青空くんと赤星くん





部活が終わってグラウンドに出ると、道着を着た赤星くんが小走りで中庭の方へ向かっていくのが見えた。



餅ちゃんが「渡辺くんは一緒じゃないの~?」と叫ぶと、彼は驚いたように振り返って唇を少し動かした。
あれはたぶん「うっせーな」と言ったな。
そして一瞬迷ったような表情をしてから、口元に人差し指をあてたあと手招きをした。



「なーに?黙ってかかってこい、ってことー?」
「ちがうよちがうよ。黙ってこっちに来い、って意味」



私たちは忍び足で赤星くんのそばに寄った。
彼が顎をクイっと動かしたので、壁から顔だけを出してその指した方を覗いてみた。



そこには青先輩と梨華先輩がサッカーボールの上に座ってなにやら話し込んでいた。



慌てて顔を引っ込めて、私は小さな声で「なんで立ち聞きなんかしてるの?」と聞いたら、赤星くんとアイスと餅ちゃんがそろって「っしー!」と言った。



微かな話し声が聞こえてくるけど、でもよく聞き取れない。
ギリギリまで近づいていく三人に私もついていった。



「プリ機で出くわしたとき、俺パニックになってね。追いかけもしなかった。連絡も……」
「それはミスったね」



壁から少し顔を出すと、梨華先輩はゼッケンをつけている青先輩を愛おしそうに見ていた。




「くるみを傷つけるつもりはなかった」

「うん。すごく惚れてたのは……見ててバレバレだったよ」

「まじか。隠し通せると思ったんだ。くるみが傷つかないように、徹底して隠してたのに」

「セフレの子も?」

「もちろん。相手にだって彼氏いるしね。俺たちのルールでさ、お互いの恋愛に干渉しないでただの肉体関係でいるって決めてるんだ。デートしないし、友達として遊びもしないよ。相手に興味も無いしね。……わかってもらえなかったけど」




『くるみ』と名前を言われると、かくれんぼしてる気分になる。
というか、友達の前ではくるみって呼び捨てなんだね。
私の前ではくるみちゃん呼びだったのに。



そのままひんやりしたコンクリートの壁に体を寄せて耳を澄ませた。




「プリクラで証明プリ撮ったくらい許してあげればいいのにね。……梨華なら許せるけどな」

「いや、そこはわかってくれたと思う。ただ、セフレのことがだめなんだ」

「それも、梨華なら容認できちゃうなぁ。優翔は悪くないよ。絶対に悪くない!」

「そうかな?俺の方が随分と悪いのは、道理が通ってないのはわかってるんだ。でも、ありがとうね、心配してくれて。俺もう帰るよ。ゼッケン返さないといけないし」

「まって。優翔のせいじゃないよ。優翔を受け入れてあげられない彼女が悪いんだよ?」

「ありがとう。とにかく、そういうことだから。別れたのは俺のせいなんだ。じゃあ、卒業式の日にね」

「まって!……ねぇ、梨華が彼女なら、そんなことで別れたりしないよ……?」

「ごめん、もう帰るよ」

「……そんなにくるみちゃんがいいの?」

「そうだよ。ごめんね、梨華……」

「べつに梨華は……。でも、くるみちゃんにふられたなら……。次は梨華みたいな彼女がいいってことだよね」

「梨華みたいにって、セフレと恋人は別ものだって理解してくれるって意味では、そうだね」

「梨華いいこと思いついた!梨華も優翔のセフレになってあげる。でも、くるみちゃんには黙っててあげるよ。梨華もそのセフレみたいに邪魔したりしない。くるみちゃんにはセフレと別れたって言っておけば優翔のところに帰ってくるでしょ?」

「……」

「だめ?」

「だめだね。隠せないって痛感したんだ。プリのときみたいに、いつかは必ずばれるものだよ」

「そんなことない!梨華は口堅いし、体だけでもいいもん!」

「違うんだ。梨華が気をつけても意味ないんだよ。それは梨華の視点から見た世界で隠してると思ってるだけでさ、実際はそれじゃ足りないんだ。俺の視点から見た世界とくるみの視点から見た世界は、同じこの世界ではあるけど、別世界として映るんだよ。梨華の世界は梨華の目からしか見えないだろ?俺がどれだけ梨華の世界を想像しても、それは俺から見た梨華の世界であって、梨華の世界じゃない。……くるみの世界はくるみしか見ることはできないし、世界はたった一つだけど、その中に何十億の世界があるんだ。そんな世界をかいくぐれるのは神だけだって、プリで思い知ったわけ」

「でも……、でも、隠すのはくるみちゃんのためにもなるじゃん?」

「何よりも、まただましてくるみを傷つけることはしたくないんだ。そんなことをしたら、もう二度と信用してくれないだろうね」

「大丈夫。梨華、頑張るから……」

「後悔してるんだよ。本当にくるみを傷つけるつもりはなかったんだ。だから、悪いけど」




悪いけど、と聞いたとき、赤星くんが急に立ち上がって壁の向う側に出ていった。




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