青空くんと赤星くん





「拍手でお迎えください」



3月1日の9時30分、卒業式が始まった。
空席がちらほらあるのは、卒業式なんて在校生にはどうでもいいから休むわ、という赤星くんのような生徒がいるからだ。



「卒業生、入場」



開式15分前には着席していた在校生や保護者たちが一斉に手を叩いて振り返った。



左の胸に赤い薔薇の式典用リボンをつけた卒業生が、中央の通路を進行してきた。
卒業生の折り畳み椅子の列に向かって直角に曲がって座っていく規則正しい動作が綺麗で、見ていて気持ちがいい。



青先輩が入ってきた。
たくさんの椅子に囲まれたこの一本道ではどうしたって右折も左折もできないように、彼もイケメンの道から外れることはできないらしい。
その進行速度と同じペースで女子生徒たちの首が動いている。
これも見ていて気持ちがいいほど揃っていた。



自分の元カレが異性からモテるというのはちょっとくすぐったいもんだ。
今でも彼氏だったらヤキモキしたんだろうけどね。



国歌と校歌の斉唱をして、先生たちが一礼してから壇上に上がった。
紅白の幕が垂れているステージには、『令和四年度 加茂高等学校卒業証書授与式』と書かれた式典看板と演台花、校旗と日本国旗が飾ってある。



「青木隆」
「はい!」
「普通科の課程を修了したことを証する。おめでとう」
「青空優翔」
「はい」



青先輩が呼ばれてから卒業証書を受け取りお辞儀をする一連の流れを、私は花を愛でるような気持ちで眺めた。
元カノ、この距離感がもう心地良いものになりつつある。
私も卒業にあやかって、彼を惜しむ気持ちからきれいさっぱり卒業しよう。



「井上春奈」
「はい」



……約200人ほどの長い長い卒業証書授与が終わった。
次に校長と来賓の方々の祝辞、在校生の送辞という催眠術師の登場により、在校生は睡魔と闘うことになった。



3組の学級委員であり中野夫人の夫である中野くんがお別れの言葉を述べた。



「卒業生のみなさん。本日はご卒業おめでとうございます。在校生一同心よりお祝い申し上げます。今日この日を迎えることができたのは、いつもそばで支えてくださった温かい先生方~~」



それが終わり、お次は卒業生代表者が答辞を読み出したとき、平山の頭がユラユラと揺れているのに気がついた。
「感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました」でしめたころには、彼の頭はガクンと下がっていた。



「全員、ご起立願います」の号令にも、旅立ちの日の合唱中でも平山は眠りこけていた。
周りの誰もが彼を起こさなかった。
式の後に、この驚きの睡眠力で平山くんが伝説の在校生となるために。



「卒業生、退場」



あ、梨華先輩だ。
ポニーテールを揺らして出口に消えていく姿を見ると、心にあった石が2つ3つ消えていった。



そういえば、赤星くんにプリンセスと脅されて一緒に帰るはめになった姫こと梨華先輩。
次の日に、「あのあとどうしたの?」と赤星くんにきいてみたけど、詳しいことは教えてくれなかった。



ただ、「地獄を見せておいたから、もう手だしできねぇよ」とほくそ笑んで、「もう安心しろ」と一言添えてくれた。



保護者の方から響いてくる嗚咽や鼻をすする音のなか、卒業生たちは去っていった。




< 106 / 115 >

この作品をシェア

pagetop