、DMしてみました。
今日の帰り道、ごめんね。
断り文句とはいえ突然あんなこと言って、気分悪かったよね。
これからは気をつけます】
突然の蓮からのDMに驚いて、メガネがズレ下がる凛。
凛(とっ…戸倉くんから…!?)
驚きのあまり、とっさにインスタを落とす。
蓮の見た目や普段の口調と違って、実に丁寧な内容のDMで、まるで別人かと思うような文面。
今日の帰り道の出来事を思い出す。
凛『…そういうの、困ります。断り文句に、わたしをあんなかたちで使わないでくださいっ』
蓮『べつにいいじゃん。俺も凛ちゃんの彼氏のフリしてあげたんだから、これでおあいこってことで』
凛(あのときは、わたしの彼氏のフリをしたかわりにみたいに適当なことを言ってたけど、本当は気にしてくれていたんだ)
あのときの蓮の顔を思い浮かべると、少しだけ頬がぽっとなる凛。
凛は再度インスタを開け、DM画面へ。
初めてのDM。
初めての男の子とのやり取り。
なんと送っていいかわからず、布団の中で考えること…30分。
凛【権田原です。
気にしていませんので、おかまいなく。
それではおやすみなさい】
初めてのDMのため、送信ボタンをタップする指が震える。
凛(い…行け…!)
意を決して、送信ボタンをタップする。
DMを送ったあとに部屋の電気を消し、顔から布団をかぶる凛。
スマホは枕元に画面を下にするようにしていつも置いて寝る凛。
しかし、今日に限ってはなぜか気になって数分ごとにスマホの画面を確認する。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
そして、またインスタからの通知を見つけると、慌ててタップする。
蓮【また明日ね。おやすみ】
蓮からの返信を見て、ハッと目を輝かせる凛。
凛(…って、なにわたし浮かれてるんだろう)
冷静になり、スマホを伏せて凛は眠った。
◯学校、昇降口近くの掲示板前(朝)
学校に着き、昇降口で上履きに履き替える凛。
騒がしい昇降口。
昇降口近くの掲示板に人だかりができている。
掲示板には、【1学期中間試験順位表】と書かれた紙が張り出されていた。
テストが終わるたび、学年ごとで上位30名の順位と名前と成績がこうして掲示板に張り出される。
凛は1年生の頃から、常に1位をキープしている。
凛にとってもそれは励みになり、勉強をがんばる原動力となっていた。
今回も順位を確認するため、掲示板へと向かう凛。
2年の順位表に目を移す凛。
その瞬間、凛の表情が固まる。
【1位 戸倉蓮 490点
2位 権田原凛 489点】
凛の名前が1位ではなかったのは、これが初めてのこと。
◯学校、2年2組の教室(朝、前述の続き)
凛が教室に入ると、蓮の席にはいつにも増して女の子が集まっていた。
クラスメイトたち「蓮、すごいね!授業中寝たりしてるのに、なんで頭いいわけ!?」
クラスメイトたち「運動神経もいいのに、勉強もできるとか完璧すぎでしょ!」
顔よし、運動神経よし。
さらに、頭もいいということが掲示板に張り出された順位表で学校中に知られ、蓮はさらに人気者になっていた。
蓮「たまたまだって。そんなに褒めたって、なにも出てこないよ」
周りの女の子たちに笑顔で受け答えをする蓮。
そんな様子を横目で見ながら、自分の席につく凛。
それに気づいた蓮の周りにいた女の子たちが声を潜める。
クラスメイトたち「…見て、ゴンさん。今こっち見て睨んでたよね…?」
クラスメイトたち「蓮に抜かされて悔しいんじゃないの〜?いつも1位だったから」
クラスメイトたち「…こわっ!なんか逆恨みとかしそうだもんね〜」
ヒソヒソ話をするクラスメイトたちを無視して、凛はいつものように読書を始める。
凛にとって、べつに睨んでいたわけではない。
ただ、なんとなく蓮のほうにチラリと目をやっただけ。
それに、凛には悔しいという感情はなかった。
まったくないと言ったら嘘になるが、自分より点数の高い人が現れたのは初めてのことで、悔しいというよりも新たなライバルができたことに実は喜びを感じていた。
頬がゆるむ凛。
クラスメイトたち「…見たっ!?今、ゴンさんなんか笑ったよね!?」
クラスメイトたち「見た見た…!なんか企んでるんじゃないの…!?こわ〜いっ」
次の期末テストに向けて、再び1位になるという目標ができたことへの喜びで少し笑みがもれてしまった凛。
その笑みをクラスメイトたちは気味悪がる。
◯学校、2年2組の教室(昼休み)
騒がしい教室内で読書をする凛。
机に置いていたスマホがわずかに震える。
見ると、インスタのDMの通知だった。
通知をタップする凛。
蓮からのDMだった。
蓮【女の子たちが凛ちゃんのこと、テキトーなこと言ってるけど、気にしちゃダメだよ】
同じ教室内にいる蓮のほうへ視線を向けると、蓮はいつものように女の子たちと会話している。
あんな状況で、本当に蓮本人がDMを送ったのだろうかと思いつつ、凛は返信する。
凛【気にしていません。
お気遣いありがとうございます】
送ってすぐ、また蓮に目をやる。
蓮「あっ、ちょっと待ってね」
蓮は周りの女の子たちに断りを入れると、ズボンのポケットからスマホを取り出し親指で操作する。
なにかを打ったあと、またスマホをズボンのポケットにしまう蓮。
そのすぐあと、凛のスマホにDMの通知が入る。
蓮【それならよかった。
聞いたよ。凛ちゃん去年からずっと、テストで学年1位なんだってね】
蓮は何食わぬ顔で女の子たちと話を続けている。
凛【2位になったのは、今回が初めてです。
正直、驚きました。
今回の出来はあまりよくなかったので、期待はしていませんでしたが、まさか戸倉くんに負けるとは】
凛がDMを打つと、すぐに蓮から返信がくる。
蓮【『まさか』とは失礼だなー。
俺こう見えて、勉強は好きなほうなんだけど?】
凛【意外です。
わたしも勉強は嫌いではありませんので、期末テストでは戸倉くんに負けないように、改めて身を引きしめてがんばることにします】
蓮【さすが、凛ちゃん!
凛ちゃんとはなかなか距離が縮まらないと思ってたけど、共通点が見つかってうれしいな】
その蓮のDMにキョトンとする凛。
凛(…共通点?)
疑問に思いながら、DMを打つ。
凛【共通点…ですか?】
蓮【うん。2人とも、そこそこ勉強が好きっていう共通点ね】
それを見て、はっと気づかされる凛。
見た目も雰囲気も違う蓮とは、接点なんてないと思っていたから。
蓮のほうを見ると、女の子たちの隙間から蓮の顔が見え、凛に向かって微笑む。
頬を赤くした凛は、すぐさまうつむく。
クラスメイトたち「蓮〜。さっきからスマホ見て、なにしてるの?」
蓮「ん〜?彼女からメッセージきてるから確認してた」
クラスメイトたち「も〜。今はアタシたちがいるんだから、あとでいいじゃん」
蓮「でも俺、彼女3人いるからさ。昼休みの間に全員に返信したくて」
クラスメイトたち「出た〜。相変わらずのプレイボーイ発言っ」
クラスメイトたち「3人もいるなら、4人も5人も関係ないんだから、アタシも彼女にしてよ〜」
蓮「う〜ん。また考えておくね」
持ち前のキラースマイルで女の子たちをかわす蓮。
クラスメイトたち「ていうか、蓮ってSNSしてるの?」
蓮「してるよ?毎日みんなとLINEしてるじゃん」
クラスメイトたち「そうじゃなくてー。インスタとか」
そんな会話が聞こえ、ドキッとして顔を上げる凛。
なぜか、凛はさっきまで蓮とDMしていたインスタを見ていた自分のスマホを机に伏せる。
蓮「あ〜、やってないなぁ」
クラスメイトたち「そうなの?アカウントとかも作ってないの?」
蓮「うん。そういうのには疎くて」
にこやかに女の子たちに微笑む蓮。
凛はごくりとつばを呑む。
凛(…どうしてそんな嘘を)
インスタを開く凛。
蓮とのやり取りが綴られたDMに目を通す。
凛【嘘はよくないですよ】
凛がそうDMすると、すぐに返信がくる。
蓮【ごめん、また嘘ついちゃった。
でも、やってるって言ったら面倒な展開になりそうだったから。
このアカウントのことも凛ちゃんだけのヒミツにしておいてね】
それを読んで、少しだけ凛の胸がキュンとする。
凛(わたしは、戸倉くんとはメッセージの交換はしていない。それに、普段から話すような仲でもない。だけど、わたしは戸倉くんと…人知れずこのDMで繋がっている)
大切そうにスマホを胸に抱える凛。
◯学校、2年2組の教室(放課後)
次の日。
日直だった凛は、放課後に教室に残って学級日誌を書いていた。
凛以外、教室にはだれもいない。
凛「…よし!書けた」
シャーペンなどをペンケースに片付ける凛。
帰る準備をしていると、物音がする。
目を向けると、少し息を切らせた蓮が教室の後ろのドアにいた。
凛「…戸倉くん?帰ったんじゃなかったんですか?」
蓮「そうだったんだけど、途中でスマホ忘れたことに気づいてっ…」
自分の座席へ向かう蓮。
かがんで机の中をのぞき込み、中からスマホを取り出す。
蓮「…よかった〜、ここにあった」
安堵した表情を浮かべ、ズボンのポケットにスマホを入れる蓮。
凛「そういえば、今日はバイトじゃないんですか?」
蓮「今からだよ。でも、いつもより1時間遅めのシフトだから余裕あるんだよね」
凛「そうですか。…そういえばずっと気になっていたんですが、どうして戸倉くんはわたしのインスタのアカウントがわかったんですか?」
凛が尋ねると、蓮は少し笑みをもらす。
蓮は軽くスマホを操作すると、ある画面を凛に見せた。
そこに映っていたのは、凛のインスタのアカウント。
蓮は、凛のインスタのアカウント名を指さす。
【@RinGondawara】
