君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
9.紐解く
水瀬データファイナンスはレトワールから歩いてすぐのところにある。大きな自動ドアに吹き抜けの天井。正面には受付があり綺麗な女性が座っていた。

陽茉莉はレトワールの紙袋をぐっと握り直す。
ここに、名刺に書かれた「水瀬亮平」がいるのだ。

「すみません、社長の水瀬亮平さんにお会いしたいのですが」

「はい、お約束の方ですか?」

「約束はしてないです」

以前の自分はどうやって亮平に会ったのだろう。こんな風に行き当たりばったりだっただろうか。それとももっと計画性を持って行動していただろうか。やはり、思い出せない。

「お名前とご用件を伺ってもよろしいでしょうか」

「はい、矢田陽茉莉と申します。用件は……えっと、レトワールの洋菓子を差し入れに……」

こんな曖昧な理由で会ってもらえるだろうかと心配になったが、受付嬢は何かを思い出したかのように頷く。

「かしこまりました。そちらでしばらくお待ちください」

そうしてどこかへ電話をかける。
しばらくすると「陽茉莉さん」とゲートの向こうから呼ばれ、陽茉莉は顔を上げた。

「あれ? 長谷川さん?」

そこには見知った顔の長谷川がいて、陽茉莉はキョトンとした。

陽茉莉が長谷川のことを知っているのは過去の記憶ではない。退院してからの記憶のみだ。

「え? 何で長谷川さんがここに?」

「実は私はここで秘書もしておりまして」

長谷川は陽茉莉のリハビリや通院の送り迎えをしていた。陽茉莉は親に言われるがまま、何の疑問も持たず長谷川の運転する車に乗って病院へ通い、長谷川のことは通院をサポートしてくれるタクシー運転手だと思っていたのだ。

「まさか陽茉莉さんから水瀬を訪ねてくださるとは思いませんでした」

そう言うと、長谷川は目元を潤ませる。
感極まった様子に、陽茉莉は困惑した。

「いえ、ご迷惑かもと思ったのですが、私が以前水瀬さんと関わりがあったみたいで……。だからどうしても水瀬さんに会ってみたくて」

「そうでしたか」

「あ、えっと、長谷川さんはご存じだと思いますが、私過去の記憶がなくなってしまってて、その……」

「大丈夫です、その事は水瀬も存じ上げておりますよ」

「そうですか……」

不思議な感覚を覚えながら長谷川に連れられてエレベーターで高層階に上がる。通された応接室は一面ガラス張りになっており、階下の街並みが綺麗に見えた。
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