妹に婚約者を奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

夜会終盤

「え……」

 マリータには知らされていないことだが、今リドリスに扮しているのは双子の兄のユリウスである。
 返答に窮していると、聞き慣れた穏やかな声がティアリーゼの名を呼んだ。

「ティアリーゼ嬢」
「ミハエル殿下……」

 声の方を向くと、ミハエルがティアリーゼに微笑み掛けていた。
 夜会用に正装したミハエルの外見は、完璧な王子様と言って過言ではなかった。
 シャンデリアの光に照らされた蜂蜜色の髪は光り輝き、エメラルドの瞳は真っ直ぐティアリーゼを写す。

「ティアリーゼ嬢、どうか私と踊って頂けませんか?」

 ミハエルがティアリーゼの手を取ると、周りの令嬢達から黄色い悲鳴が上がった。
 面を食らったが、マリータから離れる口実を貰い、ティアリーゼは僅かに逡巡した後「喜んで」と受け堪える。

 いつもは騒がしいミハエルだが、今夜は貴公子然として、纏う雰囲気も違って感じる。
 やはり彼は大国の王子様なのだと、改めて納得する一件となった。

「どうしてお姉様ばかりっ……!」

 ティアリーゼの背中に金切り声を上げるマリータに、周りの令嬢が口々に冷笑を零す。

「まぁ、はしたない」
「これだから庶子は」
「異母妹とはいえ、高貴なティアリーゼ様にあんな態度を取るだなんて……身の程を弁えない庶子だこと」

 嘲りの言葉が聞こえたのかマリータは顔を真っ赤にし、足早に会場から去って行った。
 だが既にその場から離れていたティアリーゼのあずかり知らぬことである。

 難しいテンポの曲にも関わらず、何食わぬ顔でステップを踏むミハエルのダンスも巧みだった。
 曲が終わり、ティアリーゼはミハエルに感謝を述べる。

「ありがとうございます、ミハエル殿下」
「いや、礼など無用だ。ティアリーゼ嬢と踊りたかったのは本心だからな」
「まぁ」
「全く、それにしてもユリウスのやつはティアリーゼ嬢を一人にして、一体何処へ行ったのだ」

 ダンスフロアから離れながら、二人で辺りを見渡していると、リドリスとして貴族達と談笑するユリウスを発見した。

「いらっしゃいましたわ」

 先程の貴族の他に、高貴な人々がユリウスと共にいる。
 社交をそつなくこなす姿は、ずっと王宮で暮らしていたかのように、違和感なくこの場に溶け込んでいた。
 しばしティアリーゼとミハエルが彼の談笑する姿を眺めていると、ふいにユリウスがこちらに気付き振り向く。



「こちらは僕の婚約者のティアリーゼ、そして友人であるソレイユのミハエル王子」

 ユリウスが二人を紹介したのは、ハイルランドという国の王子レジナルド。
 人当たりの良さそうなレジナルドは挨拶を終えると、ティアリーゼとミハエルも交えて話し始めた。

「先程リドリス殿下と狩の約束をしていたのですが、ミハエル殿下とティアリーゼ嬢もご一緒にいかがですか?」
「狩り、ですか」

 狩りに誘われるのは初めてで、その提案にティアリーゼは幾度か瞬いた。狩りはするのも疎か、動物を傷付ける場面すら見るのも憚られる。
 自分だって毎日のように動物の肉を食べるのにと、矛盾をティアリーゼ自身も自覚しているつもりだ。

「実は私の妹、アルレットもこの夜会に参加しているのですが、山が好きなのです。
 山に同行したがっているのですが、狩りには興味ないようでして。ティアリーゼ嬢がご一緒なら、ゆっくり山を散策出来ると思いまして」

「そういうことでしたら、お受け致します」
「本当ですか!妹も喜びます。リドリス殿下と踊っていらしたティアリーゼ嬢を見て、お近づきになりたいと零しておりましたから」


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 夜会も終盤となり、ティアリーゼとユリウスはテラスから夜の庭園を眺めていた。


「疲れた?」
「そうですね」

 気遣ってくれるユリウスに、ティアリーゼは頷く。

「そろそろ退席しようか。……そうだ、このまま庭園を歩いて戻ろう。部屋まで送るよ」

 テラスから出て、庭園を通って二人寄り添いながら歩き進む。

 賑やかな夜会を離れて踏み入れる、人気のない庭園は、月光と篝火に照らされて幻想的だった。

 歩き慣れた王宮の庭園も、ユリウスとだったら世界が違って見える。

(これからも繰り返される日々の中に、ユリウス様がいて下さるだけで……)

 その時、暗闇の向こうから人影が姿を現し、ティアリーゼの思考の意図を断ち切った。

 それが男性であることしか認識出来ずにいたが、ゆっくりとこちらを振り向き、月明かりにその顔が照らし出される。

 その人物を認識したユリウスが思わず呟いた。

「リドリス……」
「兄上」
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