君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
レトワールから目と鼻の先にある水瀬データファイナンスのオフィスビル。
亮平がレトワールのことを知らなかったように、陽茉莉もまた水瀬データファイナンスのことを知らなかった。

大きな自動ドアを入ると吹き抜けの天井が開放感と高級感を醸し出している。正面には受付とその横にはゲートがあった。

「すみません、社長の水瀬亮平さんにお会いしたいのですが」

「はい、お約束の方ですか?」

「あ、約束はしてないです」

しまった、と思う。こんなところ来慣れてないから頭が回らなかった。仮にも社長と会おうというのだ、アポイントメントがないと取り次いでもらえないのかもしれない。

「お名前とご用件を伺ってもよろしいでしょうか」

「はい、矢田陽茉莉と申します。用件は……えっと、レトワールの洋菓子を差し入れに……」

用件という用件がなくて陽茉莉は苦し紛れに絞り出す。洋菓子の入った紙袋を受付に差し出すと受付の女性は一瞬怪訝な表情をしたが、「少々お待ちください」とどこかに電話をかけた。

陽茉莉が待っている間、隣のゲートでは社員らしき人たちがカードをタッチしてゲートを通過していく。レトワールで押すタイムカードとは随分違うものだと興味深く眺めていた。

やがて「矢田様」と呼ばれてハッとする。

「お待たせして申し訳ありません。確認が取れましたので、係の者がご案内に参りますのでしばらくお待ちください」

「ありがとうございます」

陽茉莉は顔を明るくする。
もしかしたら通してもらえないのかもと心配したが、どうにか許可が下りたらしい。

嬉しさと緊張で気持ちが高ぶってくる。
ドキドキと胸を揺らしていると、やがて五十代くらいの男性が現れた。

「矢田様でいらっしゃいますか?」

「あ、はいっ」

「お待たせしました。水瀬の秘書をしております長谷川と申します。ご案内しますね」

長谷川は陽茉莉を見ると柔らかい笑みを向ける。優しそうな雰囲気に陽茉莉はほうっと胸をなで下ろした。
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