君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
「亮平さんは駅からどうやって帰るの?」

「そうだな……。電話すれば長谷川さんが迎えに来てくれるとは思うけど。陽茉莉も乗っていったらいいよ」

「えっ。それだったら遅くなっちゃったから長谷川さんに申し訳ない気がする」

「そうだよね。そうなんだけど、連絡しないと長谷川さんが逆に心配するっていうか」

「長谷川さんって亮平さんの秘書だよね?」

「秘書兼運転手ね」

「秘書兼運転手?」

オウム返しの陽茉莉に亮平は苦笑いしながらも、陽茉莉に断りを入れてから長谷川に電話を掛けた。
十分ほど待つとロータリーに見覚えのある車が停まり、運転席から長谷川がおりてくる。

「お待たせして申し訳ございません」

深々と頭を下げるので、陽茉莉も慌てて「こちらこそすみません」と頭を下げる。

以前亮平に会いに水瀬データファイナンスへ訪問したとき長谷川はきっちりとしたスーツ姿だったが、今日はポロシャツだ。やはりお休みのところを呼び出してしまったのだろうかと陽茉莉は申し訳なく、かしこまった。

「矢田様、すみませんが先に亮平坊ちゃまから乗せますので少々お待ちいただけますか」

「……亮平坊ちゃま」

ポカンとする陽茉莉に亮平は慌てる。

「長谷川さん、外で坊ちゃまはやめてくれ。恥ずかしい」

「あっ、これは失礼しました。つい癖で」

慌てて口もとを覆うも、陽茉莉は興味津々とばかりに目を輝かせて長谷川に訴えかける。

「長谷川さん、亮平さんってお坊ちゃまなんですか? お坊ちゃまなんて現実で初めて聞きました。すごい! 存在するんですね。はっ、まさかお城に住んでるとか?」

「お城ではないですが、大きなお家ですよ。私が住み込みで働けるくらいの」

「住み込み! ……メイドさんとかいるんですか?」

「陽茉莉、なにを想像してる? メイドはいないから」

「そうなんだ……」

「なんでそこで残念そうになるの」

亮平が苦笑すれば、陽茉莉は口を尖らせる。

「だってだって、ヒラヒラのエプロンつけたメイドさんたちがずらっと並んで、お帰りなさい亮平坊ちゃま、っていうのを見てみたかったから」

「……さすがにそれはない」

「矢田様は面白いですね。今日は楽しめましたか?」

「あ、はい! とっても! ね、亮平さん」

「ああ、とても……楽しかった」

はにかみながらそう告げる亮平に、長谷川は目を細めた。
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