婚約者を幼馴染にとられた公爵令嬢は、国王陛下に溺愛されました
5.王宮暮らしですが
パーティーの翌日、王宮から使者が家にやってきて正式に妃として迎え入れたいと申し入れがあった。
「セシリアを王妃に!?」
セシリアの両親は驚きで目を白黒させていた。
(それもそうよね。私もいまだに信じられないもの)
両親だって、セシリアが早々に新しく婚約をして結婚をすれば、婚約者を寝取られた噂も立ち消えると思っていただろう。
まさか、国王陛下に見初められて結婚をすることになろうとはつゆほど思わなかったはずだ。
「マーサは嬉しゅうございます。ガルなどという浮気者より、陛下の方がずっとずっと素敵な男性ですよ」
「ありがとう、マーサ」
話を聞いたマーサは嬉し涙を流していた。
(まぁ、確かにガルより素敵よね)
アレンを思い出すと胸がキュンと苦しくなる。こんな気持ち、久しぶりだった。
それからは、目まぐるしい日々だった。
セシリアが正式に国王と婚約を果たすと、街中からお祝いが届けられた。
公爵家でも警備は万全だが、毎日のように対応に追われ、ついに留学中の兄も戻ってきて手伝うことになった。
次期王妃ということで、今までのような気軽な外出はままならず、若干窮屈に思いながらもセシリアはワクワクした日々を過ごしていた。
王妃になることが、ではない。
アレンとのこれからの日々に胸が躍るのである。
そうして、セシリアの王宮入りの日があっという間にやってきた。
万歳して喜びながら見送る両親、兄、マーサ始め使用人に手を振って迎えの馬車で王宮へ向かう。
物々しい万全の警備での迎えなので、街の人も今日が王宮入りだとわかったようだ。
街の人々は道を開け、礼をし、みんな笑顔で手を振って見送ってくれた。
自分がこんな待遇を受けるなんてと若干戸惑いながらも、その笑顔を笑顔で受け止める。
(生まれ育った街……。あぁ、でももうこの街に来ることもあまりなくなるのね……)
数々の思い出を振り返り、感慨深くなったセシリアは少しだけ涙が出た。
城下町を抜け、あっという間に王宮の正門を抜ける。
広い庭を抜けると、馬車が止まり扉が開いた。陛下侍従のフォーゼンが馬車の中にいるセシリアに微笑む。
「セシリア様。どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます」
戸惑いつつ、ゆっくりと降りると足元には赤い絨毯が敷かれ両脇には兵士。そして、その先にはーー……。
「ようこそ、セシリア」
「陛下……」
アレンが微笑みながら立っていた。
――――
「ここが俺たちの部屋だ」
広い城内を複雑に奥まで歩き、階段を上って着いたのはセシリアとアレンの部屋だった。
大きな重厚な扉を開けると、豪勢な広い部屋にソファー、テーブルが置いてある。本棚もあり、いろんな種類の本がそろえてあった。
(さすが、とても広いわ。ちょっとした家の中ね)
ふと部屋の奥の扉の先を見ると、大きなベッドが置かれていた。それを見て、セシリアは思わず顔を赤くする。
(そ、そうよね。夫婦になるんだもの、もちろん寝室は一緒よね。というきとは、つまり、その……)
セシリアの戸惑いを感じたのだろう。アレンはフッと微笑み、セシリアの頬を愛おしそうに撫でた。
「可愛い反応をしないでくれ。今すぐに君を食べたくなる」
「ア、アレン陛下っ……」
「冗談だ。結婚式が終わるまでは手を出すなとキツク言われているからな。それまで、俺は別の部屋で寝ることになっている」
(あ……、そうだったのね)
そう笑うアレンに少しホッとする。
いきなり今夜からと言われても、心の準備ができていない。だから、少しだけ安心してしまった。
(でも、結婚式が終わったら……、初夜があるのね)
それを思うだけで、ドキドキしてどうにかなりそうだ。
アレンは休憩を入れながら、城内を案内してくれた。食堂に、大広間、執務室、図書室、医務室、薬剤室、客室……。別館には騎士団の訓練室や寮まで敷地内にある。
(広すぎる! 城内を周るだけで一苦労だわ。さすが王宮ね)
あまりの広さに目が回りそうだった。
(こんなに覚えきれるかしら……。迷子になりそう)
王宮は想像以上に広い。
部屋数も多いし、いたるところが広いので一日かけても回りきらないだろう。警備も手厚く、騎士や使用人など働く人も多くて、歩くたびに常に挨拶をされる。
ちょっとした村くらいの規模はあるのではないかと思うほどだった。
「疲れたか? テラスで少し休もうか」
「はい」
庭が見えるテラスの椅子に座ると、どこからともなく使用人が来て紅茶とお菓子を置いて行った。
「広すぎて迷子になりそうです」
セシリアが呟くと、アレンはアハハと笑いながら頷いてくれた。
「まぁ、そのうち覚えるよ。これから先は長いんだ」
「そうですわね」
先が長いと言われて、セシリアの心はくすぐったい気持ちになった。
(ずっと、この方と生きていくのね)
セシリアは純粋に嬉しかった。
アレンとの他愛ない話、時折見える気づかいや優しさ、温かさ……。アレンを知れば知るほど、胸がドキドキしていくのが分かる。
すると、侍従の一人が慌てたように駆け寄ってきた。
「アレン陛下。国交大臣が至急お話がしたいと……」
「わかった」
アレンは表情を険しくして席を立つ。
「セシリア、すまない。後のことは君の侍女オリアに任せてあるから」
「わかりました」
アレンが立ち去ると、髪の短い可愛らしい顔の小柄な女性が現れた。
「初めまして、セシリア様。オリアと申します。用ごとはすべて私にお申しつけくださいませ」
「オリア、よろしくお願いします。あの、部屋へ戻りたいのですが案内してくださいますか?」
「はい、もちろん」
オリアはにっこりと微笑む。年の頃は、セシリアより少し年上の感じだ。話しているとセシリアと気が合うようで、部屋に戻る間にはすっかり仲良くなっていた。
「結婚式までにドレス、アクセサリーなどの支度はもちろんですが、それ以外にも作法やマナー、しきたりなど覚えていただくことが山積みです」
「忙しくなりそうね」
「でもまぁ、公爵家のご令嬢ですし、作法やマナーに関してはあまり問題ないかと。あとは王族や国に関する歴史のお勉強もありましたね。他にも条約や条例、法律や情勢も」
(そんなに! 覚えきれるかしら……)
やらなくてはいけないことがたくさんで、ついて行けるのか不安になる。自分なんかで大丈夫なのだろうか、と。そんなセシリアの不安を感じ取ったのであろう。オリアが声を落として言った。
「……他国の王妃様の中には、国のことなど学ばずに王宮でお好きに過ごされている方もいらっしゃいますよ」
オリアはどこか探るような目線でセシリアを見た。
(好き放題出来るということ? なにも学ばずに? 国の事に無関心で?)
自分もそんな道が選択できるのか。楽したければ悪くない生活だ。しかしセシリアは小さく首を振る。そんな自分が想像出来なかった。
「そんなお飾りな王妃など必要ないでしょう。国民のために働くのが務めだと思っています」
セシリアの言葉にオリアは満面の笑みで嬉しそうに頷いた。
王族になるなら、常に国民のためを思って行動していきたい。それが自分の存在意義なきがしたのである。
そこから、セシリアの猛勉強が始まったのだ。