君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる


「おはようございまーす」

「陽茉莉ちゃん!」

遅番で出勤した陽茉莉はいつものように元気に挨拶をするも、それ以上に元気いっぱい名前を呼ばれて目をぱちくりさせた。

「どうしました?」

「大事件よ、大事件!」

「大事件?」

なんだろう、と首を傾げる。
店内は至って普通、特に変わったところはない。
先輩社員の岡島結子は店内に人がいないことをいいことに、興奮気味に陽茉莉に名刺を突き出す。

「名刺?」

陽茉莉は名刺に書かれた文字を追う。

――――――――――――
水瀬データファイナンス
代表取締役社長 水瀬亮平
――――――――――――

「わあ! 結子さんったらどこかの社長とお知り合いなんですか?」

「違うわよ、このアンポンタン」

「アンポンタンって、ひどっ」

「これを陽茉莉ちゃんにって」

「私? 私、社長の知り合いなんていませんけど」

洋菓子店にも常連客はいるが、まったく見当もつかない。ますます陽茉莉は首を捻る。

「陽茉莉ちゃんの推しの車椅子の君よ」

「推し? ……って、車椅子のあの人?」

「そうなのよ。今朝陽茉莉ちゃんを訪ねてきて、この名刺を預かったの」

陽茉莉は再び目をぱちくりさせる。

陽茉莉の働く洋菓子店は歩道に面しており、大きなガラス窓が特徴だ。外からは中のショーケースの様子がよく見え、中からも歩道を通る人がよく見える。

陽茉莉はウィンドウ越しや店外の清掃中によく亮平の姿を確認していた。車椅子だからなおさら印象深い。整った容姿にいつもスーツを着て爽やかに通りすぎていく亮平はどこか繊細な雰囲気があり、陽茉莉の目を惹いた。

時々しか見かけないためレアキャラとして認識していたのだが、まさかそれが社長だとは思わない。

「私に何の用だろう?」

「さあ? 用件は言わなかったから。陽茉莉ちゃんに会いに来たんじゃない?」

「えっ? まさか? だって私名前も知らないし。……って、今知ったけど」

「向こうも陽茉莉ちゃんの名前知らないみたいだったけど」

「そりゃそうですよ。接点なんてない……あっ!」

陽茉莉は突然声を上げる。
亮平との接点といえばひとつだけ思い当たる節があった。

「なになに? なんか思い出した?」

「あれかな? 半年くらい前に車椅子押したやつ」

「あ~、あの勇気出して声かけたやつね! きっとそれだわ。お礼しに来たんじゃない?」

「いやいや、今さらそんなことありえないですよ」

と陽茉莉は否定しつつもドクンと心臓が音を立てる。
そんなことありえない。
ありえないけど、もしそうなら嬉しい。

陽茉莉は頬が緩みそうになるのを慌てて両手で押さえた。
< 4 / 103 >

この作品をシェア

pagetop