蓮「フルネームまんまのアカウント名なら、だれでもわかるって」
クスクスと笑う蓮。
凛「おっ…おかしいですか!?」
蓮「おかしいっていうか、あんまりいないよね」
凛「そうなんですか…。なんて入力したらいいのかわからなかったので」
蓮「まぁその気持ちわかるよ。俺も似たようなものだし」
蓮は次に、自分のアカウントを見せる。
【@R_A.S.N】
蓮「『R』は、俺の名前だし」
凛「それはわかります。でも、あとの『ASN』は?」
蓮「それは、3人の彼女の名前の頭文字…♪」
恥ずかしげもなくニッと笑う蓮。
反応に困る凛。
蓮「でも、凛ちゃんもインスタとかするんだね。なにも投稿されてないけど、最近始めたところ?」
凛「いえ。友達の投稿をたまに見るのに登録しただけです」
蓮「あ〜、閲覧専用かっ。俺と同じだね」
凛「そうなんですか?」
蓮「うん。みんなまめだよね、写真とか上げて。俺は面倒くさくてできないな〜」
ハハハと笑う蓮。
ふと蓮は、教室の時計に目を移す。
蓮「バイトまで余裕あるって言ったけど、スマホを取りに戻ったせいで、そんなにゆっくりしてる時間はないんだった」
困ったように、眉を下げて微笑む蓮。
本当にゆっくりしている時間はないようで、蓮は凛に軽くあいさつすると教室から出ていった。
再び、だれもいなくなった静かな教室で帰る準備をする凛。
女子生徒「…ちょっと待ってよ!」
そのとき、廊下に女子生徒の声が響く。
突然の声に、教室で1人肩をビクッと震わせる凛。
おそるおそる、ドアから顔をのぞかせる。
廊下には、蓮の後ろ姿。
その向こうに、ロングのストレートヘアの女の子が蓮と向かい合わせになるようにして立っている。
小顔で美人の顔の眉間にシワを寄せ、怒っているというのがわかる。
蓮「…どうしたの?そんなこわい顔して」
女子生徒「どうしたのじゃないわよ!」
凛は、その女の子を見てはっとする。
学年で一番モテると言われている隣のクラスの女の子だ。
凛(…そういえば、あのコも前に戸倉くんに告白して振られたと噂で聞いたことがある)
気になって、ドアに隠れながら様子をうかがう凛。
女子生徒「前に言ってくれたよね!?今はまだ無理だけど、そのときがきたら付き合おうって!」
蓮「あ〜、うん。“そのとき”がきたら、ね」
女子生徒「ずっと待ってるんだけど、“そのとき”って…いつ!?」
蓮に詰め寄る女の子。
蓮「だから、“そのとき”だよ。今じゃない」
女子生徒「…バカにしてるの?」
蓮「してないよ。それに、『そのときがきたら付き合おう』じゃなくて、『そのときがきたら付き合うか考えるね』って言ったんだけど?」
怒っている女の子に対して、いつもと変わらないほがらかな笑みで答える蓮。
この状況では、それが女の子をさらに逆上させる。
蓮「もういいかな?俺、これから用事があるから話はまた今度で」
女子生徒「どこ行くつもり!?まだ話終わってないんだけど!」
早くバイトへ向かいたい蓮は、ズボンのポケットから取り出したスマホにチラリと目をやる。
その表情に、少し焦りの色がうかがえる。
女の子は蓮を逃がすまいと、腕をつかんで引っ張る。
蓮「ごめん。ほんとそろそろ行かないとヤバイから、この手を離して――」
女子生徒「用事って、バイトのことでしょ!?」
女の子のその発言に、目を大きく見開く蓮。
女子生徒「駅前の人気のカフェ『SUNNY』でバイトしてるんだよね?」
蓮「…どうしてそれを?」
女子生徒「他校の友達が、イケメン店員がいるって写真送ってくれたんだよね。それが蓮くんでびっくりしたよ。だってウチの学校、バイト禁止なのにさ!」
蓮のバイト姿が写る写真のスマホ画面を蓮に見せつける女の子。
蓮の顔色をうかがうように、下からのぞき込む。
女子生徒「あんなところでバイトしてて、バレないとでも思ったの?」
蓮「まあ…、案外大丈夫かな〜って。灯台もと暗しみたいな」
女子生徒「なにそれっ」
バカにしたように鼻で笑う女の子。
女子生徒「…あっ!わかった〜。女性客が多いから、目当てのお客を引っ掛ける目的でバイト始めたんでしょ〜。だって蓮くん、プレイボーイだもんね」
女の子はスマホをチラつかせ、その表情と態度は蓮を軽く脅しているような振る舞い。
女子生徒「この写真、先生に見せたらどうなるかな〜?校則を破ってバイトしてるんだから、知られたらマズイよね〜?」
ニヤリと口角を上げ、悪い顔をして微笑みながら蓮にすり寄る女の子。
蓮「…俺にどうしろって言いたいの?」
女子生徒「バラされたくなかったら、今ここでキスして。それで、アタシと付き合うって約束して」
蓮「プレイボーイなんかの俺と…?」
女子生徒「だから、いいんじゃない。プレイボーイの蓮くんの彼女に昇格できたって、周りに自慢できるし…♪」
それを聞いて、「はぁ〜…」と小さくため息をつく蓮。
ゆっくりと女の子の肩に手を添えると、そのまま女の子を壁際へ追い詰める。
目と目が合う蓮と女の子。
キスされるという期待で、頬がゆるむ女の子。
そんな女の子にゆっくりと顔を近づける蓮。
女の子が軽く唇を突き出し、目を閉じる。
凛「それっておかしいよ…!!」
2人がキスする直前、凛が教室から飛び出し大声で叫ぶ。
突然の凛の登場に、ギョッとした表情で凛を見つめる女の子。
蓮はキョトンとした顔を浮かべる。
女子生徒「…なっ、なにあんた、いきなり!」
凛「『おかしい』って言ってるんです…!」
凛はズカズカと2人のもとへ歩み寄る。
蓮は、女の子から体を離す。
女子生徒「は?おかしい?」
凛「…おかしいですよ!こんな…、弱み握って脅してキスさせて、付き合おうだなんてっ」
女子生徒「べつにいいでしょ!それに、あんたには関係ないじゃない!」
凛「関係ないですけど…!あなたはそれでいいんですか…?」
女の子をじっと見つめる凛。
凛「気持ちのないキスなんかして、あなたはそれで満足なんですか…?」
凛の言葉に、ぐっと言葉を飲み込む女の子。
女子生徒「な…なに子どもみたいなこと言ってんの?アタシは、蓮くんとキスして付き合えればそれでいいのっ。蓮くんだってプレイボーイなんだから、気持ちのないキスの1つや2つくらい――」
蓮「しないよ」
突然、頭上から降ってきた蓮の言葉にはっとして見上げる女の子。
蓮は伏し目がちに無表情で見下ろす。
その表情は今までに見せたことがないくらい冷たく見える。
蓮「気持ちのないキスなんて、しないよ」
女子生徒「…は?だって、さっき――」
困惑した様子を見せる女の子。
蓮「凛ちゃんが割って入ってきたからできなかったけど…。本当は、耳元で『だれがキスするか、バーカ』って言おうとしただけ」
ニッと笑ってみせる蓮。
いつも見る蓮の顔に戻っていた。
女子生徒「バ…、バカって…!」
蓮「だって、そうでしょ?凛ちゃんの言うとおり、俺が気持ちのないキスをして…それで満足?今はよかったとしても、あとから虚しくならない?」
女子生徒「それはっ…」
言いよどむ女の子の頭の上に、蓮はぽんっと優しく手をのせる。
蓮「もっと自分を大切にしなよ。キスだって、本当に好きな相手とするから幸せな気持ちになれるんだよ?だから、こんなプレイボーイな俺なんてやめておきな」
女子生徒「そんな綺麗事言って、この場をやり過ごそうとしたってそうはいかないんだから…!アタシは、このバイトの写真を――」
蓮は、バイト姿の写真が写るスマホを持つ女の子の右手をつかみ、壁に押さえつける。
蓮「バラしたかったら、バラしなよ?」
それだけ言うと、蓮は女の子から体を離す。
くるりと女の子に背を向ける。
蓮の予想外の毅然とした態度に困惑し、半泣きの表情で蓮をにらみつける女の子。
女子生徒「…本当にいいの!?アタシ、先生に言うよ!?」
蓮の背中に言葉を浴びせる。
蓮は女の子に顔だけ向ける。
そして、微笑む。
蓮「いいよ、好きにして。でも俺、キミはそんなことするようなコじゃないって信じてるから」
蓮の言葉に、唇を噛みしめる女の子。
そのまま、廊下を走って行ってしまう。
女の子がいなくなったあと、凛のほうを向き直る蓮。
蓮「凛ちゃん、ありがとう。助かったよ」
蓮の柔らかい微笑みに、思わずドキッとする凛。
凛「い…いえっ。わたしはべつに、たいしたことは…」
蓮「そんなことないよ。それに、あのコも凛ちゃんの言葉に気づかされたんじゃないかな」
凛「え…?」
蓮「キスは、本当に好きな相手とするものだって」
凛「戸倉くんがそんなこと言ったって、…信憑性がありませんね」
目を細めて蓮を見つめる凛。
蓮「…そう!?凛ちゃん、ひど〜い」
凛「そんなことよりも、時間…大丈夫なんですか?」
蓮「…うっわ、ヤバ!ガチでヤバイから、俺行くね!」
凛「はい。お気をつけて」
廊下を走りながら手をブンブンと振る蓮に対して、凛は軽く手を挙げる。
◯凛の家、凛の部屋(夜)
夕食とお風呂を済ませた凛。
部屋で勉強しているとスマホが鳴り、手に取る凛。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
通知をタップしインスタに飛ぶと、蓮からDMがあった。
蓮【今、バイト終わったところ。
あのあとなんとかに間に合ったよ。
あそこで凛ちゃんが入ってきてくれなかったら、本当にバイト遅刻してたかも。
ありがとね】
それを読んで、思わず笑みがこぼれる凛。
凛【バイト、お疲れさまでした。
廊下が騒がしかったので、止めに入っただけです】
蓮【凛ちゃんらしいな〜】
何通か、蓮とDMのやり取りをする。
蓮【そういえば、明日の放課後ってなにか予定ある?】
そのDMを見て、キョトンとする凛。
凛(…予定?)
