君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
みんなに愛されていた陽茉莉。
誰もが陽茉莉の無事を祈っていた。

陽茉莉の意識が戻ったことに、亮平の両親も長谷川も、レトワールの従業員たちも、わっと声を上げて喜んだ。けれどその直後、記憶がないことを告げられると誰もが言葉を失った。

「……でも、ひとまずはよかったわよ。陽茉莉ちゃん、常連のお客様にも可愛がられていたし、無事だと言うことをお伝えするわ」

結子がうんうんと力強く頷く。陽茉莉がしばらく店にいないことを心配している客も多い。それほど、陽茉莉はまわりから愛されていた。

「でも矢田さん、また働けますかね?」

「長峰は鬼か。陽茉莉ちゃんに会いたいからってすぐ働かそうとする」

「そういうことじゃなくて。もし回復して働きたいって思ったときに、レトワールに復帰できるのかってことっすよ」

「できないかな?」

「岡島さん浅はかすぎる。まだこれからリハビリですよね。まだまだ復帰は何ヶ月後っすよ。うちの就業規則に休職制度なんてありました?」

そう言われて思い出そうとするも、結子は事細かに就業規則を読んだことがないため首を傾げる。

レトワールは地元ではそこそこ名の売れた洋菓子店で業績も右肩上がり。本店と二号店がある。だが従業員の働き方や福利厚生、規則などについては基本的なものは揃っているが満足のいくほど整備されているとは言えない。どちらかというと一般企業に比べて遅れている状態だ。

「俺の記憶によると、確か休職制度はないんですよ。だから有給休暇を使い切ったら退職になると思うんですよね」

「嘘……」

「なんか、もったいないと思いません?」

陽茉莉は皆から愛されているだけでなく、陽茉莉本人もレトワールが大好きだ。もしこの先回復しても、陽茉莉がレトワールで働きたいと思うかどうかわからないが、それでも帰って来られる場所があった方がいいのではないかと思うのだ。

「でも陽茉莉ちゃん、記憶なくて働けるかな?」

「それはわからないけど……。でも俺は信じたいですね。だって矢田さんっていつもポジティブだったから、記憶なくても大丈夫ってひょっこり現れそうな気がする」

「ふふっ、それは言えてる」

「まあ、できる限り動いてみますよ」

「店長に意見する? だったら私も掛け合うわ」

結子と遥人はこぶしを付き合わせた。
同僚とはいえ、自分たちができることなんてなにもない。けれどその中でも陽茉莉のためにできること、可能性のあることなら少しでも力になりたいと思う。

誰もが陽茉莉のことを大切に想い、彼女の早い回復を願った。
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