【電子書籍化】最初で最後の一夜だったのに、狼公爵様の一途な愛に蕩かされました
 当時のグレンは、公爵家の嫡男とは思えないほどにやんちゃで。
 その高い身体能力を生かして木に登ったり、5歳ほどとは思えない足取りで庭を駆けまわったりと、それはもう活発だった。
 どちらかといえば大人しいほうだったルイスは、そんな彼についていくことができず。
 木の下でおろおろしたり、グレンと一緒に走ろうとして転んだりしていた。
 しばらくそうしているうちに、グレンもようやく、自分とルイスの身体能力に差があることに気が付いたようで。
 木からおりてくると、

「ルイスはなにがしたい?」

 と聞いてくれた。
 内心ほっとしながらも、ルイスは「えっと」と言葉につまる。
 当時のルイスはまだ、自分たちの身分の差をはっきりと理解できる年齢ではなかった。
 けれど、初めて会った獣人で、美少女みたいな美少年で、「公爵家」の人で。
 そんな少年に近づかれ、じいっと見つめられたものだから、照れや緊張で言葉が出なくなってしまった。
 黙ってしまったルイスと、ルイスの顔を覗き込むグレン。
 ルイスが違う方向を向くと、グレンがそちらに移動する。
 そんなことを繰り返しているうちに、二人はぐるぐると回り始め、外から見ればそういう遊びをしているかのような状態になっていた。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 初対面の男の子とのぐるぐる追いかけっこに、ルイスは大混乱である。
 そんなとき、ざあっと強い風が吹き、木々を揺らした。
 木の揺れる音に反応して、グレンの耳がぴこぴこと動く。

「……! みみ……」

 彼の頭についた、髪色によく似た白い耳。
 ぴんと立ったそれは、音を拾おうとして向きを変える。
 初めて見る光景を前に、ルイスは珍しそうに彼の耳を眺めてしまった。
 犬好きなルイスにとって、狼のようなグレンの耳が可愛いものにも見えていた。
 あとになって思えば、失礼なことだったかもしれない。
 しかしグレンは、ルイスの反応に怒るどころか、気をよくして。

「触ってみる?」

 にかっと笑って、そんなことを言ってくれた。

「……いいの?」
「うん」

 グレンが頷いてくれたから、ルイスはそっと彼の耳に手を伸ばす。

「ふわふわ……!」

 白い耳は、見た目通りにふわふわで、柔らかくて。
 ルイスはその感触に夢中になって触り続けてしまう。
 当然、獣人の耳にも触覚はある。
 触っていいとは言ったものの、耳を触られ続けたグレンはむずむずしてしまって。

「ルイス、くすぐったいよ」

 耐えきれずに笑うと、ルイスからも笑顔がこぼれた。
< 6 / 87 >

この作品をシェア

pagetop