【電子書籍化】最初で最後の一夜だったのに、狼公爵様の一途な愛に蕩かされました
 獣人は、番を見つける前であれば、他の人を好きになり、愛することもできる。
 しかし、番に出会ってしまうと、今までの恋も愛もすべてが番への感情に上書きされてしまう。
 恋人や配偶者がいたとしても、番を見つけた途端に放り出すことになるのだ。
 子供までできたあとに番に出会ってしまい、家庭を捨てた獣人の話も、現実に存在している。

 獣人族の番システムは、一人だけに深い愛を捧げ続けるロマンチックなものでもあり、全てが上書きされる呪いでもあった。
 ルイスももちろん、獣人族のグレンが番のシステムに組み込まれていることを知っている。
 だから、いつか番を見つけるかもしれない彼を愛することも、愛されることも望めずにいた。
 しかし、グレンが18歳の誕生日を迎えて少し経ったころ。
 ルイスは彼への想いを、抑えきれなくなってしまった。
 多くの場合、獣人は18歳ほどまでには番を見つける嗅覚が働くようになる。
 グレンがその年齢を超えた今、ルイスにはもう、時間が残されていなかった。
 彼が番を見つけてしまったら……。一夜の思い出すらも、叶わなくなる。
 ルイスは、幼馴染である彼に懇願した。
 一夜だけでいい。責任なんてとらなくていい。今日のことは忘れてしまっていい。だから、私に思い出をください、と。

 グレンもまた、幼馴染のルイスに懸想していたから。
 いつか「運命の番」とやらに消されてしまうかもしれない恋情を抑えきれず、彼女を抱いた。
 グレンも、怖かったのだ。
 ルイスと恋仲になったあと、婚約したあと、家庭を築いたあとに、番と出会ってしまったら。
 グレンは、彼女を放り出して番だけを見るようになってしまう。
 ルイスが大事だからこそ、自分の感情を抑え続けていたのだ。

 二人は、仲睦まじい幼馴染で。両想い、だったのに。
 番というシステムに邪魔をされ、一夜の思い出を作るだけの仲になってしまった。
 ……はずだった。

 翌朝、グレンは甘い香りに誘われて目を覚ます。
 焼き菓子などのスイーツに似ている気もするが、今まで嗅いだことのない匂いだった。
 グレンは、その香りが番のものであると、本能的に感じとった。
 ベッドの上で、上体だけを起こしてその香りの元を探す。
 発生源は……。

「……ルイス?」
 
 金糸をベッドに散らし、隣で寝息を立てる女性。
 毛布の下には、生まれたままの姿がある。
 昨夜、一夜限りの思い出にと、情熱的な時間をともにした相手――ルイスこそが、グレンの運命の番だった。
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