DMを返信する凛。
凛【とくになにもありません】
蓮【そっか。じゃあ、明日は天気もよさそうだから、放課後は中庭で読書かな?】
凛【そのつもりです】
蓮【だったら、俺も行くね】
予想外の返信が返ってきて、目を見開く凛。
凛(『だったら、俺も行く』…?って、どういう意味…?)
凛がポカンとして考えている間に、蓮から続けてDMが届く。
蓮【明日の放課後、中庭で。
おやすみ】
◯学校、中庭(放課後)
次の日。
中庭のいつものお決まりの、木の下にあるベンチに座って読書をしていると、蓮がやってくる。
蓮「凛ちゃん!」
凛(…本当にきた!)
凛は平静を装いながら、読書をするフリをする。
本心は、隣に座ってきた蓮のことが気になってしょうがない。
凛「…あれから大丈夫でしたか?バイトのことで、先生に呼び出されたりなんか…」
蓮「うん、大丈夫!心配してくれてありがとう」
凛「べつに…心配なんて。ただ、あんなふうに弱みにつけこむようなやり方はどうかなと思っただけで…」
凛は、少しズレたメガネをクイッと上に上げる。
蓮「せっかく凛ちゃんが心配してくれてるのはうれしいんだけど、実は俺にとっては弱みでもなんでもないんだよね」
凛「それは…どういう」
蓮「その感じだと、凛ちゃん知らないっぽいね」
凛「え?」
蓮「この学校、テストの成績上位5名は特別にバイトが許可されてるんだよ?」
蓮の話に目が点になる凛。
初めて聞いた話に、凛は驚きのあまりなにも言葉が出てこない。
蓮「知らなかったでしょ〜。だから、先生にバラされても痛くも痒くもなかったんだよね」
ニカッと笑う蓮。
凛は、昨日のことを思い出す。
蓮『バラしたかったら、バラしなよ?』
まるで煽るようなあのときの言葉の意味をようやくここで納得した凛。
凛(どおりで、あんなふうな態度が取れたのか)
こくんこくんとうなずく凛。
蓮「中間テストで上位5名に絶対に入るっていう条件つきで、前の学校の成績も加味して、特別に転校してすぐにバイトの許可もらったんだよね。6位以下なら即バイト辞めないとだったんだけど、とりあえず無事に継続中〜」
まるで他人事のような軽い口調で語る蓮。
凛(戸倉くん、発言は軽いけど、バイトしながらも成績が1位だなんて、…改めて考えるとやっぱりすごい)
蓮の新たな一面に、蓮への見方が変わった凛。
蓮「初めての学級委員の集まりの日も、今のカフェのバイトの面接が入ってて。だから、集まりに行けなかったんだよね」
そうつぶやいた蓮の言葉に、凛はそのときのことを思い出す。
蓮『…ごめん!実は、このあとちょっと用事があって、集まりに参加できないんだよね…』
凛『“用事”…ですか』
凛(たしか、あのとき…『用事』があると。でもそれは、バイトの面接だったんだ)
そのあと、昇降口で女の子たちに囲まれていた蓮の姿も思い出す。
クラスメイトたち『早く蓮くん行こうよ〜!』
蓮『あ〜、カラオケだっけ?』
クラスメイトたち『そうそう。フリータイム、予約してるの♪』
女子生徒たち『『早く早く〜♪』』
蓮「あのとき、面接に行かないといけないのに女の子たちにカラオケに行こって捕まっちゃって。適当な理由つけて断るのに苦労したんだよね」
眉を下げて、ハハハと笑う蓮。
凛は少しだけ胸がキュッと締めつけられる。
そのとき、蓮に感じた思いを思い出す。
凛(…なんだ。どんな大事な“用事”かと思えば、他の女子とカラオケに行くことか)
唇を噛み、胸に手をあてる凛。
凛(勘違いしたわたしは、あのあと戸倉くんにそっけない態度を取ってしまったんだった…)
なにも知らなかった当時の自分を反省し、蓮に目を向ける凛。
凛「…ごめんなさい。わたし、てっきり戸倉くんは集まりをサボって遊びに行ったのかと…」
蓮「えっ、凛ちゃんが謝ることないよ!理由はどうあれ、学級委員の集まりに参加できなかったのは事実なんだし」
凛を責めない蓮の態度に、心が和らぐような気持ちになる凛。
事実を知って、今まで見ていた蓮とはまた違う蓮に見えるようになる。
蓮「…あっ、そうそう!これ、昨日のお礼なんだけど受け取ってくれる?」
蓮が凛に差し出したのは、透明のビニール袋にラッピングされた3個のマカロン。
凛「マカロン…ですか?」
蓮「うん。昨日、バイトから帰ってきてから家で作ったんだけど…」
凛「作ったんですか!?…これを!?」
驚いて、マカロンを手に取る凛。
凛(マカロンって、よくお店に売ってるやつだよね…?…家で作れるものなの?)
まるでお店で売られているようなマカロンを食い入るように見つめる凛。
蓮「できれば、そんなにまじまじと見ないでほしいな〜…。1回失敗して、もう一度作り直して…」
凛「…えっ!?バイトから帰ってきたあの時間からですか…!?」
蓮「うん。凛ちゃんの喜ぶ顔が見たくて。俺、けっこうお菓子作りは得意なほうなんだけど、マカロンは久々に作ったから…」
謙遜しながら笑う蓮。
そんな蓮をまっすぐに見つめる凛。
凛(…このマカロン。わたしのためにわざわさ…)
蓮「でも、2回目もあんまりうまくできなくて不格好で恥ずかしいから――」
凛「不格好だなんて、…そんなことないよ!お店で売ってるものかと思った!」
興奮気味の凛と蓮の目が合う。
お互いの口から「あっ…」と同時に声がもれる。
蓮「凛ちゃん今、話し方が…」
凛「す…すみません!つい素が出てしまってっ…」
顔を真っ赤にして、蓮から顔を背ける凛。
凛(わたしとしたことが、マカロンが手作りだと聞いてびっくりして、思わず…)
蓮のほうを向き直るも、凛は手で顔を隠す。
凛「いっ…、今のはなかったことでお願いします…」
凛(あ〜…もう、どうしよう。…恥ずかしいっ)
恥ずかしがって、手で顔を隠したままの凛。
その手首を蓮がそっとつかんで顔から手をどけて、凛を見つめる。
蓮「なかったことにしたくない」
凛「…えっ」
キョトンとした表情で、蓮を見つめる凛。
頬は赤いまま。
蓮「俺、素の凛ちゃんが見れて、すっげーうれしかったんだけど」
少し頬を赤くして、照れたように笑う蓮。
その表情に、凛はキュンとする。
蓮「凛ちゃん、学校ではだれに対しても敬語なのかなって思ってたから、今すっごく距離が近くなったような気がした!みんなにも、さっきみたいな感じで話してみなよ」
凛「…やっ、もう…本当に恥ずかしいので」
さらに顔を真っ赤にして、顔の前で手を横にブンブンと振る凛。
蓮「それじゃあ…」
そう言って凛の頭にそっと手を添え、急接近する蓮。
蓮「俺と2人きりのときだけは、敬語禁止。それでいい?」
蓮の大きな瞳が凛を捉える。
蓮の瞳の中に、困惑する凛の顔が映る。
蓮「このマカロン、凛ちゃんのために特別に作ったんだ。だから、俺にもなにか“特別”…ちょーだい?」
甘えるように、凛の顔を見上げる蓮。
普段見せない蓮のかわいい表情に、凛は母性本能がくすぐられる。
凛「わ…、わかりました」
こくんとうなずく凛。
蓮「違うでしょ?」
少し怒ったような蓮。
頬を少し膨らましている。
蓮「『わかったよ』…でしょ?」
凛「…わ、わかったよ」
蓮「よく言えましたっ」
蓮は満足したような笑みを見せると、凛の頭をぽんぽんっと優しくなでる。
しばらく、そこで他愛のない話をする凛と蓮。
蓮「でも、凛ちゃんとこうして話してると、ほんと楽しいよ」
凛「…“楽しい”?そうかなぁ。わたしってよく『真面目』って言われるから、話しても楽しくないと思うんだよね。なんでもかんでも真面目に考えちゃうところが、自分でもキライで…」
肩をすくませ、目を伏せてうつむく凛。
その姿からは、自信のなさがうかがえる。
蓮「…そうなの?でも俺、凛ちゃんの真面目なところ、嫌いじゃないよ?」
蓮のその言葉に、一瞬表情が明るくなる凛。
蓮「凛ちゃんの言うとおり、『真面目』って敬遠されがちかもしれないけど、それなのにその姿勢をずっと崩さないってすごいことだよ。芯が強くないとできないことだからさ」
凛の気持ちが少し軽くなる。
これまで、周りから『真面目』と言われ続け、『真面目』すぎる自分自身をどこかマイナスとして捉えていた。
それを蓮の『芯が強い』という言葉に救われた気がした。
蓮「こう見えて、俺も昔は『真面目』だったんだよ〜?」
凛「…え〜、嘘だ〜。そんなふうには一切見えない」
蓮「だよねっ」
ケラケラと笑う蓮。
