青空くんと赤星くん





卒業式が終わると、2年生はその片付けがあった。
3年生のクラスから体育館までの道のりに貼りつけてある、『3年生のみなさんへ。卒業おめでとうございます』という飾りつけを剥がすのが3組の仕事だ。



「甘党王子様に告白ラッシュおきてるらしいよー。餅も一応告っておこうかなー。ラストチャンスだしー」
「もう生の姿は見れないのか」



餅ちゃんとアイスは二人そろって遠い目をしてため息をついた。
彼女たちも青先輩を見て胸が高鳴る人たちのひとりだったな。
私は二人の間に割って入った。



「ちょっとぉ。意気消沈してるの?」
「そりゃね。他にアイドルいないし。稀有な存在だったよね。学校でウキウキさせてくれる存在は甘党王子だけだった」
「スカート短くしーちゃおう、なんてよくやったなー」
「餅には渡辺がいんじゃん」
「別れたー」
「「はやっ!」」



私とアイスは手を止めた。



「だってー、『自分の気持ちをごまかすな』とか、『俺のメールを都合よく解釈したりしないで』とか、『愛してほしいとか、あれこれしてほしいばっか言うな』とか……。うるさいんだもーん」



そして餅ちゃんにしては珍しく、「渡辺くんのバカ……」と悲しそうに言い、飾りから両面テープを剥がしてアイスの腕にはっつけた。



「……これ平山の背中につけてくるわ」



アイスはテープを集めてちょっかいをかけにいった。
本当はこの暗い雰囲気から離れるための口実なんだろうけど。



「渡辺くんのかわいい感じ、餅好きだったなー……。クルミはもう甘党王子様のことなんとも思ってない?」
「恋愛的な意味では、なんともかな」
「良い友達って感じ?」
「ともだち、かぁ」



そもそも友達期間だったことがない。
初対面で告白されて、そこからスタートした関係だったからなぁ。



青先輩といい餅ちゃんといい、友達期間をすっとばして両思いが確定していないのに告白できる行動力の高さには驚ろくもんがある。



「友達というか、元カノなだけって感じかも。う~ん」
「友達にすら戻れない元カレって、なんだったんだろー……」
「ん?」
「餅さー、元カレと喧嘩別れか自然消滅しかしたことないの。別れた後もたまには連絡とってもいいなって思うけど、別れた途端にゼロに戻るの」
「ゼロになちゃうの?」
「うん。付き合ってるときはラブラブでも、最後にはプッツン」
「どうして友達には戻らないの?」
「一目惚れで付き合うことが多いからさ、友達に戻れないんだよー。友達だったときどんな感じだったっけー?みたいな。友達のときから手繋いだりしちゃうからなおさらー」
「そういう手繋いだりキスしたりさ、そういう有線みたいな絆もいいけど、無線でも繋がれるような絆がほしいよね」
「餅にはむずいかも~」



膝小僧を抱えた餅ちゃんに、ちょこちょこタイムを渡した。



「甘党王子様はね、このちょこちょこタイムを私が持ってたから好きになったっていうか、それが起点だったらしいの。そんな簡単に恋に落ちちゃうんだって驚いた。でも、私も私でね、甘党王子様から好きって告白されて、特に好きでもないのに恋活したいからOKしたの。そんな好きって言われたから好きになるみたいな自己愛からお付き合いしたの」
「クルミに一目惚れしたんだと思ってたー。他に接点なかったし」



青先輩とデートするたびに、「あー!それ私も好き!」が続いて楽しかった。
これって、もしかして、もしかしなくても、気が合うってやつなのか、とお互いに思ったらしかった。
しばらく黙ったあと、はにかんだように「俺たち気が合うね」と言われてしまえば、恋に落ちる瞬間って、そんなものかなって。



「どんな始まり方でもいい。告白から始まってもキスから始まってもいい。どんな始まり方でも、愛情をいっぱい注ぎたい!って思える人だったらね……。私、次は赤星くんとそんな恋がしたい!」
「いいねー」



餅ちゃんは口を大きく開けて、袋ごとチョコをかきこんだ。



「餅ねー、大好きだった元カレが一人だけいるんだー。初恋の人でもあるんだけどー。自然消滅したあともその彼が置いてったゲームソフトだけは捨てられないんだ。わざと返さなかった……」
「それ持って会いに行かないの?」
「返したら、もう本当にプッツンだから……。彼は結婚しちゃって、復縁は不可能なんだな」


プッツンな関係……。
時が経つにつれて、何の血も通わない他人同士になる。



でも、私と青先輩には約束がある。
約束がある限り、距離はこれ以上離れない。
私と青先輩の約束、餅ちゃんと元カレのゲームソフト。
その唯一の接続キーはお互いを結び付けている青い糸のようなものだ。



「青い糸って知ってる?」
「知らなーい。赤い糸なら知ってるけど」
「青い糸は私が今作った概念で、初恋の相手と繋がってるの」
「知るわけないじゃーん!」
「ごめんごめん。幼い恋、恋に恋する青い糸って意味。青には若いの意味があるから」
「へ~。運命の赤い糸と結ばれるためのイニシエーション的な~?」
「そんな感じ!青い糸も大切に繋いでていいよね?」
「いいに決まってるー!人の愛情は無尽蔵なものだもん。どれだけでも生まれる果てしないものって餅は確信してる。みんな好きになるべしー。はぁー。新入生にイケメンいるといいなー」



アソートチョコレートのように、色々なチョコのひとつひとつに魅力が詰まっている、それが餅ちゃんの恋心なのかもしれない。
異なる味わいも香りも、ひとつずつ手に取って味見したくなる、そんな贅沢な恋心。




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