【電子書籍化】最初で最後の一夜だったのに、狼公爵様の一途な愛に蕩かされました
――ごめんなさい。グレン様。

 公爵邸に行ったその日、グレンに迫るつもりだったルイスは、心の中で彼に謝罪する。
 彼はきっと、ルイスがそんなことを考えているなんて、思ってもいない。
 久しぶりに幼馴染と話せる、個人的に成人の祝いをしてくれる。
 そのくらいにしか感じていないだろう。



 約束の日。約束の時間帯。
 アルバーン公爵邸に到着すると、わざわざグレンが玄関まで迎えにきてくれた。

「このたびは、お時間をいただきありがとうございます。グレン様」
「構わないさ。祝ってくれるんだろ? 俺が成人したのを」

 深々とお辞儀をするルイスに、グレンは気にするな、俺たちの仲だろ、と笑った。
 ルイスの真の目的は、彼に情けをもらうことだが、個人的にお祝いしたかったのも嘘ではない。

「今日は、グレン様のお気に入りのお店の、アップルパイも持ってきたんですよ」
「やっぱりか! 俺、あそこのアップルパイ大好きなんだよなあ」

 ルイスが持ってきたのは、エアハート子爵家が管理する町にある、老舗のアップルパイと焼き菓子だ。
 アップルパイ、の言葉に反応して、グレンの白い耳がぴんと立つ。
 甘いマスクというよりは、ややワイルド系の男性として成長したグレンだが、彼は甘党だった。
 アップルパイはバスケットに入っており、焼き立てというわけでもないため、ルイスには香りは感じられない。
 けれど、獣人である彼は、ルイスが持つバスケットの中身をなんとなく察していたようだ。

 幼馴染が大好物を持ってきてくれたことに、上機嫌なグレン。
 早速いただくよ、行こう、と彼はサロンのほうを示した。
 婚約者でもない、異性の自分が、客人用の空間に連れていかれるのは当たり前だ。
 ルイスも、ある程度成長してからは、それを当然のものとして受け入れていた。
 けれど今回は、最初からもう少し私的な空間に行っておきたいところだった。

「……あの、グレン様」
「どうした?」
「久しぶりに、グレン様のお部屋に行ってもいいでしょうか」
「俺の部屋?」
「……はい。何年も前に行ったきり、でしたから。少しは大人の男性っぽいお部屋になったかなあって、気になったんです。それとも、まだどんぐりがありますか?」
「きみなあ……」

 やんちゃな少年だったグレンは、体力を有り余らせ、庭を駆け回っていた。
 そのついでにどんぐりをコレクションしたりもしており、まだ幼いルイスは、それを見せてもらったものだ。
 使用人にも言わずにどんぐりをため込んでいたため、虫が発生していたこともある。
 彼の過去を茶化すように言えば、グレンはがしがしと頭をかきながら、盛大な溜息をついた。

「……わかった。俺がもうどんぐり少年じゃないところ、見せてやるよ」
「あら、楽しみですわ。どんぐり坊ちゃんはどんな大人になったのかしら」

 大げさにお姉さんぶってそう返せば、グレンは「その呼び方はやめてくれ」と白い耳を垂れさせた。
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