蓮「でも曲がったことが大嫌いで、『優等生』なんて呼ばれていた時期もあったんだ」
蓮は、どこか懐かしそうな顔をして遠くの空を見つめる。
自分のこれまでの話をし始める蓮。
◯(回想)蓮の小学生時代〜中学生時代
小学生時代の蓮。
黒髪で、ランドセルを背負っている。
掃除時間、ほうきを持ってふざけて遊んでいる友達を注意する。
蓮「そこ!遊んでたら、いつまでたっても掃除が終わらないから」
蓮に注意され、3人の男の子は蓮を軽くにらみつける。
クラスメイトたち「…なんだよ、戸倉のやつ」
クラスメイトたち「ちょっと遊んでたくらいでさ」
クラスメイトたち「女子からモテたいんじゃねー?クラスを仕切るオレ、かっこいいだろ!?…みたいなっ」
蓮の後ろで、陰口を言いながらクスクスと笑う男の子たち。
中学生時代の蓮。
黒髪に、黒の学ラン姿。
ホームルームで、学級委員として黒板の前に立つ。
騒がしい教室内。
蓮「静かにしてください。他に意見がある人はいませんか?」
クラスメイトたち「お〜い、みんな。学級委員の戸倉クンがなにか言ってるぞ〜」
蓮「ふざけないで」
クラスメイトたち「…なんだよっ、偉そうに」
蓮が注意すると、舌打ちをする男子生徒。
クラスメイトたち「ねぇ、蓮く〜ん!だいたいは決まったから、もういいんじゃない?」
クラスメイトたち「そうだよ〜。あとは自習しよ、自習♪」
蓮「まだ最後まで話し合いができてないから、友達とのおしゃべりはあとにして」
蓮が女の子たちに注意すると、ニタッと笑っていた女の子たちから一瞬に笑みが消え、口をへの字に曲げる。
クラスメイトたち「出た〜。優等生発言っ」
クラスメイトたち「ほんと、真面目すぎでしょっ。顔はいいのに融通が利かないから、なんか残念だよね〜」
蓮の話を聞かないクラスメイトたち。
そんなクラスメイトたちと距離が開くような感覚に陥る蓮。
蓮(…そのとき、思ったんだ。ああ、『真面目』って疲れるなって)
(回想終了)
◯学校、中庭(放課後、回想前の続き)
蓮の話を静かに聞く凛。
蓮「真面目でいたって、いいことなんてなかったからさ。それなら、もうテキトーにしようって思って、高校に入ってからはこんな感じで」
過去の話を笑って話す蓮。
その表情は、見ていてどこか切ない。
少し寂しそうな瞳の蓮は、初めて見る姿だった。
蓮「だから、周りから『真面目』だろうと『優等生』だろうと言われても、凛としている凛ちゃんがすごいなって思ってたんだ。あっ、今のダジャレじゃないからね」
ニッと微笑む蓮。
さきほどまでの儚さはなく、いつもの蓮に戻る。
凛(どこかつかみどころはないけれど人気者で、悩みなんてなさそうだと思っていたけど、…実はそんな過去があったんだ)
蓮の話に胸が締めつけられる凛。
蓮「俺は途中で折れちゃったけど、凛ちゃんはほんとに立派だよ。だから、そんな自分のこと『キライ』なんて言わないで」
優しく微笑む蓮。
それはまるで、凛のすべてを包み込むような温かい笑顔だった。
蓮「もし、凛ちゃんが自分のこと『キライ』だったとしても、俺はそんな凛ちゃんのことが好きだよ」
その言葉に、顔がカーッと熱くなる凛。
途端に心臓がものすごい速さでバクバクしだす。
蓮「じゃあ俺、そろそろ行くね」
横に置いていたリュックを背負って立ち上がる蓮。
凛「…あ、う…うんっ」
蓮「せっかくの放課後の読書の時間、邪魔しちゃってごめんね」
凛「そんなことっ…」
そう言いかけて、にこやかに手を振って去っていく蓮に対して、凛は無意識に手を振っていた。
治まらない胸の鼓動。
凛は、蓮の後ろ姿をずっと見続ける。
◯駅前、繁華街(放課後)
それから数日後。
学校帰りに、駅前の本屋まで本を買いにきた凛。
お目当ての本をゲットし、上機嫌に微笑みながら本屋から出てくる凛。
そのとき、スマホが鳴って画面に目を向ける凛。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
インスタからの通知。
タップしてインスタへ飛ぶと、蓮からのDMだった。
蓮【新刊買えた?】
それを見て、すぐに返信する凛。
凛(戸倉くんとは、なんだかんだでDMのやり取りが続いている。お互いの連絡先は知らない関係なのに)
凛は、学校での蓮のことを思い出す。
数日前の蓮の過去の話を聞いた日以来、蓮の姿を見ると胸がドキッとする現象に見舞われていた。
そんな蓮の姿を想像するだけで、頬がゆるんでしまう凛。
蓮『もし、凛ちゃんが自分のこと『キライ』だったとしても、俺はそんな凛ちゃんのことが好きだよ』
蓮のあのときの言葉を思い出すだけで、凛は顔が赤くなる。
凛(あのとき、『好き』って言ってくれたけど…。それってどういう意味だったのかな)
そんなことを考えながら、蓮からのDMを待つ凛。
しかし、しばらくしても返事は返ってこなかった。
凛(…バイトなのかな?)
そう思い、スマホをバッグに戻して家へ帰ろうとする凛。
そのとき、人混みの中で頭1つ飛び出たバターブロンドの金髪が見え隠れする。
凛(戸倉くんだ…!)
思わず体が勝手に動き、駆け寄ろうとする凛。
人混みの隙間から、蓮の姿が見える。
その蓮の隣には、笑顔の女の子がいた。
茶髪のロングヘアをサイドで1つに結んで、この辺りでは見かけない制服姿の女の子。
仲よさそうに笑い合いながら人混みの中を歩いていく蓮と女の子。
その光景を凛はぼうっと突っ立って見届けることしかできない。
蓮『もし、凛ちゃんが自分のこと『キライ』だったとしても、俺はそんな凛ちゃんのことが好きだよ』
凛は、あのときの言葉と蓮の優しい表情が頭に浮かぶ。
凛(あのときは、戸倉くんと気持ちを通わせられたような気がしたけど、……忘れてた。彼は、学校じゃ噂の『プレイボーイ』だったんだ)
目に涙がにじみ、唇をキュッと噛みしめる凛。
凛(あの『好き』だって、きっと深い意味はない。プレイボーイの戸倉くんにとっては、あいさつみたいなものなんだ)
凛の頬を涙が伝う。
凛(…あの女の子にも言ってるのかな。1人で舞い上がっちゃった自分が…バカみたい)
沙織の姿が見えなくなると、慌てて蓮から離れる凛。
凛「と…戸倉くん…!さっきの、どういうことですか…!?」
蓮「さっきの?」
キョトンとする蓮。
凛「さささ…さっき!わ…わたしのことっ…」
蓮「ああ、『彼女』って?沙織にあのあと誘われそうだったから、思わず嘘ついちゃった」
舌をペロッと出す蓮。
凛「…そういうの、困ります。断り文句に、わたしをあんなかたちで使わないでくださいっ」
蓮「べつにいいじゃん。俺も凛ちゃんの彼氏のフリしてあげたんだから、これでおあいこってことで」
悪びれもなくニッと笑う蓮にその通りのことを言われ、凛はぐうの音も出ずだんまりする。
凛「でも…、あのきれいな人に勘違いされましたよ。いいんですか?」
蓮「かまわないよ。だって、ただの元カノだし」
蓮は興味なさそうにそう答え、本当に沙織のことはなんとも思っていないような素振り。
凛「沙織さん…でしたっけ?『サークル』って言ってましたけど、…もしかして大学生ですか?」
蓮「うん、2個上。前の学校でいっしょで、それで」
凛「へ〜、そうなんですね」
そんな深い意味はなく、ただの相づちをした凛。
そんな凛に、蓮がニヤリと口角を上げて顔を近づける。
蓮「なになに?元カノのこと気になっちゃって、凛ちゃん俺に興味あるの?」
凛「そ…!そんなことありません!」
茶化すように蓮が言うものだから、凛は顔を真っ赤にして即否定する。
凛(べつに興味があるとかじゃなくて、遊びでしか女の子を相手しない戸倉くんにも、彼女だった人がいたと初めて知って、少し驚いただけ。へ〜、ちゃんとお付き合いしてた人がいたんだって)
そんなことを考えながら、隣を歩く蓮の横顔をのぞき込む凛。
凛(あの人が、戸倉くんの『3人いる』という彼女うちの1人だったのかな)
すると、凛の視線に気づいた蓮が顔を向ける。
にこりと微笑んで首をかしげる蓮に、凛はとっさに顔を背ける。
凛(…まぁ、わたしには関係のないことだけどね)
(回想終了)
◯凛の家、凛の部屋(夜、第2話の続き)
寝る前にベッドの上でスマホをいじる凛。
すると、画面に見知らぬ通知が表情させる。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
凛(メッセージ…?)
