【電子書籍化】最初で最後の一夜だったのに、狼公爵様の一途な愛に蕩かされました
「……ごめん、ルイス。きみに、嫌な思いをさせた」

 二人きりになった部屋で、グレンが眉と耳をしゅんと下げる。
 彼から凄まじい威圧感は消え、普段ルイスに向けるような優しい雰囲気に戻っている。
 グレンは、見た目こそ少々ワイルドさがあるのもの、あんなふうに怒鳴ったりすることはほとんどない。
 よっぽどのことがなければ、彼があんな態度をとることないのだ。
 獣人の男である自分の力の強さを自覚しているから、暴力をふるうこともない。
 そんな彼が、このままでは女性に手をあげてしまうのでは、と恐れるぐらいのことが……「よっぽどのこと」が起きてしまった結果の、あの対応だった。

 人間と獣人が共存するこの国においても、獣人は少数派だ。
 腕力も権力も持ち合わせているグレンが暴力を行使すれば、多くの者が恐怖によって彼に支配されるだろう。
 だからこそグレンは、そんなことにはならないよう、自分の力の使い方には細心の注意を払っているのだ。

「ルイス。カリーナはあんなことを言っていたが、俺の番はきみだ。絶対に、嘘じゃない。きみに、そんな嘘をついたりしない」
「……はい」

 グレンはしっかりとルイスに向き合い、彼女の両肩に触れる。
 カリーナは自分こそが真の番などと言っていたが、グレンの番は、ルイスだ。
 この事実が、揺らぐことはない。

「……それに、もしもきみが番じゃなかったとしても、こんな手を使って婚約を結ばせたりしない。そんなことをして、きみを傷つけたくない」

 番だと偽って結婚したあとに、本物を見つけてしまったら……。彼は、ルイスを放り出すことになるのだから。
 ルイスを心底大事に思っている彼が、そんな真似をするはずがないのだ。
 グレンの言葉は、全てが真実で、本心で。
 ルイスが番であると判明する前に、自分の恋心を伝えなかったのだって、彼なりの誠意だった。
 
 俯いてしまったルイスを、グレンは優しく抱き寄せる。

「……今日のことは、なにも気にしなくていい。彼女がどうしてあんなことを言い出したのかは、わからないが……。きみが番であるという事実も、俺の気持ちも、変わることはないよ」

 ルイスは、自分を抱きしめるグレンの腕にそっと触れた。
 彼の腕の中は、ルイスにとって世界で一番心地いい場所だ。
 こうして彼と触れ合う時間が、大好きだった。
 そのはず、だったのに――。
 ルイスは、俯いたままぐっと唇を噛んだ。
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