初めての恋はあなたとしたい
そんなことをぼうっと考えていると後ろに人の立つ気配がした。
向かいに座る曽根さんも私の頭の上を見ており、私は振り返って確認をした。

「美花は俺に相談するって言ってただろ?」

みんな何も言えずに固まってしまった。
なぜ今ここに彼がいるの?
ハッとした牧野さんが席を立ち、頭を下げた。

「副社長、お疲れ様です」

その声に慌てて向かいにいた曽根さんも立ち上がり、頭を下げた。
私はたっくんの手が肩に乗っていて立つことができずにいた。

「お疲れ様です。食事中にすみません。どうぞ続けてください」

私の知る彼の声とは違い、なんだかピリッとするような印象で驚き、彼の目から離せなくなってしまった。

「美花、今日終わる頃迎えにくるから」

それだけ言い残すと、彼は笑みを浮かべ、食堂を颯爽と出て行ってしまった。

「美花ちゃん、副社長と知り合いなの?」

牧野さんに言われ、頷くしかなかった。
あの姿を見て、初対面ですとは言えない。

「兄の友達なんです」

「そっか。だから仲が良さそうなんだね。でも、ちょっと威嚇された気もしないでもないような」

最後の言葉は小さくなり、私の耳にはもう聞こえなかった。
それよりも私の胸は心臓が飛び出しそうなほどにドキドキしていた。
美花……。
そんなふうに呼ばれたのは初めて。
いつも「美花ちゃん」と呼ばれていた彼から呼び捨てされ、周りにも特別だと感じさせるような言い方だった。
どうしよう。
食べていたうどんが喉を通らない。
周りの人にも聞こえるような声で、今日仕事終わりに迎えにくると言っていた。
何日も前から今日のことは考えていたが、どうするのか分からなかったので帰国したら連絡が来るのかな、と漠然と思っていた。
けれど、まさか職場に来るとは思ってもみなかった。
仕事に戻ろうとするが、周りからの視線が突き刺さってきて驚いた。たっくんが食堂に来たのに気がついた人が多かったのだろう。彼の動向を見て、聞き耳を立てていたのだろう。
私は俯くように早足で食堂を出て、職場へ戻るがそこでも私を見ながらコソコソと話す様子が見られた。きっと食堂で見ていた人が噂話をしているのだろう。普段居心地の良い職場だが、今は背中から感じる視線が重苦しい。

「おい、副社長と知り合いなんだって?」

茶化すように夏木くんが大きな声で私に尋ねて来た。その声に周りのざわつきが収まり、耳をそば立てているようだ。

「あぁ、うん。兄の友達なの」

「お兄さんの? そうなのかー。羨ましいなぁ」

「でもこの会社に入ったのは縁故じゃないの。私が入りたくて頑張って入ったの」

「だから言いにくかったのか?」

私は大きく頷いた。縁故でなくてちゃんと入ったと理解して欲しかった。
もちろんこの会社に入った理由はたっくんがいるからだけど、入るための努力だってして来たのだから。
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