悪役令嬢は王子との秘密の双子を育てています 〜見つかったので処刑されるかと思いましたが、なぜか溺愛されました〜
(エレオノーラ・・・)
メリアンは、すぐにその人物を特定することができた。誰からも愛される華やかな笑顔は、彼女の特徴的なものだ。
メリアンはエレオノーラのことをここ六年、そして王宮にきてからもずっと考えないようにしていた。・・・が、常に、頭の片隅にはいた。
前世でしていたゲームのヒロインであるエレオノーラ。ゲームのシナリオでは、メリアンが国外追放された後、エレオノーラはフェルディナンド王子と結婚している。けれど、メリアンが再び王宮に来てから今まで、王宮の中でエレオノーラに出会ったり、エレオノーラの話題を聞いたりすることは無かった。
だから、もしかしてメリアンがシナリオ通りに国外追放されることはなく、自ら消えてしまったことで、元々のシナリオ通りははいかなかったのか、とも考えたが、やはりそんなことはありえなかった。この部屋は、エレオノーラのこの王宮での立ち位置を思い知らされるような部屋だ。それにエレオノーラが好んでつけていたラベンダーの香りがこの部屋には充満しており、彼女がいなくても、彼女の存在を感じた。
メリアンはグワッと握り潰されているように胸が痛んだ。一秒でも早くこの部屋から出ていきたい。そう思い、扉の方へと駆けようとした・・・ちょうどその時、フェルディナンド王子が慌てたように部屋に入ってきた。息苦しい思いをしていたメリアンの呼吸は、その登場に、止まるかのようだった。
「開いているはずのない扉が開いていたから不思議になって来てみたが・・・こんなところで何をしている。」
思わず身をすくめるメリアン。
「で、殿下・・・申し訳ございません。かくれんぼをしていた子供たちが見当たらず、探していたら、この部屋の扉が開いていたものですから・・・もしかしたらと思い・・・。」
メリアンは小さな声で謝罪した。
「そうか。・・・でも、気をつけてほしい。ここはエレオノーラの部屋だからな。」
王子がエレオノーラの名前を口にすると、メリアンの胸は更に締め付けられた。過去の出来事や感情が嫌なほど蘇ってくる。
「殿下、あの・・・エレオノーラの姿が見えないのですが・・・」
「・・・彼女は、療養中だ。」
「体の調子が悪いのですか?」
「まぁ、そのようなところだ。あと、エレオノーラの呼び方には気をつけろ。お前は知らないだろうが、お前が去ったあと彼女は王子妃になったのだ。」
「・・・申し訳ございません。」
「いや、エレオノーラのことを気にするな。お前は、ただ子供たちの世話に専念すればよい。」
王子の言葉は本来はありがたいはずなのに、刃物のようにメリアンの心臓を鋭い痛みで刺す。ここまで自分たちを連れて来て住まわせ、ここ最近はほとんど家族のように過ごせていたから、勘違いしてしまいそうになっていた。
(私は元々王子から嫌われているし・・・王子はきっと、子供の母親だからと私にも最近は少しだけ優しさを見せてくれているんだ)
何て身の程知らずだろう、とメリアンは自分が恥ずかしくなった。
王子のヒロインは、今も昔もエレオノーラだけなのだ。
何も言えずにいるメリアンに、王子は思い出したように「そうだ。子供たちを探していると言ったな。私も手伝おう。」と告げた。
「いいえ、お忙しい殿下に、そんなお手間はかけられません。」
本音だったが、それ以上に今は、王子と一緒にいたくなかった。王子と別れたメリアンは、王宮の中を子供たちを探しながら歩き回っていた。
(あのまま一緒にいたら、また泣いてしまいそうだったわ)
王子が好きだ。きっと以前よりももっと。
好きだからこそ、心配はかけたくないし、これ以上の迷惑はもうかけたくない。もう王子とエレオノーラの邪魔だってしたくない・・・それくらいは自分は大人になったつもりだ。でも・・・
「あ、おかあさん!」
メリアンが二人を探していたはずなのに、なぜか子供たちから見つけられた。
「二人とも・・・ほんと・・・もぉ・・・どこへ行っていたの?」
「えへへ、ひみつー。」
「おかあさん、どうしたの?」
二人の顔を見ると、堪えていた涙がポロポロと止めどなく溢れてきたのだ。そんなメリアンに二人は心配げな顔を向ける。
「だいじょうぶ?」
「ごめん・・・大丈夫よ。」
子供たちは、メリアンを心配そうに見つめて、彼女を優しく抱きしめた。
「おかあさん、だいすきだよ。」
「ぼくも、だいすき!」
「ええ、私も二人を愛しているわ。」
メリアンは、子供たちの柔らかな銀色の髪を優しく撫でる。
これ以上の幸せなんて、ないと思っていた。二人だけいてくれれば、それでいいと・・・、そう思っていたのに・・・。