青空くんと赤星くん





「ただいま~」
「くるみ!遅くなるなら連絡しなさい!ずっと心配してたのよ」



家に帰ったら、心配から安堵へ、安堵から怒りに変わったお母さんが玄関に立っていた。



「ごめんなさい」



素直に謝って洗面所へ向かう私のあとをついてきて、お母さんは「どこにいたの?」ときいた。
手を洗いながら、私はほっとした。
「誰といたの?」ときかれたら、答えに窮するところだ。



「駅裏の公園。大きい公園でね、夜景が綺麗で有名だって知ってた?」
「へぇ、そうなの。寒かったでしょう?」
「あんまりかな」
「お腹空いてるでしょう?シチュー温め直すからね」
「ありがとう。あ、たこ焼き食べたよ」
「あら、珍しい。お昼代足りなかったでしょ?」
「奢ってもらったから大丈夫」
「こらこら。お友達におごってもらわないの。ちゃんとお礼しなさいよ」



ガラガラうがいをしながら考えた。
奢ってくれたのは友達じゃなくて彼氏。
付き合っていることを内緒にするのは学校の子たちであって、家族や親友は例外だ。



でも、どうしよう。
お母さんに言うのは、アイスに話すよりも緊張する。
特に、遅く帰った日に言うのはタイミングが悪い気がする。



リビングに行くと、お母さんがシチューの鍋を温めながら、違う小鍋で牛乳を温めていた。




「それもシチューに足すの?」

「これはホットラムチョコレート用の。ちょうど牛乳が余ったから使い切っちゃおうと思ってね」

「なにそれ?」

「ホットミルクにココアパウダーを溶かして、ラム酒と混ぜるの。美味しいのよ」

「飲んでみたい!」

「未成年だからだめ。これはラム酒がたくさん入ってるから飲めないわ」

「でも、ラム酒ってお菓子にも入ってるよ」

「あれは少量だし、お菓子だからいいのよ。飲酒するわけじゃないから未成年者飲酒禁止法にはあたらないの」

「飲むのがだめなだけなんだ。そうだよね、よくお酒ってチョコレート菓子の中に入ってるけど、未成年は食べるの禁止ですって書いてないもんね」




お母さんはラム酒のフタをひねって、40mlほど入れて軽く混ぜた。
コクのありそうなお酒の香りとココアの甘い匂いが合わさって、とても大人の味がしそうではないか。



私は写真を撮って、青先輩に覚えたての『ホットラムチョコレート』を見せてあげようと思った。



「お母さん。これ、お菓子用に少しもらっていい?」
「いいわよ。あ、そうだ。ラムボールを作ったらいいんじゃない?私が若かったころによく作ってたお菓子よ」
「それ作る!」



それ、はよくわからないけど、ラム酒の甘い香りが気に入ったからさっそく作ってみたくなった。
エプロンを着て、しっかりと手を洗った。



「お母さんの酔いがまわらないうちに終わるかな?」
「くるみさんってば面白い子ね。こんなの超簡単よ」



自分の娘をさんづけで呼ぶのは、うちのお母さんではありえない。
お母さんがお酒に弱いってことは、私も弱いのかな?
そこらへんは数年先まで謎だな。



言われた通り、お菓子の入った棚からカステラ、板チョコレート、アーモンドパウダーを出して、ココアパウダーとラム酒の隣に置いた。



「ラムレーズンってまだ残ってたっけ?」
「あるよ」



私は冷蔵庫からラムレーズンを出した。
この前チーズケーキを作ったときに入れた残りだ。
ラムレーズンって、このラム酒に漬けたレーズン(干しブドウ)なんだ。



「フードプロセッサーの中に手でバラバラにしたカステラを入れて回して。私はチョコを溶かすわ」
「反対にしよ」



少し酔っているお母さんに火を使わせるのは怖かった。
カステラを回しおえたお母さんは、アーモンドパウダーとラムレーズンもフードプロセッサーに加えて混ぜた。



「チョコ溶けたよ」
「一緒に入れて。ラム酒も加えて」



また回した。
混ぜ終わってフタをとると、風味豊かな匂いがした。



「手でボール状に丸めていって」



私は昨日の夜に作ったスノーボールを思い出した。
それと同じ要領で丸めればいい。
その間にお母さんがバットの中にココアパウダーを入れて、直径2.5cmほどのラムボールをまぶしていった。



「味見したら?あ~ん」



ココアパウダーがついた指が近づいたとき、青先輩と『あ~ん』をしあったことを思い出して、きまりが悪くなった。



「微妙?ラム酒は少なめにしたんだけどな」
「美味しいよ!ただ、お酒入ってるのがわかりやすいなって。玉子焼きに料理酒を入れすぎたときも、こんな感じだったな」



またお母さんに嘘をついてしまった。
お母さんに今日だけで二回も嘘をついた。
明日は学校の友達にも嘘をついたりするのかな。
ということは、青先輩にも同じように嘘をつかせるんだ……。
それはいやだ!



「大丈夫?」
「うん……」



「このラム酒、アルコール分が高いから保存性は高いわよ。日持ちは充分ね」



アルコール分が高いということは、殺菌力も高いのだ。



「教えてくれてありがとう。あのね、これを明日、……彼氏にあげようかなって思うんだ」



エプロンを脱いでいたお母さんの顔がパッと輝いて、「彼氏ができたの?あらやだまぁ!」と声を上げた。



「あらら、だから今日遅くなったのね?彼氏と夜景を観るなんて、素敵じゃないの」
「遅くなったのは、学校のみんなに見られたくなかったから、わざと時間をつぶしてたの」



青先輩の心証を悪くしないように、と思うと口が止まらなくて、言うつもりのないことまで、どんどんしゃべっていった。



お母さんはホットラムチョコレートをゆっくり飲みながら、うっとりと目を閉じて聞き入っている。



「お母さん?お母さん聞いてるの?」



と思っていたけれど、いつの間にか寝ていたようだ。




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