青空くんと赤星くん
「は?バカ言ってんじゃねぇよ。浮気してることがばれたら傷つけるってのはわかってたんだろ」という低い声が聞えた。
私とアイスと餅ちゃんは静かに尻もちをついた。
隠れているのに登場してどうするの!
青先輩があのまん丸おめめで驚いているのが、見えなくてもわかる。
道着を着た大熊が後ろから突然現れたのだから……。
「赤星……立ち聞きしてたのか。……もちろんわかってた。だから、傷つけないように慎重に隠してたさ」
「だったら、そのリスクを承知で踏み切ってんだから、『傷つけるつもりはなかった』なんて理屈は通らねぇよ。傷つけてもいいほど浮気したかったって言えよ」
「……」
「傷つける、その可能性をわかってたんだろ。だったら言い訳にしか聞こえねぇな」
「……」
「なによ!盗み聞きしといて偉そうに!」
「いや、梨華。赤星の言うとおりだよ。それに、この状況もさっき俺が言ったとおりだ。くるみは知りようがないとか傷つきようがないなんて、やっぱりありえないんだ」
「そのとおりだ。な?」
……な?
「和牛?」
……和牛?
「和牛~」
……和牛といえば、近江牛、松阪牛、神戸牛の日本三大和牛があるけど、赤星くんの言う和牛は牛尾田のほうだよね。
あああ……。
「和牛!」
背中をアイスと餅ちゃんに押されて、私はでんぐり返しをするように前に転がり出た。
これも見なくてもわかる。
青先輩の目玉がこぼれ落ちないといいけど……。
梨華先輩の「っげ」というか「っち」という声が聞えた。
「……くるみちゃん。会うのは久しぶり」
「お、お久しぶりです……。盗み聞きしてごめんなさい」
「こっちこそ、変な会話を聞かせてごめんね。……そうだ、今から一緒に帰ろうよ」
赤星くんが「あ?」と反応すると、「元カノを口説いちゃ悪い?」と青先輩が笑顔で返した。
「待ってよ優翔!」
「おいこら、梨華ってやつ。ちょうどいい、おまえは俺と帰るぞ」
「え?」「は?」「ん?」という梨華先輩と青先輩と私の声に混じって、後ろからアイスと餅ちゃんの「「なんて言った?」」という声も混じって聞こえた。
「なんで梨華があんたなんかと!」
「プリンセス」
「っ……。わかった……帰ってあげる。優翔、またね!」
梨華先輩はここから一刻も早く立ち去りたいのだというオ―ラを放って、赤星くんよりも怖い顔をして帰っていった。
「ああ、またね……?」
青先輩はプリンセスに引っかかっているようだけど、まぁいいやという感じで手を振り返した。
帰る前に赤星くんが私の耳元で、「躊躇なくふれ。和牛がもたもたしてっと俺たち始まらないだろ」と言った。