婚約者を幼馴染にとられた公爵令嬢は、国王陛下に溺愛されました
6.甘いキス
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「なにを読んでいるんだ?」
ある日。
セシリアが王宮の図書室で本を読んでいると、ふいに後ろから声をかけられた。驚いて振り返ると、アレンが微笑みながら立っている。
「陛下」
アレンの姿に思わず頬が赤らみ、笑みがこぼれる。
朝食時は一緒になるよう合わせるが、日中はそれぞれやることが多くてなかなか会うタイミングがなかった。
だからセシリアは純粋に嬉しくなってしまう。
「一人か? オリアは?」
「こちらにおります」
図書室の二階でオリアがピシッと手を挙げた。
「今、二階の本で良いのがないか、彼女に見繕ってもらっているんです」
「そうか。今は歴史書を読んでいるのか。それならこっちもおすすめだ」
セシリアの手にある本を見た後、高い位置にあるおすすめの本を取ると手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「王宮のしきたり、国や政治、他国のことなど積極的に学ぼうとしてくれているんだって?」
「はい。今まで学んだこと以外にも知らないことが多くて……」
式の準備の合間に、教師の先生をつけて少しずつ多くを教えてもらっていた。しかし覚えることが膨大でなかなか着いて行くのに必死だ。
ただ、もともと勉強して何かを覚えることは好きだったため、苦ではないのが救いだった。
むしろ知らないことを知るのが楽しくなっている。
「王妃になるなら、国民のためにも学ばないと。何も知らなかったなんて、王妃の立場で言えません」
「そうか」
アレンは嬉しそうに微笑みながらセシリアの頬を撫でる。
王宮に来てわかったのが、アレンはセシリアの頬を愛おし気に撫でる癖があるようだった。セシリアもくすぐったそうに頬を染めて身をよじる。
アレンからすればその可愛らしい仕草も、何ともそそられる気がしてたまらなかった。
「とても良いことだが、あまり根を詰めてはいけないよ。……少し熱っぽいのでは?」
「え?」
特に体調の変化はないが、言われてみれば少し体が熱かった。
(気が付かなかったわ。言われてみれば、少しだけダルいかも?)
根詰めしすぎたのだろうかと首をひねる。
「慣れない生活に疲れが出たんだろう。今日は部屋で休むといい」
アレンは「オリア」と二階に声をかけた。
「俺たちは先に部屋に戻る。本は後で届けてくれ」
「かしこまりました」
オリアの返事を聞くと、アレンはヒョイッとセシリアを軽々と横抱きに持ち上げた。セシリアはバランスを崩して、慌てて咄嗟にその首にしがみつく。
「きゃぁ! へ、陛下、重いのでお離しください!」
真っ赤な顔で足をバタつかせるが、その屈強な腕はびくともしない。
「暴れるな。これで重いとか言ったら、俺は再度鍛えなおさないといけなくなる。むしろもっと食べてほしいくらいだ」
アレンはアハハと笑うと、そのまま図書室を出て部屋へ向かった。
すれ違う人々は微笑ましく目を細めながらも、見て見ぬふりをしてくれるのがありがたい。
(あぁぁ、どうしましょう! こんな、こんな……!)
セシリアの胸中はパニックだ。
体にアレンの鍛え上げられた腕や体を感じる。息遣いを感じるほどに、その端正で綺麗な顔も目の前にあり、セシリアは思わず顔を両手で隠した。
(だめ、無理ぃ……!)
「どうした?」
「お願いです。見ないでください……。は、恥ずかしくて……」
大いに照れるセシリアに、アレンは思わず足を止めた。
(あれ? どうかしたのかしら?)
そっと顔から手をどけると、アレンが少し頬を染めて眉をひそめていた。
「セシリア……、可愛いこと言わないでくれ。このまま君を食べてしまいたくなるだろう?」
「たっ……!」
それがどういう意味なのかさすがのセシリアもわかった。アレンの瞳が欲情を含んでいたからだ。
その熱視線にお腹の辺りがゾクッと震える。
(そんな目で見られたら、どうすれば良いの)
熱い瞳で見つめ合うと、アレンは苦しそうに息を吐いた。
「式まで長いな。どうするか……」
「え?」
「いや、なんでもない」
アレンの堪える呟きはセシリアの耳には届かない。
部屋に到着すると、セシリアをベッドにゆっくりと降ろした。そして、そのままアレンが上に覆いかぶさる。
(えっ!?)
その体勢に、セシリアの顔がみるみる真っ赤に染まっていった。赤い顔とうるんだ瞳が、アレンを誘っているように見えることなどセシリアは知らない。
アレンは一度ギュッと目を閉じると、セシリアの頬や髪を熱い手で愛おしそうに撫でた。
「へ、陛下……、あの……」
「アレンでいい」
「……アレン様」
「セシリア、すまない。少しだけ味見をさせてくれ。ちょっと耐えられない」
そう切なげに言うと、アレンはゆっくりと顔を近づけセシリアと唇を重ねた。
(!? アレン様!?)
驚いてビクッと肩を震わせる。
初めての口付けにセシリアの体が硬直するが、ゆっくりと触れ合うアレンの唇が次第に気持ちが良くなり、強張った体も力が抜けていくのを感じる。
(どうしよう……。凄く気持ちがいい……)
アレンはそれを感じると、深く角度を変えながら、緩急をつけ何度も唇を合わせた。
「んっ……あ……」
合間に思わず甘い声が出て、セシリア自身も驚いた。
(声が漏れちゃう……。でも、止められない……)
セシリアの漏れた声にアレンはなけなしの理性を振り絞る。
「はぁ……、これ以上はだめだな……」
アレンは唇を離すと、切なそうに呟いた。
その表情にセシリアは余計に身体が疼くのを感じる。
「これ以上は、俺も抑えが聞かなくなる」
「はい……」
「続きはまたな」
アレンは妖艶に微笑むと、セシリアの上から体をどかして部屋を出て行った。
ひとり残されたセシリアは息を整えながら放心状態だ。
そっと唇に触れる。そこはまだ湿っていた。
(あれ、キス……よね? 私、アレン様とキスしちゃったの?)
自分でも聞こえるくらいに心臓がドキンドキンと鳴ってうるさい。
今起こったことを思い返して、夢ではなく現実だと感じるとセシリアはうわぁぁとベッドの上でバタバタと身をよじった。
(どうしよう、キスだけでこんなに胸が苦しくなるなんて知らなかった……。でも、アレン様とのキスは気持ちよくて……、もっとずっとキスして欲しかった……。あぁ、はしたないって思われるかもしれないけど……でも……)
側にあったとクッションを強く抱きしめる。叶うなら、もっともっと触れ合っていたかったのだ。
(アレン様が好き……。好きだからこそ、もっと触れてほしいと思ってしまうの……)
ガルには決して抱かなかった、この強い気持ち。
人を心から愛するということがどういうことか、身をもって理解したセシリアだった。