いつどこで誰が何をした
教室に向かう途中の階段。
成川の背中を追うようにトボトボと歩く。
並んで歩くほど会話は続かなさそうだったので、先に行く成川に無言で着いていく。
と、上からパタパタと誰かの足音が聞こえた。
今この学校には僕たちしかいない。
どういうわけか警察も教師も大人がいない。
クラスの誰かか、な…
うえ。
「あー!今嫌な顔したよね!」
「…花里」
僕を見つけた花里の顔がぱあっと明るくなり、成川を素通りして寄ってくる。
こいつだった。
「おはようひかるくん!早く会えて嬉しいよ」
こっちはテンション下がるよ。
「僕昨日なかなか眠れなかったんだよね」
聞いてないよそんなこと。
「なんでかって?」
だから聞いてねぇよ。
「昨日のひかるくんがカッコ良すぎて…興奮しちゃってさ」
きもいな。
「ひかるくんの香りが忘れられなくて」
きもいな。
「そろそろ来る頃かと思って迎えに行こうと思ったんだ」
勘弁して欲しい。
「そしたらひかるくんの方から来てくれたぁ」
頼む誰かこいつをなんとかしてくれ。
「これって運命だよね」
花里が目をキラキラさせて言う。
「頭湧いてんの?」
盛大なため息をついてジトっと睨む。
「そりゃそうだよー恋をすると人間は普通ではいられないんだから!」
「普通?」
「まあこんな状況じゃ恋に限った話じゃないけど」
つーかお前は僕に恋してんの?切実にやめていただきたい。
「こんな環境で普通でいられる人なんていないよ。僕も今までだったら我慢できたけどいつ死ぬかわからないからさ。もうひかるくんへの溢れんばかりのこの想いを隠すのはやめようと思って」
墓場まで持って行って欲しかったよ僕は。
「欲望には忠実じゃないと!もう2度と普通の生活に戻れないかもしれないし」
ふつうね。
「…僕普通って言葉嫌いなんだ」
「え?」
誰が決めたでもないガイドライン。
普通の生活。
それに反するらしい今の僕らの生活。
気味悪がって大人は誰も助けてくれない。
普通でないことは、いけないことらしい。
「普通って何」
「え?」
「誰かと同じであることが普通?一番数が多いこと同意見が多いこと、それが普通なわけ?」
じゃあ少数意見と言われるものは?
1人だけみんなと違う意見を持っていたら
それは異常なの?
『誰かと同じではなく自分の意見を持つことが大切です』
『みんなと違う意見を持つことは普通のことです』
そう言ったのは大人なのに。
多くの人と違うことを異常だと言うのに
人と違う考えを持つことは普通だと言うのか。
「朝起きて夜寝ることが普通。男は女と恋をするのが普通。可愛いは愛され不細工は嫌われることが普通」
「ひかるくん?」
「人が殺されるのは普通?
変なメッセージが来て、クラスメイトがバンバン死んでいくのは普通?それとも異常?」
普通、普通普通普通普通…
普通って何。
「…僕は普通って言葉嫌いだな。曖昧だよそんな概念。そんなのがあるから不幸を主張する人間が出てくるんだ。今の状況だって必ずしも異常とは言えないだろ?世界のどこかでは他者の手によって明日が約束されない生活は普通なのかもしれない。
僕らは平和で退屈な、何不自由ない生活を普通だと思える恵まれた環境に生まれたんだ。じゃあそうじゃない人は?」
そうじゃない人にとっての『普通』は?
「…平和は当たり前じゃない。普通のことじゃないんだよ」
「……」