妹に婚約者を奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

気が合う

「では、勝負はまた後日ということで、そろそろお茶の時間にでも致しませんか」

 押し黙るミハエルとは対照的にイルがにこやかに提案した。相変わらずいつも楽しそうである。
 その提案に「そうだな、お茶が飲みたい」とユリウスが乗った。

 ことの成り行きをハラハラと見守っていたティアリーゼの心もようやく落ち付きを取り戻し、ユリウスに微笑みを向ける。


「お淹れ致します」
「本当かっ」
「ん?お茶を貴女が淹れるのか?」


 ユリウスとティアリーゼのやり取りを聞き逃さなかったミハエルが、すかさず確認してきた。

「は、はい……」

 貴族女性がはしたないと、非難の目で見られるかと思いきや、瞳を輝かせたミハエルから「自分で淹れられるなんて凄いな!」と意外な反応が返ってきた。

「私も飲んでみたい。ちなみにローズティーが良い」
「私はキャラメルティーが良いです」

 ちゃっかりリクエストしてきたミハエルに、イルが続く。
 何処までも自由な、ソレイユの二人に呆気に取られつつもティアリーゼは了承した。


「わたくしは構いませんが……」
「何だって!?」

 代わりに狼狽した様子でユリウスが声を上げた。

「僕以外の男もティアのお茶を飲む事が可能だというのかっ」
「大したものではございませんので……。お客様にお出しして良いのかどうか、憚られますが」
「うむ。構わないぞ」
「何で偉そうなんだ……まあいい。僕は夜、ティアに淹れてもらったお茶を、ティアと二人きりで飲むといった習慣を得ている。
 これは仮の婚約者のみに与えられた特権だ。それに無事婚約が成立した暁には、ティアに絶対領域に着替えて貰ってからお茶を淹れて貰うという約束も交わした!」
「なに、絶対領域だって!?こんなに清楚で可憐な見た目なのに、なんてギャップだ!くそっ羨ましい!」


 地面に崩れ落ちるミハエルを視界に捕らえながら、理解が追い付かないティアリーゼは思考が停止していた。ユリウスはしたり顔で見下ろす。


「これぞギャップ萌えだ、せいぜい羨ましがるといい」
「悔しいっ、羨ましい!」
「絶対領域で意味が通じるんですか!?この言葉、そんなに浸透してるんですか!?わたし最近までそのような言葉、聞いたことがなかったのですがっ。それに絶対領域になるなんて一言も言っていませんから!」

 ようやく思考が回り出したティアリーゼが、全力で否定する。絶対領域になるなんて約束、した覚えはない。

 先日の「後の楽しみにとっておく」と言ったユリウスの言葉を無視していたが、もしかして沈黙を肯定と受け取られてしまったのだろうか。何と自分に都合の良い思考をしているのだろうか。

 それに「絶対領域」なる言葉が、他国のソレイユにまで浸透してるなどと、思いもしなかった。ユリウスが適当に作った言葉ではないのだろうか?もしかして大陸中に広まっているのかもしれないと、ティアリーゼは新たな疑問を抱えてしまった。

 頭を抱えていたミハイルが動きをとめて呟く。

「どうやったらお茶を淹れてくれて、絶対領域な婚約者(仮)を手に入れられるんだ……」
「絶対領域な婚約者(仮)って何ですか!?」

 崩れ落ちたり、地面を拳で殴ったり、頭を抱えたりと忙しい王子である。

「個性的すぎる王子様方に囲まれて、大変ですねぇティアリーゼ嬢」

 などと口にするイルも、ティアリーゼからするとかなりの個性派である。

「ユリウス様とミハエル殿下は従兄弟同士。ということは、お二人の血には個性的になる特徴でもあるのでしょうか……」
「おや、ティアリーゼ嬢がそのような言葉を口になさるとは」
「え?」
「聞けばティアリーゼ嬢は、我がソレイユの筆頭貴族である公爵家のスウェナ姫が、母君に当たられるとか。スウェナ姫はソレイユの王族の血を引いていらっしゃる。ということは、ユリウス殿下とミハエル殿下は、ティアリーゼ嬢の遠縁に当たることになりますよね」
「!?」

(そうでした!当たり前の事実が何故だか頭から綺麗に抜け落ちて……わたしったらもしかして、現実逃避でもしていたのかしら?)

 完全にブーメランだった。イルが何故か物凄くいい笑顔をこちらに向けていることに、ティアリーゼは気付く。

(何でしょうあの笑顔……。きっと私の心情を読み取っての笑顔……イル様って結構鬼畜……)

 視線を泳がせるティアリーゼに、陽気で能天気なミハエルの声が降ってくる。

「そうかそうか、ティアリーゼ嬢もソレイユ王家の血を引いていたとは!不思議と気が合うのは何故だろうと、ずっと考えていたのだ。縁戚の令嬢だと知ると、尚更親近感が湧いてくるな」

(ミハエル殿下に気が合うと思われていたの!?)

 またもや衝撃の事実だった。
 ミハエル自身は妙に納得しているようだが、気が合うとまで言われてしまったティアリーゼは困惑気味だった。

(少し変わっていて個性的だけど、ミハエル殿下はとても優しい方。それに気が合うなんて他人からそんな風に言われたことがなかったから、やっぱり嬉しいかもしれない……)

「ふふふ、ご納得されたようですね」

(一々わたしの心情を読まないで下さいませイル様)

 一連の様子を見守っていたユリウスは、溜息混じりにミハエルに視線を向ける。

「友人としてなら許容するが、ティアリーゼは僕の婚約者となるかもしれない人だから、節度ある距離感を頼む」
「分かっているっ。分かっているだから、仲間外れは寂しいからやめてくれ……!」
「……」
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