何気なく通知をタップする凛。
凛のなにも投稿されていないインスタのアカウントに飛び、DMのアイコンに印があるのを見つける。
朋子のインスタをたまに見るためだけに登録したアカウントのため、もちろんDMが届くこと自体初めてのこと。
DMのアイコンをタップする凛。
【@R_A.S.N】というアカウントからのメッセージだった。
蓮【こんばんは、戸倉です。
たまたま凛ちゃんのアカウントを見つけたので、DMしてみました。
今日の帰り道、ごめんね。
断り文句とはいえ突然あんなこと言って、気分悪かったよね。
これからは気をつけます】
突然の蓮からのDMに驚いて、メガネがズレ下がる凛。
凛(とっ…戸倉くんから…!?)
驚きのあまり、とっさにインスタを落とす。
蓮の見た目や普段の口調と違って、実に丁寧な内容のDMで、まるで別人かと思うような文面。
今日の帰り道の出来事を思い出す。
凛『…そういうの、困ります。断り文句に、わたしをあんなかたちで使わないでくださいっ』
蓮『べつにいいじゃん。俺も凛ちゃんの彼氏のフリしてあげたんだから、これでおあいこってことで』
凛(あのときは、わたしの彼氏のフリをしたかわりにみたいに適当なことを言ってたけど、本当は気にしてくれていたんだ)
あのときの蓮の顔を思い浮かべると、少しだけ頬がぽっとなる凛。
凛は再度インスタを開け、DM画面へ。
初めてのDM。
初めての男の子とのやり取り。
なんと送っていいかわからず、布団の中で考えること…30分。
凛【権田原です。
気にしていませんので、おかまいなく。
それではおやすみなさい】
初めてのDMのため、送信ボタンをタップする指が震える。
凛(い…行け…!)
意を決して、送信ボタンをタップする。
DMを送ったあとに部屋の電気を消し、顔から布団をかぶる凛。
スマホは枕元に画面を下にするようにしていつも置いて寝る凛。
しかし、今日に限ってはなぜか気になって数分ごとにスマホの画面を確認する。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
そして、またインスタからの通知を見つけると、慌ててタップする。
蓮【また明日ね。おやすみ】
蓮からの返信を見て、ハッと目を輝かせる凛。
凛(…って、なにわたし浮かれてるんだろう)
冷静になり、スマホを伏せて凛は眠った。
◯学校、昇降口近くの掲示板前(朝)
学校に着き、昇降口で上履きに履き替える凛。
騒がしい昇降口。
昇降口近くの掲示板に人だかりができている。
掲示板には、【1学期中間試験順位表】と書かれた紙が張り出されていた。
テストが終わるたび、学年ごとで上位30名の順位と名前と成績がこうして掲示板に張り出される。
凛は1年生の頃から、常に1位をキープしている。
凛にとってもそれは励みになり、勉強をがんばる原動力となっていた。
今回も順位を確認するため、掲示板へと向かう凛。
2年の順位表に目を移す凛。
その瞬間、凛の表情が固まる。
【1位 戸倉蓮 490点
2位 権田原凛 489点】
凛の名前が1位ではなかったのは、これが初めてのこと。
◯学校、2年2組の教室(朝、前述の続き)
凛が教室に入ると、蓮の席にはいつにも増して女の子が集まっていた。
クラスメイトたち「蓮、すごいね!授業中寝たりしてるのに、なんで頭いいわけ!?」
クラスメイトたち「運動神経もいいのに、勉強もできるとか完璧すぎでしょ!」
顔よし、運動神経よし。
さらに、頭もいいということが掲示板に張り出された順位表で学校中に知られ、蓮はさらに人気者になっていた。
蓮「たまたまだって。そんなに褒めたって、なにも出てこないよ」
周りの女の子たちに笑顔で受け答えをする蓮。
そんな様子を横目で見ながら、自分の席につく凛。
それに気づいた蓮の周りにいた女の子たちが声を潜める。
クラスメイトたち「…見て、ゴンさん。今こっち見て睨んでたよね…?」
クラスメイトたち「蓮に抜かされて悔しいんじゃないの〜?いつも1位だったから」
クラスメイトたち「…こわっ!なんか逆恨みとかしそうだもんね〜」
ヒソヒソ話をするクラスメイトたちを無視して、凛はいつものように読書を始める。
凛にとって、べつに睨んでいたわけではない。
ただ、なんとなく蓮のほうにチラリと目をやっただけ。
それに、凛には悔しいという感情はなかった。
まったくないと言ったら嘘になるが、自分より点数の高い人が現れたのは初めてのことで、悔しいというよりも新たなライバルができたことに実は喜びを感じていた。
頬がゆるむ凛。
クラスメイトたち「…見たっ!?今、ゴンさんなんか笑ったよね!?」
クラスメイトたち「見た見た…!なんか企んでるんじゃないの…!?こわ〜いっ」
次の期末テストに向けて、再び1位になるという目標ができたことへの喜びで少し笑みがもれてしまった凛。
その笑みをクラスメイトたちは気味悪がる。
◯学校、2年2組の教室(昼休み)
騒がしい教室内で読書をする凛。
机に置いていたスマホがわずかに震える。
見ると、インスタのDMの通知だった。
通知をタップする凛。
蓮からのDMだった。
蓮【女の子たちが凛ちゃんのこと、テキトーなこと言ってるけど、気にしちゃダメだよ】
同じ教室内にいる蓮のほうへ視線を向けると、蓮はいつものように女の子たちと会話している。
あんな状況で、本当に蓮本人がDMを送ったのだろうかと思いつつ、凛は返信する。
凛【気にしていません。
お気遣いありがとうございます】
送ってすぐ、また蓮に目をやる。
蓮「あっ、ちょっと待ってね」
蓮は周りの女の子たちに断りを入れると、ズボンのポケットからスマホを取り出し親指で操作する。
なにかを打ったあと、またスマホをズボンのポケットにしまう蓮。
そのすぐあと、凛のスマホにDMの通知が入る。
蓮【それならよかった。
聞いたよ。凛ちゃん去年からずっと、テストで学年1位なんだってね】
蓮は何食わぬ顔で女の子たちと話を続けている。
凛【2位になったのは、今回が初めてです。
正直、驚きました。
今回の出来はあまりよくなかったので、期待はしていませんでしたが、まさか戸倉くんに負けるとは】
凛がDMを打つと、すぐに蓮から返信がくる。
蓮【『まさか』とは失礼だなー。
俺こう見えて、勉強は好きなほうなんだけど?】
凛【意外です。
わたしも勉強は嫌いではありませんので、期末テストでは戸倉くんに負けないように、改めて身を引きしめてがんばることにします】
蓮【さすが、凛ちゃん!
凛ちゃんとはなかなか距離が縮まらないと思ってたけど、共通点が見つかってうれしいな】
その蓮のDMにキョトンとする凛。
凛(…共通点?)
