青空くんと赤星くん





「……青先輩、ゼッケン返しに行きましょう?」
「そうだった。今日さ、1,2年生と最後の試合しに来てたんだ」
「そうだったんですね」



私は壁の向こうにいる二人に「また明日」と心の中で挨拶をした。
すぐに、「明日ちゃんと報告してよね」と返事がきた気がした。



「さっき赤星が言ったことだけど……。たしかに、傷つけるつもりはなかった、は嘘かもしれない。でも、まただましてくるみちゃんを傷つけることはしたくない、は本当だよ」



青先輩が私の前に立って、まっすぐ目を見て言った。
それに嘘が無いことは、さすがにわかるよ。
私もまっすぐに見つめ返した。



「はい。信じてるというか、わかってます」
「よかった」



サッカーボールとゼッケンを青先輩が返しにいっている間、私はサッカー部の近くにある大きな桜の木の下で待っていた。



なんだか、太りたくないのにケーキを食べて『太るつもりはなかった』と言う人に似ている。
赤星くんにしてみたら、太るとわかって食べたくせに何を言ってるのやら、となるんだろうけどね。



今までずっと頭の中で回転していたカードが静止した。
青先輩が私にくれた『好きだよ』が、カードの表裏みたいにひっくり返っては『嘘』になったり『好きだよ』になったりクルクルと宙に浮いて回転していたけど、今は『好きだよ』にピタリと止まった。



青先輩が制服姿で戻ってきた。
未練を断ち切らなきゃ。



「お待たせ。何か食べて帰ろうよ。卒業祝いでばぁちゃんから5万もらったんだ」
「ろ、ロマンチックなムードになるなら、行きません」
「警戒されてるなぁ」
「太った責任の取り方は、ダイエットして痩せるしかありませんよね?」
「なんの話?」
「それなら、傷つけたその責任の取り方は……ありえないほど一途に愛してくれる、それ以外にありますか?」
「……」
「青先輩にはできませんよね?」
「セフレと縁が切れないなら、完全にさようならしたいってことかな?」
「完全にというか、口説かないでほしいんです……」



青先輩がポケットに手を入れて、それを私の手の平に置いた。



「ビラ配りした夜に買った。これで引き留めようとか考えてたんだ。ずるいよね」
「……」
「はめなくていいから、持ってて」



未来のお嫁さんを約束するかのように、ピンク色に光る指輪が手の上でチカチカと瞬いている。



城元駅のショッピングモールでデートをした日に結婚指輪をはめる遊びをした、そのときの指輪だ。
それを青先輩ひとりを残して私が先に帰ってしまった日に買ったんだ……。
私を想ってくれたその証が、胸をキュっと貫いた。



指にはめることはできなくても……。



かわりに5本の指で指輪を包むと、青先輩がその手を引いて抱きしめた。



「思うんだけど」
「……」
「俺たちのキスっていつも甘かったよね」



上から甘い香りがかかって、舌をシュガースプーンのように丸めて甘い唾液を交換した。



……このシロップ味、好きだったな。



いつも甘いものばかり食べていた私たちだけの、特別な味。
コクリと飲んだとき、あのときのキスがよみがえった。






『これからそういうことがあったら、俺にちゃんと言って?くるみちゃんが傷ついた分、俺が愛してるって伝えるから』

あ、あいしてる……?

『愛してるよ』

『……』

愛してるよ、だなんて、もう言っちゃっていいの?
私もだよって言ったほうがいいのかな?




――――――――――迷う時点で、私の心は決まってたみたい




『いま、くるみちゃんがすごく欲しい』

『っ……』

してみたい、という欲に、唇だけがついていく。
今までで一番優しいキスだった。




――――――――――体の関係を持つと、まるで心まで繋がったような気になるんだな。
でも、私は青先輩とどこまで唇を重ねても、心は変化しないように思えた。
このきれいな唇や肌を、自分のもののように愛おしく感じられる日はこないだろう……。






「青先輩。ありがとうございました」
「俺こそ、ありがとう。ホットラムチョコレート楽しみにしてるよ」



それまで、さようなら。




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