君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
亮平はずっと考えていた。
この先陽茉莉の記憶が戻らなかったらどうなるのだろう、と。

とても大切で大好きで誰よりも愛している。
陽茉莉以外考えられない。

その陽茉莉に存在を忘れられてしまったショックははかりきれなく大きい。まるでこの世のすべてから見放されてしまったかのように亮平の心を蝕んだ。

この気持ちの捌け口がない。

陽茉莉が生きていてくれて嬉しいのに、自分だけどこかに置いて行かれたかのようで、ふいに泣きたい衝動に駆られる。

突然襲ってくる悲しみに潰されないように、亮平は仕事に没頭した。時間が空くと陽茉莉のことを考えて落ち込んでしまうからだ。

「亮平坊ちゃま、陽茉莉さんのお見舞い行かれますか?」

長谷川が亮平の仕事のスケジュールを調整しようと画策する。

それがありがたいはずなのに、亮平は見舞いに行く気になれなかった。誰だと思われるのが怖いのと同時に、自分のことを思い出してほしい、なぜ忘れてしまったんだと責めてしまいそうだからだ。

陽茉莉が悪いわけじゃないのに、本人を前にしたら口をついて出てしまいそうな気がした。
そんな醜い自分にも嫌気がさす。

「陽茉莉が思い出せないならもう俺は身を引く……」

「何をおっしゃいますか。もし記憶が戻らなくても、陽茉莉さんは坊ちゃまのことを好きになってくださるやも……」

「記憶がないなら好きにならなくていいんだよ」

亮平のことが「好き」という感情が抜け落ちた陽茉莉に、再び「好き」になってもらおうなどとおこがましい。

亮平が車椅子であることで陽茉莉には苦労をかけた。陽茉莉はそんなの苦じゃないと笑ってくれていたが、亮平はその気持ちに対して胡坐をかいていたわけじゃない。いつもとても感謝していたし、願わくば陽茉莉には何のしがらみもなく笑っていてほしいのだ。

自分の両親も陽茉莉の両親も、亮平が車椅子であることに一抹の不安は持っていた。それらを払拭してくれたのは陽茉莉だし、自分の力ではどうにもならなかった。

そんな陽茉莉が今大変な状況なのだ。陽茉莉の両親の心労も大きい。そこにハンディキャップである自分をねじ込もうなどと、亮平はとてもじゃないけれどできそうになかった。

「でも……亮平坊ちゃま。それはあまりにも……」

長谷川が泣きそうな顔をするので亮平は安心させるように小さく微笑む。

「俺はね、いつだって陽茉莉の幸せを願っているんだよ」

その言葉はとても儚く、寂しさにまみれていた。
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