疑問に思いながら、DMを打つ。
凛【共通点…ですか?】
蓮【うん。2人とも、そこそこ勉強が好きっていう共通点ね】
それを見て、はっと気づかされる凛。
見た目も雰囲気も違う蓮とは、接点なんてないと思っていたから。
蓮のほうを見ると、女の子たちの隙間から蓮の顔が見え、凛に向かって微笑む。
頬を赤くした凛は、すぐさまうつむく。
クラスメイトたち「蓮〜。さっきからスマホ見て、なにしてるの?」
蓮「ん〜?彼女からメッセージきてるから確認してた」
クラスメイトたち「も〜。今はアタシたちがいるんだから、あとでいいじゃん」
蓮「でも俺、彼女3人いるからさ。昼休みの間に全員に返信したくて」
クラスメイトたち「出た〜。相変わらずのプレイボーイ発言っ」
クラスメイトたち「3人もいるなら、4人も5人も関係ないんだから、アタシも彼女にしてよ〜」
蓮「う〜ん。また考えておくね」
持ち前のキラースマイルで女の子たちをかわす蓮。
クラスメイトたち「ていうか、蓮ってSNSしてるの?」
蓮「してるよ?毎日みんなとLINEしてるじゃん」
クラスメイトたち「そうじゃなくてー。インスタとか」
そんな会話が聞こえ、ドキッとして顔を上げる凛。
なぜか、凛はさっきまで蓮とDMしていたインスタを見ていた自分のスマホを机に伏せる。
蓮「あ〜、やってないなぁ」
クラスメイトたち「そうなの?アカウントとかも作ってないの?」
蓮「うん。そういうのには疎くて」
にこやかに女の子たちに微笑む蓮。
凛はごくりとつばを呑む。
凛(…どうしてそんな嘘を)
インスタを開く凛。
蓮とのやり取りが綴られたDMに目を通す。
凛【嘘はよくないですよ】
凛がそうDMすると、すぐに返信がくる。
蓮【ごめん、また嘘ついちゃった。
でも、やってるって言ったら面倒な展開になりそうだったから。
このアカウントのことも凛ちゃんだけのヒミツにしておいてね】
それを読んで、少しだけ凛の胸がキュンとする。
凛(わたしは、戸倉くんとはメッセージの交換はしていない。それに、普段から話すような仲でもない。だけど、わたしは戸倉くんと…人知れずこのDMで繋がっている)
大切そうにスマホを胸に抱える凛。
◯学校、2年2組の教室(放課後)
次の日。
日直だった凛は、放課後に教室に残って学級日誌を書いていた。
凛以外、教室にはだれもいない。
凛「…よし!書けた」
シャーペンなどをペンケースに片付ける凛。
帰る準備をしていると、物音がする。
目を向けると、少し息を切らせた蓮が教室の後ろのドアにいた。
凛「…戸倉くん?帰ったんじゃなかったんですか?」
蓮「そうだったんだけど、途中でスマホ忘れたことに気づいてっ…」
自分の座席へ向かう蓮。
かがんで机の中をのぞき込み、中からスマホを取り出す。
蓮「…よかった〜、ここにあった」
安堵した表情を浮かべ、ズボンのポケットにスマホを入れる蓮。
凛「そういえば、今日はバイトじゃないんですか?」
蓮「今からだよ。でも、いつもより1時間遅めのシフトだから余裕あるんだよね」
凛「そうですか。…そういえばずっと気になっていたんですが、どうして戸倉くんはわたしのインスタのアカウントがわかったんですか?」
凛が尋ねると、蓮は少し笑みをもらす。
蓮は軽くスマホを操作すると、ある画面を凛に見せた。
そこに映っていたのは、凛のインスタのアカウント。
蓮は、凛のインスタのアカウント名を指さす。
【@RinGondawara】
蓮「フルネームまんまのアカウント名なら、だれでもわかるって」
クスクスと笑う蓮。
凛「おっ…おかしいですか!?」
蓮「おかしいっていうか、あんまりいないよね」
凛「そうなんですか…。なんて入力したらいいのかわからなかったので」
蓮「まぁその気持ちわかるよ。俺も似たようなものだし」
蓮は次に、自分のアカウントを見せる。
【@R_A.S.N】
蓮「『R』は、俺の名前だし」
凛「それはわかります。でも、あとの『ASN』は?」
蓮「それは、3人の彼女の名前の頭文字…♪」
恥ずかしげもなくニッと笑う蓮。
反応に困る凛。
蓮「でも、凛ちゃんもインスタとかするんだね。なにも投稿されてないけど、最近始めたところ?」
凛「いえ。友達の投稿をたまに見るのに登録しただけです」
蓮「あ〜、閲覧専用かっ。俺と同じだね」
凛「そうなんですか?」
蓮「うん。みんなまめだよね、写真とか上げて。俺は面倒くさくてできないな〜」
ハハハと笑う蓮。
ふと蓮は、教室の時計に目を移す。
蓮「バイトまで余裕あるって言ったけど、スマホを取りに戻ったせいで、そんなにゆっくりしてる時間はないんだった」
困ったように、眉を下げて微笑む蓮。
本当にゆっくりしている時間はないようで、蓮は凛に軽くあいさつすると教室から出ていった。
再び、だれもいなくなった静かな教室で帰る準備をする凛。
女子生徒「…ちょっと待ってよ!」
そのとき、廊下に女子生徒の声が響く。
突然の声に、教室で1人肩をビクッと震わせる凛。
おそるおそる、ドアから顔をのぞかせる。
廊下には、蓮の後ろ姿。
その向こうに、ロングのストレートヘアの女の子が蓮と向かい合わせになるようにして立っている。
小顔で美人の顔の眉間にシワを寄せ、怒っているというのがわかる。
蓮「…どうしたの?そんなこわい顔して」
女子生徒「どうしたのじゃないわよ!」
凛は、その女の子を見てはっとする。
学年で一番モテると言われている隣のクラスの女の子だ。
凛(…そういえば、あのコも前に戸倉くんに告白して振られたと噂で聞いたことがある)
気になって、ドアに隠れながら様子をうかがう凛。
女子生徒「前に言ってくれたよね!?今はまだ無理だけど、そのときがきたら付き合おうって!」
蓮「あ〜、うん。“そのとき”がきたら、ね」
女子生徒「ずっと待ってるんだけど、“そのとき”って…いつ!?」
蓮に詰め寄る女の子。
蓮「だから、“そのとき”だよ。今じゃない」
女子生徒「…バカにしてるの?」
蓮「してないよ。それに、『そのときがきたら付き合おう』じゃなくて、『そのときがきたら付き合うか考えるね』って言ったんだけど?」
怒っている女の子に対して、いつもと変わらないほがらかな笑みで答える蓮。
この状況では、それが女の子をさらに逆上させる。
蓮「もういいかな?俺、これから用事があるから話はまた今度で」
女子生徒「どこ行くつもり!?まだ話終わってないんだけど!」
早くバイトへ向かいたい蓮は、ズボンのポケットから取り出したスマホにチラリと目をやる。
その表情に、少し焦りの色がうかがえる。
女の子は蓮を逃がすまいと、腕をつかんで引っ張る。
蓮「ごめん。ほんとそろそろ行かないとヤバイから、この手を離して――」
女子生徒「用事って、バイトのことでしょ!?」
女の子のその発言に、目を大きく見開く蓮。
女子生徒「駅前の人気のカフェ『SUNNY』でバイトしてるんだよね?」
蓮「…どうしてそれを?」
女子生徒「他校の友達が、イケメン店員がいるって写真送ってくれたんだよね。それが蓮くんでびっくりしたよ。だってウチの学校、バイト禁止なのにさ!」
蓮のバイト姿が写る写真のスマホ画面を蓮に見せつける女の子。
蓮の顔色をうかがうように、下からのぞき込む。
女子生徒「あんなところでバイトしてて、バレないとでも思ったの?」
蓮「まあ…、案外大丈夫かな〜って。灯台もと暗しみたいな」
女子生徒「なにそれっ」
バカにしたように鼻で笑う女の子。
女子生徒「…あっ!わかった〜。女性客が多いから、目当てのお客を引っ掛ける目的でバイト始めたんでしょ〜。だって蓮くん、プレイボーイだもんね」
女の子はスマホをチラつかせ、その表情と態度は蓮を軽く脅しているような振る舞い。
女子生徒「この写真、先生に見せたらどうなるかな〜?校則を破ってバイトしてるんだから、知られたらマズイよね〜?」
ニヤリと口角を上げ、悪い顔をして微笑みながら蓮にすり寄る女の子。
蓮「…俺にどうしろって言いたいの?」
女子生徒「バラされたくなかったら、今ここでキスして。それで、アタシと付き合うって約束して」
蓮「プレイボーイなんかの俺と…?」
女子生徒「だから、いいんじゃない。プレイボーイの蓮くんの彼女に昇格できたって、周りに自慢できるし…♪」
それを聞いて、「はぁ〜…」と小さくため息をつく蓮。
ゆっくりと女の子の肩に手を添えると、そのまま女の子を壁際へ追い詰める。
目と目が合う蓮と女の子。
キスされるという期待で、頬がゆるむ女の子。
そんな女の子にゆっくりと顔を近づける蓮。
女の子が軽く唇を突き出し、目を閉じる。
凛「それっておかしいよ…!!」
2人がキスする直前、凛が教室から飛び出し大声で叫ぶ。
突然の凛の登場に、ギョッとした表情で凛を見つめる女の子。
蓮はキョトンとした顔を浮かべる。
