青空くんと赤星くん





……もうあと数時間で、この近距離も終わりなんだな。



私たちは終業式をすませて教室に戻った。
3組のみんなはこれまでの時間を反芻するみたいにゆっくりと深く椅子に座り、担任の浜崎先生の話に耳を傾けた。



「先生がこの一年間みんなと過ごして実感したのは、ひとりひとりに新しい可能性が次々に生まれていく、ということでした。個人の目標からクラス全体の目標まで、何か目標を立てれば逆算して計画を立て、今必要なことを実行できる、そんな素晴らしいクラスだったと思います。……みんなは、この一年間の学校生活はどうでしたか?3組でよかったですかー?」



平野先生は教壇の上からみんなに質問した。
そこかしこから「はーい」や「よかったでーす」という肯定的な返事があがった。



「よかったと今思い浮かべた景色は、この先もずっと貴重な思い出になるはずです。困難に直面したときは、その財産を思い出してくださいね。一年間ありがとう。このクラスの担任になれてよかったです」



私は目じりにハンカチをあてながら、昔お母さんから『あなたを産んでよかった』と言われたことを思い出した。



「みんなは4月から受験生になるわけですが、遊べる時間は今よりもずっと少なくなります。2年生のときよりも毎日が倍速で過ぎていくでしょうね。でも、頑張ってください。担任じゃなくなっても、先生はいつでも相談にのりますから」



あらかじめ用意しておいた花束を中野くんが先生に手渡し、みんなで隠し持っていたクラッカーがパパパンッ!と一斉に鳴ると、先生の目から涙がこぼれた。



「泣いちゃった~。かわいい~!」



女子生徒たちから声が上がった。
ハンカチやティッシュで目元を覆っている子や、袖口でさっと涙を拭く子がこの席からはよく見えた。



浜崎先生の話が終わると、今度はみんなが一人ずつメッセージを伝える番になった。
私は自分の番が近づくにつれて心臓が痛いほど跳ねあがり、席から立ち上がったときには完全にあがっていた。



お、ち、つ、い、て……。



こういうときは周りの人をトマトだと思えば緊張しないって聞いたことがある。
トマト、トマト、とイメージしながら視線を上げると、アイスと目が合った。
手でグッドポーズをつくっている。



トマト、じゃなくてアイス……、ありがとう。
伝えたいことはちゃんと言わなくちゃね。



「4月からこのクラスじゃないって思うと寂しいです。同じクラスじゃなかったら、たぶん友達になれなかった子がたくさんいたと思うので、このクラスになれて幸せでした。……3学期は特に大変なことばかりだったので、友達がいなかったら学校に来れてたかわからない日もありました」



本当はずっと姫を気にしていた。
私の中で姫は陰口の権化となって、姫と同じ国に住む顔の見えない不特定多数の存在とともに肥大化していた。
姫をブロックして自分から近づかないようにしても、何気ない瞬間に足を引っ張ってくるかもしれない、と脅威を感じていた。



「怒涛の3学期を安定して送れたのは……」



私は赤星くんを見た。
赤星くんも私を見ていた。



「友達みんなのおかげです。色々と力になってくれて、本当にありがとう。……あと先生、席替えしてくださってありがとうございました」



言いながら泣いてしまった。
勇気を出すと涙も一緒に出てくる私は弱虫かな。
浜崎先生にペコリと頭を下げると、先生は眉毛を上げて驚いたような表情をしたが、すぐに満足そうに微笑んだ。



先生が3学期に決行した席替えは、机と椅子はそのままに人だけが入れ替わった。
それは物理的距離が数メートル近づいただけなのに、友達になるきっかけ以上のものを運んでくれたんだよ。



席に座ると、隣から私にだけ届く小さな声で、「俺がいれば、なんとかしてやるよ」という言葉が聞えた。



最後は教室の後ろに机をさげてから黒板の前に全員集合して、クラス写真を撮ることになった。



セルフタイマーをセットした中野くんが、「10、9、8、7、」とカウントダウンを始めながらスライディングで戻ってくる。



「6!5!4!3!2!」とみんなが声をそろえた。



「さらばだ友よー!」平山が叫んだ。







カシャッ





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