【電子書籍化】最初で最後の一夜だったのに、狼公爵様の一途な愛に蕩かされました
「番を見分ける嗅覚、という呼び方をされているが、実際には嗅覚だけが働くわけじゃない。説明しにくいが、第六感とでも呼ぶべきなにかがある。距離が離れすぎていなければ、番がいる方向や位置はなんとなくわかるんだ」
「……そう。そっちは本当だったわけね」
「……ああ。だから、きみが嘘をついていることは、最初からわかっていた。どうしてこんなことをしたんだ? 番だと、嘘をつくなんて。この様子だと、そういった指示があったわけでもないんだろう?」

 グレンは、カリーナが自分に向ける気持ちに気が付いていない。
 彼にとってカリーナは、年に数回会うかどうかの相手。
 同格の家柄の者として、付き合いがあるだけの人。
 幼いころは一緒に遊ぶこともあり、友人と呼べたかもしれない。
 だが、思春期を迎えたころには、性別の異なる貴族として、適切な距離をとるようにしていた。
 距離をとる、といっても、露骨に避けたりはしていない。
 二人きりでは会わない、近づきすぎない、用もなく個人として約束を取り付けない。その程度のものだ。

 グレンはルイスに好意を持っていたから、カリーナ以外の女性との接し方にも、それなりの注意を払っていた。
 他の女性と親しくしすぎて、仲を疑われるようなことは起こしたくなかったのだ。
 グレンにとってのカリーナは、特別な存在ではなかった。
 意識していないから、カリーナが自分に恋心を抱いている、なんてふうにも思わない。
 グレンは既に己の番を見つけているから、余計に、他者が自分に向ける好意には鈍感なのかもしれない。
 番だという嘘までついたのに、カリーナの気持ちを全く理解しないグレンの態度は、彼女にとってひどく残酷なものだった。
 
「カリーナ。理由があるなら話してくれ」

 ここまで一方通行なのかと、カリーナは俯く。

「このまま黙っていると、きみは自分の言い分を主張する機会もないまま処分される。どうしても、言えないのか?」
「っ……」

 もう、涙が出そうだった。
 嘘をついてまで欲しがった相手は、これっぽっちも自分のことを意識していない。
 自分は、彼にとって、そういう対象ではない。
 好きだから。あなたが欲しかったから。そんな思いにすら、気が付いてもらえない。なにも届かない。
 
 気が付くぐらい、してくれたっていいじゃない!

 悔しさ。悲しみ。虚しさ。
 カリーナの赤い瞳に、涙がにじみ始める。
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