君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
穏やかな表情をした亮平はとても幸せそうに見えて、ここ数年彼はこんな顔をしたことがあっただろうかと記憶を辿るがまったく思い当たらない。

「長谷川さん、車椅子ってどうやってたたむんですか? これってたためますよね? あれ? たためない?」

長谷川が亮平を車に乗せる介助をしている間に、陽茉莉は車椅子をたたもうと苦慮していた。
長谷川はすぐに駆け寄る。

「ああ、すみません。すぐにやりま――」

「やり方、教えてください。私もできるようになりたいので」

ニコリと微笑む陽茉莉はとても穏やかで慈悲深い。そして裏表がなく綺麗な瞳をしている。

「……はい、ありがとうございます。では、ここをですね――」

長谷川が説明をすると陽茉莉は真剣に聞きながら手を動かしていく。

「――ああ、そういうことかぁ。うん、できた! 長谷川さん、ありがとうございます。次からは一人でもできそうです」

そして嬉しそうに笑う。
屈託のない無垢な笑顔。
人の心をあたたかくするそんな雰囲気が漂う。

ああ、そうか。
きっと亮平は陽茉莉のそんなところに惹かれたのだろう。

幼少の頃より亮平の側にいる長谷川だからこそ感じる、亮平の小さな変化。

事故をしてからの亮平の不安定な心を支え続けてきた長谷川は、誰よりも亮平の幸せと安寧を願っている。

誰も引き出せなかった亮平の真の笑顔。
そうだ、事故をする前の亮平はこんな風に柔らかく笑うお坊ちゃまだった。
その笑顔を引き出したのは、まぎれもなく陽茉莉だ。

それがとても嬉しい。

(嬉しいけれど……)

「長谷川さん、車椅子はどこに乗せますか?」

「私がやりますから大丈夫ですよ。矢田様もどうぞお乗りください」

「陽茉莉、こっちにおいで。長谷川さん、ありがとう」

「ありがとうございます、長谷川さん」

「とんでもございません」

長谷川はニコリと微笑む。

ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけなのだが、寂しさを感じてしまったのは長谷川の心の内に秘めておいた。

この先も二人の関係が深くなることを切に願いながら。
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