女子生徒「…なっ、なにあんた、いきなり!」
凛「『おかしい』って言ってるんです…!」
凛はズカズカと2人のもとへ歩み寄る。
蓮は、女の子から体を離す。
女子生徒「は?おかしい?」
凛「…おかしいですよ!こんな…、弱み握って脅してキスさせて、付き合おうだなんてっ」
女子生徒「べつにいいでしょ!それに、あんたには関係ないじゃない!」
凛「関係ないですけど…!あなたはそれでいいんですか…?」
女の子をじっと見つめる凛。
凛「気持ちのないキスなんかして、あなたはそれで満足なんですか…?」
凛の言葉に、ぐっと言葉を飲み込む女の子。
女子生徒「な…なに子どもみたいなこと言ってんの?アタシは、蓮くんとキスして付き合えればそれでいいのっ。蓮くんだってプレイボーイなんだから、気持ちのないキスの1つや2つくらい――」
蓮「しないよ」
突然、頭上から降ってきた蓮の言葉にはっとして見上げる女の子。
蓮は伏し目がちに無表情で見下ろす。
その表情は今までに見せたことがないくらい冷たく見える。
蓮「気持ちのないキスなんて、しないよ」
女子生徒「…は?だって、さっき――」
困惑した様子を見せる女の子。
蓮「凛ちゃんが割って入ってきたからできなかったけど…。本当は、耳元で『だれがキスするか、バーカ』って言おうとしただけ」
ニッと笑ってみせる蓮。
いつも見る蓮の顔に戻っていた。
女子生徒「バ…、バカって…!」
蓮「だって、そうでしょ?凛ちゃんの言うとおり、俺が気持ちのないキスをして…それで満足?今はよかったとしても、あとから虚しくならない?」
女子生徒「それはっ…」
言いよどむ女の子の頭の上に、蓮はぽんっと優しく手をのせる。
蓮「もっと自分を大切にしなよ。キスだって、本当に好きな相手とするから幸せな気持ちになれるんだよ?だから、こんなプレイボーイな俺なんてやめておきな」
女子生徒「そんな綺麗事言って、この場をやり過ごそうとしたってそうはいかないんだから…!アタシは、このバイトの写真を――」
蓮は、バイト姿の写真が写るスマホを持つ女の子の右手をつかみ、壁に押さえつける。
蓮「バラしたかったら、バラしなよ?」
それだけ言うと、蓮は女の子から体を離す。
くるりと女の子に背を向ける。
蓮の予想外の毅然とした態度に困惑し、半泣きの表情で蓮をにらみつける女の子。
女子生徒「…本当にいいの!?アタシ、先生に言うよ!?」
蓮の背中に言葉を浴びせる。
蓮は女の子に顔だけ向ける。
そして、微笑む。
蓮「いいよ、好きにして。でも俺、キミはそんなことするようなコじゃないって信じてるから」
蓮の言葉に、唇を噛みしめる女の子。
そのまま、廊下を走って行ってしまう。
女の子がいなくなったあと、凛のほうを向き直る蓮。
蓮「凛ちゃん、ありがとう。助かったよ」
蓮の柔らかい微笑みに、思わずドキッとする凛。
凛「い…いえっ。わたしはべつに、たいしたことは…」
蓮「そんなことないよ。それに、あのコも凛ちゃんの言葉に気づかされたんじゃないかな」
凛「え…?」
蓮「キスは、本当に好きな相手とするものだって」
凛「戸倉くんがそんなこと言ったって、…信憑性がありませんね」
目を細めて蓮を見つめる凛。
蓮「…そう!?凛ちゃん、ひど〜い」
凛「そんなことよりも、時間…大丈夫なんですか?」
蓮「…うっわ、ヤバ!ガチでヤバイから、俺行くね!」
凛「はい。お気をつけて」
廊下を走りながら手をブンブンと振る蓮に対して、凛は軽く手を挙げる。
◯凛の家、凛の部屋(夜)
夕食とお風呂を済ませた凛。
部屋で勉強しているとスマホが鳴り、手に取る凛。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
通知をタップしインスタに飛ぶと、蓮からDMがあった。
蓮【今、バイト終わったところ。
あのあとなんとかに間に合ったよ。
あそこで凛ちゃんが入ってきてくれなかったら、本当にバイト遅刻してたかも。
ありがとね】
それを読んで、思わず笑みがこぼれる凛。
凛【バイト、お疲れさまでした。
廊下が騒がしかったので、止めに入っただけです】
蓮【凛ちゃんらしいな〜】
何通か、蓮とDMのやり取りをする。
蓮【そういえば、明日の放課後ってなにか予定ある?】
そのDMを見て、キョトンとする凛。
凛(…予定?)
DMを返信する凛。
凛【とくになにもありません】
蓮【そっか。じゃあ、明日は天気もよさそうだから、放課後は中庭で読書かな?】
凛【そのつもりです】
蓮【だったら、俺も行くね】
予想外の返信が返ってきて、目を見開く凛。
凛(『だったら、俺も行く』…?って、どういう意味…?)
凛がポカンとして考えている間に、蓮から続けてDMが届く。
蓮【明日の放課後、中庭で。
おやすみ】
◯学校、中庭(放課後)
次の日。
中庭のいつものお決まりの、木の下にあるベンチに座って読書をしていると、蓮がやってくる。
蓮「凛ちゃん!」
凛(…本当にきた!)
凛は平静を装いながら、読書をするフリをする。
本心は、隣に座ってきた蓮のことが気になってしょうがない。
凛「…あれから大丈夫でしたか?バイトのことで、先生に呼び出されたりなんか…」
蓮「うん、大丈夫!心配してくれてありがとう」
凛「べつに…心配なんて。ただ、あんなふうに弱みにつけこむようなやり方はどうかなと思っただけで…」
凛は、少しズレたメガネをクイッと上に上げる。
蓮「せっかく凛ちゃんが心配してくれてるのはうれしいんだけど、実は俺にとっては弱みでもなんでもないんだよね」
凛「それは…どういう」
蓮「その感じだと、凛ちゃん知らないっぽいね」
凛「え?」
蓮「この学校、テストの成績上位5名は特別にバイトが許可されてるんだよ?」
蓮の話に目が点になる凛。
初めて聞いた話に、凛は驚きのあまりなにも言葉が出てこない。
蓮「知らなかったでしょ〜。だから、先生にバラされても痛くも痒くもなかったんだよね」
ニカッと笑う蓮。
凛は、昨日のことを思い出す。
蓮『バラしたかったら、バラしなよ?』
まるで煽るようなあのときの言葉の意味をようやくここで納得した凛。
凛(どおりで、あんなふうな態度が取れたのか)
こくんこくんとうなずく凛。
蓮「中間テストで上位5名に絶対に入るっていう条件つきで、前の学校の成績も加味して、特別に転校してすぐにバイトの許可もらったんだよね。6位以下なら即バイト辞めないとだったんだけど、とりあえず無事に継続中〜」
まるで他人事のような軽い口調で語る蓮。
凛(戸倉くん、発言は軽いけど、バイトしながらも成績が1位だなんて、…改めて考えるとやっぱりすごい)
蓮の新たな一面に、蓮への見方が変わった凛。
蓮「初めての学級委員の集まりの日も、今のカフェのバイトの面接が入ってて。だから、集まりに行けなかったんだよね」
そうつぶやいた蓮の言葉に、凛はそのときのことを思い出す。
蓮『…ごめん!実は、このあとちょっと用事があって、集まりに参加できないんだよね…』
凛『“用事”…ですか』
凛(たしか、あのとき…『用事』があると。でもそれは、バイトの面接だったんだ)
そのあと、昇降口で女の子たちに囲まれていた蓮の姿も思い出す。
クラスメイトたち『早く蓮くん行こうよ〜!』
蓮『あ〜、カラオケだっけ?』
クラスメイトたち『そうそう。フリータイム、予約してるの♪』
女子生徒たち『『早く早く〜♪』』
蓮「あのとき、面接に行かないといけないのに女の子たちにカラオケに行こって捕まっちゃって。適当な理由つけて断るのに苦労したんだよね」
眉を下げて、ハハハと笑う蓮。
凛は少しだけ胸がキュッと締めつけられる。
そのとき、蓮に感じた思いを思い出す。
凛(…なんだ。どんな大事な“用事”かと思えば、他の女子とカラオケに行くことか)
唇を噛み、胸に手をあてる凛。
凛(勘違いしたわたしは、あのあと戸倉くんにそっけない態度を取ってしまったんだった…)
なにも知らなかった当時の自分を反省し、蓮に目を向ける凛。
凛「…ごめんなさい。わたし、てっきり戸倉くんは集まりをサボって遊びに行ったのかと…」
蓮「えっ、凛ちゃんが謝ることないよ!理由はどうあれ、学級委員の集まりに参加できなかったのは事実なんだし」
凛を責めない蓮の態度に、心が和らぐような気持ちになる凛。
事実を知って、今まで見ていた蓮とはまた違う蓮に見えるようになる。
蓮「…あっ、そうそう!これ、昨日のお礼なんだけど受け取ってくれる?」
蓮が凛に差し出したのは、透明のビニール袋にラッピングされた3個のマカロン。
凛「マカロン…ですか?」
蓮「うん。昨日、バイトから帰ってきてから家で作ったんだけど…」
凛「作ったんですか!?…これを!?」
驚いて、マカロンを手に取る凛。
凛(マカロンって、よくお店に売ってるやつだよね…?…家で作れるものなの?)
