妹に婚約者を奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ
思い
サイファーを連行した後、改めてリドリスが受けた呪いについての話し合いが行われた。
呪いについて、更なる解析が出来るようエルニア王族の血を受け継ぐユーノが、調査協力を要請してくれた。
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リドリスが瞼を開けると、天蓋の天井が視界に映る。続いて自身と瓜二つの顔をした青年が覗き込んできた。
「……兄上……」
現在ユリウスとティアリーゼは、王宮敷地内に存在する離宮へと足を運んでいた。
寝台で横になるリドリスの手を、ユリウスが握る。
僅かに肌けた胸元は痩せ、シャツの隙間から魔法陣が確認出来た。
ユリウスはもう片方の腕を伸ばすと、手のひらでリドリスの額に優しく触れる。リドリスは兄の手を拒まず、大人しく受け入れた。ほんのりと冷たい手が心地良く、つい微睡みそうになりながら、兄の紡ぐ詠唱を聴き入った。
「今はもう少し、ゆっくり休んでいるように」
「……はい」
リドリスは返事をしながら視線を動かし、ユリウスの背後にいるティアリーゼを見た。
口元が『おやすみなさい』と微かに動く。瞼を閉じ、目尻からは一雫の波が溢れ頬を伝って落ちた。
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リドリスの体に浮かび上がっていた紋様が消えたのを確認したユリウスとティアリーゼは、離宮を後にした。
これでリドリスの容体が快方に向かう筈だ。
本宮殿の部屋へと戻り、二人きりになるとティアリーゼは改めてユリウスへ尋ねた。
「わたしがまだクルステア家の屋敷にいた頃、この手紙を送って下さったのはユリウス様ですか?」
ティアリーゼが提示したのは『早くミルディンへおいで』としたためられた、宛名も明記されていない、実に簡素な手紙。
まだ屋敷で暮らしている頃、不思議な青鳥がティアリーゼの元へとこの手紙を届けにきた。
この手紙を受け取ったことが後押しとなり、ティアリーゼは屋敷を抜け出し、ミルディンへ向かった。
「確かに、これは僕がティアに送ったものだ」
「何故ユリウス様のお名前は、明記されていなかったのですか?」
「だって、名前を書いた上で拒否されたらショックすぎて、立ち直れないじゃないか」
「ユリウス様でも、立ち直れなくなることがあるんですね」
煽っているのではなく、ティアリーゼは妙に感心していた。
そわそわしながら「そりゃあるよ」と答えるユリウスが年相応に写り、失礼だと思いつつもティアリーゼには無性に可愛く見えてしまう。
(そもそも会ったことのない相手に拒否されただけで、立ち直れなくなるものかしら?
それ以前にユリウス様は何故、わたしに早く屋敷を出るよう促したの?)
「どうしてこの様な手紙を?」
「そのままの意味だけど……」
「わたしが実家で居場所がないことを、知っていらしたから?」
「子供の頃に教えて貰ったからね」
「子供の頃……昔の建国祭の頃?」
ユリウスはゆっくりと頷く。
「昔、丁度今の時期に、今回同様リドリスが体調を崩した際、代わりに式典へ出席したことがある。そのためリドリスと二週間ほど入れ替わり、王宮で過ごしていた」
ティアリーゼは一度だけ、リドリスに弱音を吐いたことを今でも鮮明に覚えていた。
それも建国祭の頃だ。
「やはりあの時、わたしとお話していたのはリドリス殿下ではなく、ユリウス様だったのですね」
「あれ、それも気付いていたのか」
「ユリウス様と接しているうちに、薄々……」
子供の頃、王宮へ妃教育を受けるために登城したティアリーゼは、リドリスと入れ替わったユリウスに会っていた。
(リドリス殿下には一度も打ち明けなかった家族間の悩みを、初めて会ったユリウス様に溢していたなんて……わたしは、あの時のユリウス様の言葉を支えにずっと生きてきた)
「謁見の間で言った通り、僕は忌子とされていることも、ミルディンでの暮らしも特に不満がなければ他に望むものもなかった。
でも唯一渇望してしまったのはティアだった」
はっと顔を上げ、直視してくるティアリーゼの双眸を、ユリウスは柔らかな眼差しで見つめた。
「でもティアは王太子妃になるために屋敷での生活に耐えながら、日々の妃教育に勤しんで努力をしていた。ティアの積み上げてきたものを、僕が取り上げてしまう権利なんてないと思ってる」
