初めての恋はあなたとしたい
いつもの時間と同じように、むしろ少し早めの時間に目が覚めた。
キッチンに降りていくとすでにお兄ちゃんが起きていてコーヒーを飲んでいた。

「美花も飲む?」

「うん」

お兄ちゃんは珍しく私にコーヒーを入れてくれる。休日のはずなのにこの時間に起きているのにも驚く。出かける予定もないのかボサッとした髪型にメガネだ。

「お前今日出かけるの?」

ギクっとした。
なんだかお兄ちゃんに拓巳くんの話をするのは恥ずかしい。いつかは言わないといけないが、今はまだなんて言ったらいいのかわからない。

「……うん」

「そうか」

いつものお兄ちゃんらしからぬ歯切れが悪い。
ふたりでダイニングテーブルに向かい合うが、お互い目線はテレビを向いていた。
コーヒーを飲み終わるとお兄ちゃんは席を立ち、「気をつけて行ってこいよ。遅くなるなよ」とだけ言うと2階に上がって行ってしまった。
身支度を整え、約束の10分前に玄関の外に出るとすでに拓巳くんが到着しており驚いた。

「おはよう」

「おはよう。ごめんね、遅くなっちゃった」

「いや、俺が楽しみで早く着きすぎたんだ」

ストレートな言葉にすでにドキドキし始めている。朝からこんなで一日持つのか不安になる。
助手席に促され、シートベルトをかけると静かに発進した。
高速は渋滞もなく、スムーズに軽井沢まで到着した。
車の中でずっとドキドキしていたが、思いの外会話が弾みいつもの拓巳くんと私でいられた。
関係が変わったと言っても根本は何も変わらないんだと思った。
ただ、車から降りた途端彼に手を繋がれた。美術館の中を回る間もずっと繋いだまま。
楽しみたいはずなのに繋がれた手を意識してばかりで集中できない。

「美花、これ似合いそう」

帰り際に立ち寄ったショップにあるガラス細工。ペンダントトップが小さなガラスのティアドロップになっており、ミルキーホワイトにラベンダーが混ざり合ったような優しい色合い。隣についた小さなハートのチャームも可愛らしい。私も一目で気に入ってしまう。

「可愛い」

拓巳くんは頷くと店員さんを呼び、ショーケースから出してもらっている。
鏡の前で試着させてもらうと角度によって光の反射を受け、大ぶりではないのに存在感があった。

「似合うよ。今日の服とも合ってる」

「本当?」

「ああ。とても良いと思う。今日の記念にプレゼントしていい?」

そう言うと、店員さんにこのままつけていきたいと伝え、カードでお会計を済ませてしまう。

「拓巳くん、ありがとう」

「気に入ったものがプレゼントできて良かったよ」

笑って話すその顔に見惚れてしまうとお会計が終わった店員さんが空のジュエリーケースを紙袋に入れ戻ってきた。

「とても素敵な彼氏さんですね」

そう言われ、ハッとした。
初めて拓巳くんを彼氏だと言われた。何となく自分には釣り合わない人だと思ってきたのに何故か認められたような気持ちになった。

「ありがとうございます」

お礼を伝えると「楽しんできてくださいね」と笑顔で返された。
きっと私のお礼は彼を褒められたことに対してだと思っただろうが、私にとっては隣に並んでいても良いと言われたようで嬉しかったお礼なのに。
なんだか拓巳くんに対して気後れしてたものが少しだけ軽くなった思いだった。

「楽しかったね」

そう言うとお会計で離れていた手を私から繋いだ。拓巳くんは笑ってぎゅっと握り直してくれた。
その後、予約しておいてくれたフレンチのレストランに移動し、高原野菜や熟成肉を頂き楽しい時間を過ごした。
ショッピングモールを回る間もずっと手を繋ぎ、彼と目が合うだけで喉の奥がキュンとしてしまう。こんな幸せな時間があっていいのかと思うくらい幸せだ。幸せすぎて怖い。でもこんな楽しい時間はあっという間に終わってしまう。
< 50 / 56 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop