君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
5.陽茉莉のこと
「おはよう~」

実家暮らしの陽茉莉が寝ぼけ眼でキッチンにいる母親に挨拶をする。すると母は料理の手を止めて陽茉莉に駆け寄った。

「陽茉莉、あなた昨日はずいぶんと遅かったじゃないの」

咎めるような剣幕の母に、陽茉莉はため息をつきたくなるのを我慢しながらのらりくらりと答える。

「そうかなぁ? ちゃんと門限ギリギリだったと思うけど?」

「五分過ぎてたわ。もうっ、警察に電話しようかと思ったじゃないの」

「ちゃんと遅くなるってメッセージ入れたでしょ」

「門限は守ってちょうだい」

「はーい、気をつけまーす」

強引に話を切り上げながら、パタパタと洗面所へ逃げ込む。心配性の母の対処法は真剣に相手をしないこと。真面目に話を聞けば聞くほど陽茉莉の精神はゴリゴリと削られるからだ。

母が過保護気味であることはわかっているし、仕方がない面もあることを陽茉莉はちゃんと理解している。

けれど亮平と付き合い始めてから、若干煩わしく思えてきたのも事実。そんな風に思ってしまう自分にも些か自己嫌悪で……。

陽茉莉は顔を洗って身なりを整えてから、居間の仏壇の前に座り、リンを鳴らしてから手を合わせた。

「陽くん、どう思う? お姉ちゃん、そろそろ自立してもいいよね?」

陽茉莉は仏壇に向かって問いかける。
だが、それに応えるものは誰もいない。

しんと静まりかえった居間に微かに残るリンの音が鼓膜をゆるりと揺らす。

陽くん、と呼ばれた人物は陽茉莉の三歳下の弟だ。彼が小学校三年生のとき、友達と公園に遊びに行った帰りに交通事故で亡くなった。

そのとき陽茉莉は小学六年生。悲しみに暮れるよりも、母の取り乱した様子の方が未だに目に焼きついて離れない。

『お父さん、どうしたらお母さんは元気になる?』

塞ぎ込んでしまった母親を見て父に尋ねた。父は困った顔をしながらも『陽茉莉が笑っててくれたら、お母さんは嬉しいと思うよ』と優しく頭を撫でた。

だから陽茉莉は笑うことを心がけた。自分が笑えば母もまた笑ってくれる、そう信じたからだ。

その甲斐あってか、はたまた時間が解決したのか、真相はわからないがまた以前のように母は笑ってくれるようになった。

ただひとつだけ、陽茉莉に対して過保護になった。急に門限ができたり誰とどこへ行くのが事細かに聞かれたり。一人暮らしなんてもっての外、母は陽茉莉を目の届くところに置いておきたいのだ。
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