一瞬突き放されたように感じて、ティアリーゼの心にちくりと痛みが走る。
だがティアリーゼの意思を尊重してくれている証だと、真摯に彼の話を受け止めるため、自身の手にぎゅっと力を込めた。
「だからティアの人生は、ティア自身が選ぶべきだとも思っている。それを分かった上で、ティアのことが好きだと伝えたかった。
散々王家の都合でティアを振り回したのに、自分勝手でごめん」
「わたしも……っ」
ティアリーゼの思いも同じだ。
ランベール王は今後について、出来る限りユリウスとティアリーゼの希望を尊重すると言っていた。それが反故にならなければ、二人はこれからも共に生きていけるのだと期待を抱くと共に、完全に懸念が消えた訳ではない。
リドリスの容体が回復し、そして正気を取り戻す見込みが高い今──再びリドリスの婚約者の位置に、ティアリーゼを戻そうとする動きがあってもおかしくはない。
というのもマリータは現在、妃候補から完全に外されている。
サイファーの助言により、マリータがリドリスの婚約者候補として上がっていたのは事実。
リドリスを傀儡の王に、そしてマリータを王妃に据えることで、ゆくゆくはエルニア民族の血を引く後継者を産ませる目的だった。
それ故に、リドリスの代わりに継承権を得る可能性があるユリウスは邪魔だと判断され、サイファーから狙われた。
そしてもう一人の邪魔な人物がティアリーゼ。
サイファーの誤算はマリータが勉強嫌いで、妃として必要な教養が全く身に付かなかったことだろう。
お陰でマリータが正式に婚約が認められることはなかった。
ティアリーゼをリドリスの婚約者に戻そうとする声が、いつ上がってもおかしくはない状況だった。
「わたしもユリウス様が好きです。叶うのであれば、生涯ユリウス様と共に生きていきたい……っ!」
国や親に決められたからではなく、ティアリーゼの心はユリウスと生きること以外考えられなかった。
呪いについて、更なる解析が出来るようエルニア王族の血を受け継ぐユーノが、調査協力を要請してくれた。
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リドリスが瞼を開けると、天蓋の天井が視界に映る。続いて自身と瓜二つの顔をした青年が覗き込んできた。
「……兄上……」
現在ユリウスとティアリーゼは、王宮敷地内に存在する離宮へと足を運んでいた。
寝台で横になるリドリスの手を、ユリウスが握る。
僅かに肌けた胸元は痩せ、シャツの隙間から魔法陣が確認出来た。
ユリウスはもう片方の腕を伸ばすと、手のひらでリドリスの額に優しく触れる。リドリスは兄の手を拒まず、大人しく受け入れた。ほんのりと冷たい手が心地良く、つい微睡みそうになりながら、兄の紡ぐ詠唱を聴き入った。
「今はもう少し、ゆっくり休んでいるように」
「……はい」
リドリスは返事をしながら視線を動かし、ユリウスの背後にいるティアリーゼを見た。
口元が『おやすみなさい』と微かに動く。瞼を閉じ、目尻からは一雫の波が溢れ頬を伝って落ちた。
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リドリスの体に浮かび上がっていた紋様が消えたのを確認したユリウスとティアリーゼは、離宮を後にした。
これでリドリスの容体が快方に向かう筈だ。
本宮殿の部屋へと戻り、二人きりになるとティアリーゼは改めてユリウスへ尋ねた。
「わたしがまだクルステア家の屋敷にいた頃、この手紙を送って下さったのはユリウス様ですか?」
ティアリーゼが提示したのは『早くミルディンへおいで』としたためられた、宛名も明記されていない、実に簡素な手紙。
まだ屋敷で暮らしている頃、不思議な青鳥がティアリーゼの元へとこの手紙を届けにきた。
この手紙を受け取ったことが後押しとなり、ティアリーゼは屋敷を抜け出し、ミルディンへ向かった。
「確かに、これは僕がティアに送ったものだ」
「何故ユリウス様のお名前は、明記されていなかったのですか?」
「だって、名前を書いた上で拒否されたらショックすぎて、立ち直れないじゃないか」
「ユリウス様でも、立ち直れなくなることがあるんですね」
煽っているのではなく、ティアリーゼは妙に感心していた。
そわそわしながら「そりゃあるよ」と答えるユリウスが年相応に写り、失礼だと思いつつもティアリーゼには無性に可愛く見えてしまう。
(そもそも会ったことのない相手に拒否されただけで、立ち直れなくなるものかしら?
