君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる


陽茉莉が出て行った後、食べかけの夕食はすっかりと冷え、重ったるい空気がどんよりとのしかかるように停滞していた。

陽茉莉を追いかけようとは思わなかった。
亮平の家に行くと言っていたのだから、所在ははっきりしている。彼女がそこで嘘をつく理由もない。

「……はぁ」

陽茉莉の母から小さく息が漏れる。それは諦めなのか後悔なのか、はたまた怒りなのか。複雑な気持ちは嫌悪感という形で心を揺さぶった。
そんな気持ちを察してか、父はそっと背中を擦る。

「そろそろ僕たちも、子離れしないとね。今まで陽茉莉は頑張ってきてくれたんだから」

「わかってる、わかってるわよ。でもっ……」

「うん、わかるよ。陽茉莉は大事な娘だから」

陽太が事故で亡くなってからもう十年以上も経過している。 自分も死んでしまおうかと落ち込んだ日々が懐かしいくらいに時間は過ぎ去っているのだ。

ずっと心の支えになっていたのは陽茉莉の存在だった。誰よりも一生懸命気を遣ってくれた。当時まだ陽茉莉だって小学生だったのに。

ずいぶんと負担をかけた……とは思っている。

一方で、もうあんな思いはしたくないと陽茉莉を大切に大切に自分の手の届くところに繋ぎとめていたのも事実。

それはあきらかに親のエゴだ。

薄々気づいていたけれど気づかないふりをしていた。 陽茉莉が大人になるにつれて、課していた制限が少しずつ緩くなっていく。

それは仕方がないことだと何度も自分に言い聞かせ、そのたびに葛藤で心が揺れ――。

「陽茉莉にはずっと笑っててほしいのよ」

「そうだよね。僕もそう思うよ。だけど陽茉莉は前に進もうとしている。僕たちもそろそろ前に進むべきなんじゃないかな。陽茉莉の幸せを考えるならね。君も本当はわかっているんだろう?」

陽茉莉は普段からよく笑う。それが陽茉莉の性格だと思っていたけれど。本当は違うのかもしれない。

だって亮平と一緒にいる陽茉莉は、それはそれは幸せそうに微笑むのだから。

だからこそ反対したくなるのかもしれない。
自分の娘が否応なく離れていってしまうのが悲しくて。

いい人に出会えたのだと思う。
亮平はとても誠実で真面目で、感じもよかった。車椅子という懸念はあるけれど、本当はたいした問題ではないと感じている。ただ、反対するには何か理由が必要で、それが車椅子だという障がいが一番わかりやすかっただけで――。

自分の心の醜さに、母はわっと泣き崩れた。
その気持ちがわかるからこそ、父は責めることなくただ側に寄り添っていた。

陽茉莉のいない夜は深々と更けていった。
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