まるでお店で売られているようなマカロンを食い入るように見つめる凛。
蓮「できれば、そんなにまじまじと見ないでほしいな〜…。1回失敗して、もう一度作り直して…」
凛「…えっ!?バイトから帰ってきたあの時間からですか…!?」
蓮「うん。凛ちゃんの喜ぶ顔が見たくて。俺、けっこうお菓子作りは得意なほうなんだけど、マカロンは久々に作ったから…」
謙遜しながら笑う蓮。
そんな蓮をまっすぐに見つめる凛。
凛(…このマカロン。わたしのためにわざわさ…)
蓮「でも、2回目もあんまりうまくできなくて不格好で恥ずかしいから――」
凛「不格好だなんて、…そんなことないよ!お店で売ってるものかと思った!」
興奮気味の凛と蓮の目が合う。
お互いの口から「あっ…」と同時に声がもれる。
蓮「凛ちゃん今、話し方が…」
凛「す…すみません!つい素が出てしまってっ…」
顔を真っ赤にして、蓮から顔を背ける凛。
凛(わたしとしたことが、マカロンが手作りだと聞いてびっくりして、思わず…)
蓮のほうを向き直るも、凛は手で顔を隠す。
凛「いっ…、今のはなかったことでお願いします…」
凛(あ〜…もう、どうしよう。…恥ずかしいっ)
恥ずかしがって、手で顔を隠したままの凛。
その手首を蓮がそっとつかんで顔から手をどけて、凛を見つめる。
蓮「なかったことにしたくない」
凛「…えっ」
キョトンとした表情で、蓮を見つめる凛。
頬は赤いまま。
蓮「俺、素の凛ちゃんが見れて、すっげーうれしかったんだけど」
少し頬を赤くして、照れたように笑う蓮。
その表情に、凛はキュンとする。
蓮「凛ちゃん、学校ではだれに対しても敬語なのかなって思ってたから、今すっごく距離が近くなったような気がした!みんなにも、さっきみたいな感じで話してみなよ」
凛「…やっ、もう…本当に恥ずかしいので」
さらに顔を真っ赤にして、顔の前で手を横にブンブンと振る凛。
蓮「それじゃあ…」
そう言って凛の頭にそっと手を添え、急接近する蓮。
蓮「俺と2人きりのときだけは、敬語禁止。それでいい?」
蓮の大きな瞳が凛を捉える。
蓮の瞳の中に、困惑する凛の顔が映る。
蓮「このマカロン、凛ちゃんのために特別に作ったんだ。だから、俺にもなにか“特別”…ちょーだい?」
甘えるように、凛の顔を見上げる蓮。
普段見せない蓮のかわいい表情に、凛は母性本能がくすぐられる。
凛「わ…、わかりました」
こくんとうなずく凛。
蓮「違うでしょ?」
少し怒ったような蓮。
頬を少し膨らましている。
蓮「『わかったよ』…でしょ?」
凛「…わ、わかったよ」
蓮「よく言えましたっ」
蓮は満足したような笑みを見せると、凛の頭をぽんぽんっと優しくなでる。
しばらく、そこで他愛のない話をする凛と蓮。
蓮「でも、凛ちゃんとこうして話してると、ほんと楽しいよ」
凛「…“楽しい”?そうかなぁ。わたしってよく『真面目』って言われるから、話しても楽しくないと思うんだよね。なんでもかんでも真面目に考えちゃうところが、自分でもキライで…」
肩をすくませ、目を伏せてうつむく凛。
その姿からは、自信のなさがうかがえる。
蓮「…そうなの?でも俺、凛ちゃんの真面目なところ、嫌いじゃないよ?」
蓮のその言葉に、一瞬表情が明るくなる凛。
蓮「凛ちゃんの言うとおり、『真面目』って敬遠されがちかもしれないけど、それなのにその姿勢をずっと崩さないってすごいことだよ。芯が強くないとできないことだからさ」
凛の気持ちが少し軽くなる。
これまで、周りから『真面目』と言われ続け、『真面目』すぎる自分自身をどこかマイナスとして捉えていた。
それを蓮の『芯が強い』という言葉に救われた気がした。
蓮「こう見えて、俺も昔は『真面目』だったんだよ〜?」
凛「…え〜、嘘だ〜。そんなふうには一切見えない」
蓮「だよねっ」
ケラケラと笑う蓮。
蓮「でも曲がったことが大嫌いで、『優等生』なんて呼ばれていた時期もあったんだ」
蓮は、どこか懐かしそうな顔をして遠くの空を見つめる。
自分のこれまでの話をし始める蓮。
◯(回想)蓮の小学生時代〜中学生時代
小学生時代の蓮。
黒髪で、ランドセルを背負っている。
掃除時間、ほうきを持ってふざけて遊んでいる友達を注意する。
蓮「そこ!遊んでたら、いつまでたっても掃除が終わらないから」
蓮に注意され、3人の男の子は蓮を軽くにらみつける。
クラスメイトたち「…なんだよ、戸倉のやつ」
クラスメイトたち「ちょっと遊んでたくらいでさ」
クラスメイトたち「女子からモテたいんじゃねー?クラスを仕切るオレ、かっこいいだろ!?…みたいなっ」
蓮の後ろで、陰口を言いながらクスクスと笑う男の子たち。
中学生時代の蓮。
黒髪に、黒の学ラン姿。
ホームルームで、学級委員として黒板の前に立つ。
騒がしい教室内。
蓮「静かにしてください。他に意見がある人はいませんか?」
クラスメイトたち「お〜い、みんな。学級委員の戸倉クンがなにか言ってるぞ〜」
蓮「ふざけないで」
クラスメイトたち「…なんだよっ、偉そうに」
蓮が注意すると、舌打ちをする男子生徒。
クラスメイトたち「ねぇ、蓮く〜ん!だいたいは決まったから、もういいんじゃない?」
クラスメイトたち「そうだよ〜。あとは自習しよ、自習♪」
蓮「まだ最後まで話し合いができてないから、友達とのおしゃべりはあとにして」
蓮が女の子たちに注意すると、ニタッと笑っていた女の子たちから一瞬に笑みが消え、口をへの字に曲げる。
クラスメイトたち「出た〜。優等生発言っ」
クラスメイトたち「ほんと、真面目すぎでしょっ。顔はいいのに融通が利かないから、なんか残念だよね〜」
蓮の話を聞かないクラスメイトたち。
そんなクラスメイトたちと距離が開くような感覚に陥る蓮。
蓮(…そのとき、思ったんだ。ああ、『真面目』って疲れるなって)
(回想終了)
◯学校、中庭(放課後、回想前の続き)
蓮の話を静かに聞く凛。
蓮「真面目でいたって、いいことなんてなかったからさ。それなら、もうテキトーにしようって思って、高校に入ってからはこんな感じで」
過去の話を笑って話す蓮。
その表情は、見ていてどこか切ない。
少し寂しそうな瞳の蓮は、初めて見る姿だった。
蓮「だから、周りから『真面目』だろうと『優等生』だろうと言われても、凛としている凛ちゃんがすごいなって思ってたんだ。あっ、今のダジャレじゃないからね」
ニッと微笑む蓮。
さきほどまでの儚さはなく、いつもの蓮に戻る。
凛(どこかつかみどころはないけれど人気者で、悩みなんてなさそうだと思っていたけど、…実はそんな過去があったんだ)
蓮の話に胸が締めつけられる凛。
蓮「俺は途中で折れちゃったけど、凛ちゃんはほんとに立派だよ。だから、そんな自分のこと『キライ』なんて言わないで」
優しく微笑む蓮。
それはまるで、凛のすべてを包み込むような温かい笑顔だった。
蓮「もし、凛ちゃんが自分のこと『キライ』だったとしても、俺はそんな凛ちゃんのことが好きだよ」
その言葉に、顔がカーッと熱くなる凛。
途端に心臓がものすごい速さでバクバクしだす。
蓮「じゃあ俺、そろそろ行くね」
横に置いていたリュックを背負って立ち上がる蓮。
凛「…あ、う…うんっ」
蓮「せっかくの放課後の読書の時間、邪魔しちゃってごめんね」
凛「そんなことっ…」
そう言いかけて、にこやかに手を振って去っていく蓮に対して、凛は無意識に手を振っていた。
治まらない胸の鼓動。
凛は、蓮の後ろ姿をずっと見続ける。
◯駅前、繁華街(放課後)
それから数日後。
学校帰りに、駅前の本屋まで本を買いにきた凛。
お目当ての本をゲットし、上機嫌に微笑みながら本屋から出てくる凛。
そのとき、スマホが鳴って画面に目を向ける凛。
【インスタグラム:新しいメッセージを受け取りました】
インスタからの通知。
タップしてインスタへ飛ぶと、蓮からのDMだった。
蓮【新刊買えた?】
それを見て、すぐに返信する凛。
凛(戸倉くんとは、なんだかんだでDMのやり取りが続いている。お互いの連絡先は知らない関係なのに)
凛は、学校での蓮のことを思い出す。
数日前の蓮の過去の話を聞いた日以来、蓮の姿を見ると胸がドキッとする現象に見舞われていた。
そんな蓮の姿を想像するだけで、頬がゆるんでしまう凛。
蓮『もし、凛ちゃんが自分のこと『キライ』だったとしても、俺はそんな凛ちゃんのことが好きだよ』
蓮のあのときの言葉を思い出すだけで、凛は顔が赤くなる。
凛(あのとき、『好き』って言ってくれたけど…。それってどういう意味だったのかな)
そんなことを考えながら、蓮からのDMを待つ凛。
しかし、しばらくしても返事は返ってこなかった。
凛(…バイトなのかな?)
そう思い、スマホをバッグに戻して家へ帰ろうとする凛。
そのとき、人混みの中で頭1つ飛び出たバターブロンドの金髪が見え隠れする。
凛(戸倉くんだ…!)
思わず体が勝手に動き、駆け寄ろうとする凛。
人混みの隙間から、蓮の姿が見える。
その蓮の隣には、笑顔の女の子がいた。
茶髪のロングヘアをサイドで1つに結んで、この辺りでは見かけない制服姿の女の子。
仲よさそうに笑い合いながら人混みの中を歩いていく蓮と女の子。
その光景を凛はぼうっと突っ立って見届けることしかできない。
蓮『もし、凛ちゃんが自分のこと『キライ』だったとしても、俺はそんな凛ちゃんのことが好きだよ』
凛は、あのときの言葉と蓮の優しい表情が頭に浮かぶ。
凛(あのときは、戸倉くんと気持ちを通わせられたような気がしたけど、……忘れてた。彼は、学校じゃ噂の『プレイボーイ』だったんだ)
目に涙がにじみ、唇をキュッと噛みしめる凛。
凛(あの『好き』だって、きっと深い意味はない。プレイボーイの戸倉くんにとっては、あいさつみたいなものなんだ)
凛の頬を涙が伝う。
凛(…あの女の子にも言ってるのかな。1人で舞い上がっちゃった自分が…バカみたい)