君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
陽茉莉は数日前には意識は戻っていた。

初めはぼんやりと。誰かに何かを言われると、よくわからないけど返事をする。陽茉莉に反応があることに両親は涙を流して喜んだ。

日を追うごとに陽茉莉の意識はハッキリとしていく。意識が戻ったことで一般病棟にも移り、検査やリハビリが始まった。

そうしてようやく亮平にも連絡できると夫婦で話し合っていたところだった。彼は陽茉莉の安否を気にしてくれているから、早めに伝えてあげなくてはいけないし、きっと陽茉莉も亮平に会いたいだろうと考えていたのだが――。

それは思いもよらないことだった。

「……すみませんがいつも来てくださっていますが、どちら様でしたか?」

真っ直ぐな目で両親を見て言う。
陽茉莉の目には明らかに困惑の色が滲んでいた。

「え……」

「陽茉莉、わからないの?」

陽茉莉は申し訳なさそうに首を傾げる。

幸いなことに四肢の麻痺も言語障害も程度が軽く大したものではない。比較的短期のリハビリで回復が見込まれるものだ。目立った後遺症がなくよかったと胸をなで下ろしていたのだが、まさかそんな――。

困惑したのは両親の方だ。
受け入れがたい事実に脳が追いつかない。自分の娘に何が起こっているのか実感がわかない。

嘘だと思った。
きっと今だけ。明日になれば思い出す。記憶も、体と同じで少しずつ回復していくはずだ。きっとそうに違いない。

一縷の望みをかけて亮平を呼んだ。彼なら陽茉莉の記憶を呼び起こしてくれる。だって陽茉莉が大好きな人だから。

やがて亮平が病室にやってくる。

「陽茉莉! よかった。本当によかった」

亮平は陽茉莉のヘッドの横に車椅子を止め、陽茉莉の手を握った。温かく柔らかい陽茉莉の手。ずっと待ち望んでいた陽茉莉の目覚め。

けれど――。

「陽茉莉……?」

亮平の目に映る陽茉莉はやはり困惑の色を浮かべていた。明らかに何かおかしい。

「陽茉莉、亮平くんのこともわからない?」

母が問いかけるも、陽茉莉は困惑したまま小さく頷いた。

「亮平くんならもしかして……と思ったんだけど」

「陽茉莉、俺のことわからないのか?」

声が震えてしまう。
そんなことあるわけない。あってたまるものか。
握っている手に力がこもる。

「……ごめんなさい、わからないです」

小さく呟き目を伏せる陽茉莉に、亮平は目の前が真っ暗になり何かがガラガラと音を立てて崩れていった気がした。
< 73 / 103 >

この作品をシェア

pagetop