青空くんと赤星くん
「お子ちゃまなんだからー。お堅いというかー」
「ねぇ、餅ちゃん」
私が前屈みになると餅ちゃんも背を屈めて机の中心に寄った。
電気を消してロウソクに火を付けたら怪談話をしているように見えるだろう。
「変なこときくよ?……体の相性って好きになっちゃう原因になる?」
「な、る、よ。当然なる」
「あのね……赤星くんに抱きしめらたとき……すごく痺れたの」
「赤星100点じゃーん!」
「しーっい!」
放課後も教室に残っているのは私たちだけだけど、廊下はたまに人が通っていた。
私は手をくの字にして頬にあてながら続けた。
「でも、甘党王子様のときはそんなことなかったの」
「体の相性だね。これは大きいよね~。体の相性って好きとは相関しないからな~。さすが運命の相手!」
「そうなの!?好きだからより感じるんじゃないの?」
「うーうん。餅、渡辺くんのことけっこー好きだけど、あんまりだったの。でも、他校のあんまり好きじゃない彼とはキスで腰ぬかしたことあるもん」
「……渡辺くんとどこまで進んだの?」
「ベッドまで」
「ま、待って。だって、えっと、土曜日にデートだったよね?」
「そー、その日」
「その日に!?あの鼻血流してた渡辺くんが!?」
想像したくないのに、餅ちゃんと渡辺くんが勝手に頭の中のシングルベッドの上で不器用に転がってきた。
「しーいっ!それは落ち込んじゃうから忘れてあげて。とにかく、体の相性は肌と肌が合うのかなー?フェロモンの相性がいいってことだから、好きの気持ちとは関係ないよー」
「そうなんだ。私てっきり赤星くんのことが好きなんだと思った」
赤星くんがふれると、体中が甘く痺れる。
それが私の恋心を決定づけるんだと、どんなに理屈をこねても体は正直なんだと思っていたのに……。
ガラガラっと音がして、アイスが帰ってきた。
手には新しい缶ジュースを持っている。
「なんの話し?」
「えっとね、えっとね、ガナッシュ作るときにさ、生クリームとチョコレートに温度差がありすぎると乳化できないでしょ?……そんな感じの話」
「相性のはなしー」
「なる」
あえて大きくジュッジュッと音を鳴らして紙パックを平らにすると、アイスが「飲む?」とソーダをくれた。
にっこりして受け取れば、さっきの悪い後味も爽快にはじけていった。
「そういや姫のアカウントなくなったよ」
「ほんと!?」
「うん。もう甘党王子は学校来てないし、興味なくしたんじゃない?」
「よかったねー」
姫のアカウントを検索してみると、ヒットはなし。
安心感を覚えると同時に、妙に不安にもなった。
あの放課後の狂気じみた姫を見た自分としては、興味をなくすとは思えない。
青先輩にばれることを恐れて削除しただけなんじゃないかな。
それとも、本当に熱が冷めてしまって、梨華先輩は誰か別の人の姫になっているとか?
よく彼女のことを知っているわけじゃないし、リアコの個性的な思考回路は捉えがたかった。
ゴロゴロ果実入りグミを噛みながら、今から自分のアカウントを再開してみようと決めた。
PHOTO BOOKにログインして設定から復活をタップすると、メールがなんと604通もたまっていた。
「見て。こんなにも嫌がらせメールが来てる!」
二人の「ゲェ!」と「やばぁ!」が重なって何かの呪文のように聞こえた。
本当に604通全てが攻撃メールなのかな?
試しに4通だけ開いてみた。
『今日廊下で見かけた。マジでウザイ』『殺せ!』
『クズ』
『キモイキモイ』
「クルミ生きてる?一斉削除しちゃいな」
「生きてる生きてる。心の支えになってくれる友達が二人もいるから大丈夫だよ」
自分が目を背けていた間に604本の矢が送信されていたとは……。
知らない世界を吸収して、この現実世界がその分膨らんだ。
まだ膨らむ余地がありそう、そんな余裕が持てるのは、アイスと餅ちゃんが今そばにいるおかげだよね。
机を6台くっつけて、その上に三人で寝っ転がった。
両手を繋いで上から写真を撮る。
カシャ
「あたしたちのこのポーズさ、ワンパターンじゃね?」
「卒業するときもさー、これにしよーね」
餅ちゃんが一生懸命に加工している間に、私は写真のメッセージに『クルミ餅アイス』と書いて投稿した。
リン
さっそく誰かが反応してくれたようだ。
……もしや姫?
「甘党王子様からグッドボタンきた!『かわいい』だって。……久しぶりだからジーンときちゃうなぁ」
「はぁ~?よくこのメンツにグッドが押せるなぁ。プリクラ事件の目撃者だぞ」
「甘党王子様のこと好きだったくせに~」
「そういう餅だって渡辺の前に狙ってただろ!」
「むぅ~」
もう今となっては笑い話だ。
ゲラゲラ笑う二人を見ていると、餅ちゃんの投稿した加工まみれの写真よりもずっと自然体で素敵だと思った。
私たちは部活動が終わる少し前に帰ることにした。
自転車置き場に向かうアイスに、「保険に入ってる?」と私はきいてみた。
「もち。だって義務じゃん。努力義務のところもあるみたいだけど」
「そうなんだ。気をつけて帰ってね」
「どした?いきなり」
「友達に事故に遭った子がいるから心配になったの」
「あたしはだいじょぶだいじょぶ」
アイスと別れた途端、餅ちゃんが目を輝かせて「柔道部行こう!」と言った。
「赤星くんいるじゃん!」
「だからじゃーん!餅は渡辺くんと帰るから、クルミは彼と帰るの!ほら行こーう!」
「ムリムリ。まだ返事決めてないの。今日だって朝から6限目までびっしり気まずかったんだよ?」
「それって明日に持ち越したところで解決するのー?」
「しないけど……。あっ!」
餅ちゃんが私の鞄を奪って逃げた。
プリ機まで走ったときもそうだったけど、餅ちゃんの足は速い。
ああ、もう!
遅れて第二体育館に着くと、開いている扉から「よいしょお」という柔道部員の声や、竹刀をカンカン打ち合う剣道部の音が外まで響いていた。
「渡辺くんにメールしといたー。クルミが赤星くんと帰りたがってるーって伝えといてって」
「もーう!」