悪役令嬢は王子との秘密の双子を育てています 〜見つかったので処刑されるかと思いましたが、なぜか溺愛されました〜

「メリアン様。」

 それはとても明るくやわらかい声だった。
 男ならすぐに振り向いてしまうような可愛げのある天使のような声。その持ち主は、メリアンの知る人々の中でたった一人しかいなかった。
 振り向くと、会いたくなかったが、いずれ会うであろうと思っていたエレオノーラがいた。
 以前はメイドとして邪魔にならないように束ねていた金色の髪を、今は優雅におろし、でも昔と変わらない眩しいくらいの笑顔でゆっくりとメリアンの傍に駆け寄ってきた。茶色いメイド服ではなく、ふわっと広がる緑色のドレスは、彼女の印象的な目の色と同じ。きっと彼女のためだけに作られたものだろう。

「お戻りになられたのですね、メリアン様。」

 メリアンは気まずそうに下を向きながら「・・・ええ」と答えた。

「心配しておりました。」

 エレオノーラは自分に対し、嫌なことばかりしてきたであろうメリアンがいなくなってせいせいしたはずなのに、本気で心配していたような顔をしている。相変わらずのエレオノーラの圧倒的な優しさに、メリアンは更に戸惑いを感じた。

「エレオノーラ様も、お体の調子が悪いとお聞きしました・・・」
「メリアン様、そのような呼び方でなくとも。」
「いえ・・・あなた様は・・・王子妃なのですから。」
「もう五年が経ちますが、その呼ばれ方はいまだに慣れなくて。」

 エレオノーラは顔を赤らめた。分かっていたことだったが、実際エレオノーラの口から聞くと、また違う悔しさがあった。
 エレオノーラはその後、「あと、今、実は」と言いながら、腹を摩った。

「悪阻もつらかったもので、ルーシア地方にある離宮で療養させていただいたのです。そのためご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。」

 エレオノーラは庶民の生まれだが、王族に嫁いだことで、今の地位はエレオノーラの方が上だ。それなのにエレオノーラは変わらず物腰が柔らかい。フェルディナンド王子が好きになるのも分かる。だから、当時のメリアンも、フェルディナンド王子の気持ちを変えることではなく、エレオノーラに嫌がらせすることしか出来なかったのだ。

 その時後ろから「おかあさん」という声と、こちらに駆け寄ってくる二人の足音がした。モーリスに連れられ散歩に来ていたようだ。

「あら、可愛い双子ちゃんですね。お聞きしていた通り!銀色のお髪に、青いおめめ、フェルディナンド様そっくりですわ!私の子も、こんな綺麗な髪になるでしょうか。」

 エレオノーラの余裕のある態度は、王子妃という絶対的有利な立場にいるからだろうか。
 それとも単なる心の広さなのだろうか。
 生まれながらにヒロインのエレオノーラの完璧なほどの性格の良さにメリアンは自分の心の狭さを憎んでしまう。

 子供たちは、美しいエレオノーラに見惚れていた。

(エレオノーラったら、子供たちまでもを虜にしてしまうのね…それともそんなところまでもフェルディナンド様の遺伝が…)

 メリアンが落ち込んでいると、遠くから、馬が駆ける音がした。
 音が大きくなると、フェルディナンド王子がエリオットや他の騎士らと共に、外から馬に乗って、こちらに向かって来ているのが分かった。フェルディナンド王子は体を鈍らせないようにと、頻繁に騎士団と朝稽古をしていると聞いていたので、その帰りだろうか。
 フェルディナンド王子は、近くまで来ると、馬を降り、こちらに駆け寄った。
 そしてまずはエレオノーラに声をかけた。

「エレオノーラ、帰っていたのか。」

 嬉しそうなフェルディナンド王子の声に、エレオノーラは優雅な笑みを浮かべた。

「はい、先ほど戻ってまいりました。」
「もう大丈夫なのか。」
「ええ、この通り。」

 エレオノーラは自分の体調の良さを伝えるように、一回転してみせたが、最後に小さな石ころに、躓きそうになり、それをさっと王子は支えた。

「ありがとうございます、殿下。」

 二人が目を合わせているのを見ているだけで、メリアンは胸が苦しくなった。二人の仲は相変わらずで、自分がこの場にいることが、いかに場違いであるかを感じた。
 フェルディナンド王子との仲を以前よりも深められたからといって、やはり自分は二人のような仲にはまだなれないし…この先ずっとなれないだろう。
(だって…フェルディナンド様の心は…いつだってエレオノーラにある)
 メリアンは居ても立っても居られず、その場から逃げるようにドレスのスカートを持ちながら駆け出した。

「おい、メリアン、どこへ行く。」

 メリアンを引き留めるフェルディナンド王子の声すら耳に入らない。
 王子は一緒にいたエリオットや騎士団にエレオノーラのことを頼むと、急いでメリアンの後を追って走り出した。

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