妹に婚約者を奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

ユリウス狙われる

「何だと?ユーノ、それはいつだ!?」
「あれは確か、夏だったな。あいつの仮面に虫が止まった時だった。はたき落とそうとしたユリウスは、思い切り仮面の上の虫を狙ってしばいたんだ。だが勢いあまって、自分の仮面ごと吹っ飛ばしやがった。当然仮面は吹き飛んだ後、落下したからそのまま素顔が晒された訳だな」
「……」

 ユーノ以外の三人は静まり返り、途端一様にどよめきが湧き起こる。

「えええ……」
「中々間抜けなエピソードだが、嘘ではないのだな?」
「俺は嘘はつかねぇよ」
「そしてティアリーゼ嬢は、ユリウスが仮面を外している姿を見たことはないと」
「……はい」

 複雑な心情を胸にティアリーゼは口を開いた。

「……以前確かにユリウス様はわたしに、呪いで仮面が取れないとおっしゃられていました。ユーノ様の話が本当なら、それは嘘だったということなのでしょうか」
「婚約者である貴女を欺こうとするなど、許せんな」
「ユリウス様にも、色々とお考えや事情がおありだと思われますし……」

 常時仮面を付け続けている理由として、一番に考えられるのは「ユリウスがこの国の王子であり、リドリスと兄弟であると悟られないため」ではないだろうか。
 しかしこの場でユリウスの正体を知っているのは、ティアリーゼとミハエルのみである。

 ユーノやターニャといった、秘密を知らない人間の前で持ち出せる話ではない。
 ティアリーゼが言葉に窮していると、ミハエルが何かを閃いたようだった。

「取り敢えずユリウスの仮面を無理矢理剥がしてみるか」
「え」
「二人掛かりならいけるかもな」

 とんでもないミハエルの提案に、ユーノも即座に乗っかった。二人のやり取りにティアリーゼの身体と表情が固まる。

「そうだ!」
「はっ、はいっ!?」

 ミハエルが勢いよく振り返る。いきなり自分の方を向くものだから、ターニャは狼狽したようで、返事が裏返ってしまった。身体を強張らせたターニャがキツく握る箒を、ミハエルは指差す。

「転んだフリをし、その箒を仮面にぶん投げて落としてしまえば良いのだ!」
「えぇっ!?ら、乱暴なのは良くないですわっ」

 突拍子もなく乱暴な提案をするミハエルを、ティアリーゼはどうにかして止めようと当惑していた。
 このままではユリウスが襲われてしまう!

「では正々堂々と、直接言ってみるか。その仮面、外せるのなら素顔を晒せと……」

 ミハエルが顎に手を当て、思案している最中だった。扉が開くと共に、聞き慣れた声が投げかけられた。

「またここに集まっているのか?」

 ユリウスだった。

(どうしましょう、ユリウス様が来てしまわれたわ!)


 ユリウスに付いての話し合いの渦中に、当の本人が来てしまうとは──まだ話題は収束していないというのに。
 こうなってはミハエルとユーノが何かしでかさないよう、ティアリーゼは胸中で祈るしか出来ない。

「ユリウス」

 ティアリーゼの祈り虚しく、ミハエルがつかつかとユリウスの元へ歩みを進める。

「何だ?」
「そのかめ……おわっ!?」

 ミハエルは言い終わらぬうちに、雑巾掃除用に置いておいたバケツに躓き、すっ転ぶ。バケツの水を盛大にぶち撒け、床や自身を濡らしながらミハエルは、転倒する瞬間ユリウスの仮面を咄嗟に掴んでいた。

「いてて……!?」
「ビックリした……何なんだ一体、相変わらず間抜けだなミハエルは」

 涼やかな美声で揶揄するユリウスに視線を移せば、赤紫の瞳に滑らかな鼻梁──
 そこにはリドリスと瓜二つ、白皙の美しき王子の姿があった。

「ユリウス様……」
「ティア、こんな所で何をやっていたんだ?僕を差し置いて、他の者とばかり仲良くされると、拗ねてしまうぞ……なに?」
「あの、仮面が……」
「仮面?ああ、取れてしまったか」

 特に取り乱したり、慌てた様子もないユリウスを、一同は食い入るように見つめていた。
 そんなユリウスを眺めていたユーノが嘆息してから、呆れ気味に口を開く。

「お前、俺らを揶揄うのは一億歩くらい譲って良しとするけど、ティアリーゼのことまで遊び半分で騙すなよ」
「え」

 二人のやりとりを一瞥したティアリーゼは、振り返らず、そして一言も発することなく書庫から退室していってしまった。
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