君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる


「何かあった?」

「んー」

仕事から帰った亮平は陽茉莉を自宅へ迎え入れてから、するりとネクタイを緩めた。陽茉莉はビーズクッションに埋まるように座りながらぼんやりと亮平を眺める。

スーツ姿の亮平は、ネクタイを解きシャツのボタンを緩めジャケットを脱ぐ。手慣れた一連の作業は、ぎこちなさなど何もない。亮平は何でも自分で出来る。

「何か飲む?」

「うん……」

小さく頷く陽茉莉からはいつもの元気さが感じられない。
温かいハーブティーを淹れテーブルに置くと、ゆらりと湯気がくゆり良い香りが部屋に漂った。

「私ね、家を飛び出してきちゃった」

ぽつり、と陽茉莉がつぶやく。

「それはまた……。陽茉莉にとっては大胆なことをしたんじゃないの?」

「うん、そうなんだよね」

へへっと自虐的に笑う。
亮平はそっと陽茉莉の頬に触れた。

「……なんか、つらそうだね」

優しく撫でれば、陽茉莉の長くてきれいな睫毛がゆっくりと上下する。きらりと弧を描く瞳は亮平をまっすぐ見つめた。

「話、聞いてくれる?」

「もちろん聞くよ。ほら、おいで」

亮平は陽茉莉を手繰り寄せ膝の上に座らせると、しっかりと彼女を抱きかかえた。陽茉莉はその胸に体を預ける。

亮平に包まれているとどうしてこんなにも気持ちが楽になるのだろう。あったかくて逞しくて優しくて、離れたくない。

「あのね、実は――」

陽茉莉は弟の陽太が小学生の頃に交通事故で亡くなったこと、それ故に母が過保護気味であることを打ち明けた。それから自分はそこから抜け出したいこと、けれど母を蔑ろにもできなくて葛藤していること。

不安や悩みも全部、気づけばぽろぽろと口からこぼれ落ちていた。

それは途切れ途切れに、途中考えながら拙く話したところもあったけれど、亮平はただ黙って陽茉莉の話に耳を傾けた。

亮平は陽茉莉のそんな話を今まで少しは聞いていた部分もあった。
けれどそれはほんの一部で。

いつも朗らかに笑う陽茉莉の内面に触れて、亮平は少しだけ嬉しくなる。嬉しいなんて言ったら悩んでいる陽茉莉は怒るかもしれないけれど、いつも亮平の目に映るのは前向きで優しくて女神のような陽茉莉。その陽茉莉の人間らしい姿を見ることができて安心したのかもしれない。
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