いつどこで誰が何をした


美術室につながる一階の渡り廊下を並んで歩く。

「あ、あの」
不意に口を開かれて少し身構えてしまう。
「ん?」
「お名前伺ってもよろしいでしょうか?」
あ、自己紹介してなかった?
それは失礼した。

「ごめん、自己紹介忘れてた。僕は新田ひかる。よろしく久遠さん」
「私こそお伺いするのが遅くなってしまいました。にった、ひかるさん…久遠愛菜です。よろしくお願いします!」
久遠さんは激しく頭を下げる。
どっかにぶつけそうで怖いな。



「あの、今朝はありがとうございました」
今朝?
「なんかしたっけ?」
「私がこ、転けた時に心配してくださって」
ああ飛んだ時か。

「ああーいや、むしろ笑ってごめんって感じだけど」
「いえいえ!とんでもありません!私、自分で言うのも変ですけど家柄からして…特別な扱いを受けることが多かったので…あのように分け隔てなく接していただけるととても安心します」

へぇそういう悩みがあるのかー
「お嬢様も大変だね」


「すごいのは私ではなく父ですよ」
ほぉ
「お父さん?」
「ええ。私はたまたまこんな家庭に生まれただけです」

まあそうか。
生まれる家なんて選べないもんね。

「そういうもんかー」
「私は、ただ…普通の学校で普通のクラスメイトの一員として普通の生活がしたいんです」


普通かぁ
普通ねぇ


「それは、久遠さんが社長令嬢だから普通じゃないってこと?」
「…ま、まあ、そう捉えられる方もいらっしゃいますよね」
「でもそれが普通かどうかなんてわからないよ」
「え?」


なんていうのかな…
上手く言えないけど。

「僕は自分では自分のことを、そこそこな?ごく普通の人間だって思ってるけど…君からしたら僕の日常は君の日常とは違う」
「…はい?」

「僕は両親がいないから家のことは全部自分でやるし、毎日一人で生活してる。
僕にとってそれは普通のことだけど、これは家族がいる人間からしたら普通じゃない。
それで逆に僕からしたら、家族がいる生活は普通じゃない」
「…なるほど」


「多数派のことを普通っていうんなら別だけど…普通っていわゆる固定概念の押し付けでしょう?」
「…はあ」

明確な普通の例なんてないし、人によってそれは変わるよ。
僕は『普通』って言葉、よく分からないな。
しょっちゅう使うけどね。


「まあ、だからなんだ。普通かどうかなんて気にしなくていいんだよ。十人十色っていうし。…ね?」
「…はい!ありがとうございます!」
久遠さんはちょっとぽかんとしてたけど僕を見て笑った。

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