君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
陽茉莉のリハビリは着々と進められていった。
入院生活は続いていたが思ったより回復が早く、一ヶ月ほどでリハビリセンターへ転院することが決まった。

その間記憶が少しでも戻ればと期待をしたが、やはり何も思い出せない。ただ、両親のことは「この人たちが両親なんだ」と理解して受け止めるようにはなった。

「矢田さん、すっごくいい感じです。体に違和感はありますか?」

「だいぶ思い通りに動くかなって思っています。痺れる感覚もあまりない気がします」

「うんうん、順調ですね。この調子でやっていきましょうね」

本当に、体に関しては特に問題なく順調だった。それは陽茉莉自身も感じていて、日に日によくなっているのがわかるほど。

けれどその一方で、記憶に関しては少しも前に進んでいない気がしていた。

「先生、記憶は戻りますか?」

「そうですね、焦らずゆっくりゆっくりやっていきましょうか。ある日突然戻ったという症例もありますからね、可能性を探っていきましょう」

そうやって優しく諭されるも、上手くごまかされているようにしか思えない。

しかし、記憶がなくて困ることは今のところない。困っているのはむしろまわりの方で、特に両親にいたってはとても気を遣ってくれていることをひしひしと感じる。

だからこそ余計に、自分はどんな人物でどんな人と関わりがあったのか、体が回復するにしたがって気になるようになってきた。

何人かお見舞いに来てくれたのは覚えている。けれどどれも陽茉莉の記憶にはなく、今思い出そうとしても全然思い出せない。思い出せないのに、みんなこぞって悲しそうな顔をしたことだけは輪郭として薄ぼんやり覚えていた。

「先生、私思い出したいです」

それは必ずしも自分のためだけではなく。
これまでの人生でたくさんの思い出を共有していた人たちと、また一緒に笑い合いたい。陽茉莉を見て悲しそうな顔をするのではなくて笑ってもらいたい。そんな想いから出た言葉だった。
< 76 / 103 >

この作品をシェア

pagetop