それ以前にユリウス様は何故、わたしに早く屋敷を出るよう促したの?)
「どうしてこの様な手紙を?」
「そのままの意味だけど……」
「わたしが実家で居場所がないことを、知っていらしたから?」
「子供の頃に教えて貰ったからね」
「子供の頃……昔の建国祭の頃?」
ユリウスはゆっくりと頷く。
「昔、丁度今の時期に、今回同様リドリスが体調を崩した際、代わりに式典へ出席したことがある。そのためリドリスと二週間ほど入れ替わり、王宮で過ごしていた」
ティアリーゼは一度だけ、リドリスに弱音を吐いたことを今でも鮮明に覚えていた。
それも建国祭の頃だ。
「やはりあの時、わたしとお話していたのはリドリス殿下ではなく、ユリウス様だったのですね」
「あれ、それも気付いていたのか」
「ユリウス様と接しているうちに、薄々……」
子供の頃、王宮へ妃教育を受けるために登城したティアリーゼは、リドリスと入れ替わったユリウスに会っていた。
(リドリス殿下には一度も打ち明けなかった家族間の悩みを、初めて会ったユリウス様に溢していたなんて……わたしは、あの時のユリウス様の言葉を支えにずっと生きてきた)
「謁見の間で言った通り、僕は忌子とされていることも、ミルディンでの暮らしも特に不満がなければ他に望むものもなかった。
でも唯一渇望してしまったのはティアだった」
はっと顔を上げ、直視してくるティアリーゼの双眸を、ユリウスは柔らかな眼差しで見つめた。
「でもティアは王太子妃になるために屋敷での生活に耐えながら、日々の妃教育に勤しんで努力をしていた。ティアの積み上げてきたものを、僕が取り上げてしまう権利なんてないと思ってる」
一瞬突き放されたように感じて、ティアリーゼの心にちくりと痛みが走る。
だがティアリーゼの意思を尊重してくれている証だと、真摯に彼の話を受け止めるため、自身の手にぎゅっと力を込めた。
「だからティアの人生は、ティア自身が選ぶべきだとも思っている。それを分かった上で、ティアのことが好きだと伝えたかった。
散々王家の都合でティアを振り回したのに、自分勝手でごめん」
「わたしも……っ」
ティアリーゼの思いも同じだ。
ランベール王は今後について、出来る限りユリウスとティアリーゼの希望を尊重すると言っていた。それが反故にならなければ、二人はこれからも共に生きていけるのだと期待を抱くと共に、完全に懸念が消えた訳ではない。
リドリスの容体が回復し、そして正気を取り戻す見込みが高い今──再びリドリスの婚約者の位置に、ティアリーゼを戻そうとする動きがあってもおかしくはない。
というのもマリータは現在、妃候補から完全に外されている。
サイファーの助言により、マリータがリドリスの婚約者候補として上がっていたのは事実。
リドリスを傀儡の王に、そしてマリータを王妃に据えることで、ゆくゆくはエルニア民族の血を引く後継者を産ませる目的だった。
それ故に、リドリスの代わりに継承権を得る可能性があるユリウスは邪魔だと判断され、サイファーから狙われた。
そしてもう一人の邪魔な人物がティアリーゼ。
サイファーの誤算はマリータが勉強嫌いで、妃として必要な教養が全く身に付かなかったことだろう。
お陰でマリータが正式に婚約が認められることはなかった。
ティアリーゼをリドリスの婚約者に戻そうとする声が、いつ上がってもおかしくはない状況だった。
「わたしもユリウス様が好きです。叶うのであれば、生涯ユリウス様と共に生きていきたい……っ!」
国や親に決められたからではなく、ティアリーゼの心はユリウスと生きること以外考えられなかった。