青空くんと赤星くん
自転車で帰るアイスとバイバイして、私は餅ちゃんと一緒に駅まで歩いた。
「彼氏と喧嘩したのー」
突然切り出した餅ちゃんは、アスファルトにむかって溜息をついた。
彼女が目を伏せると、幅広い二重が物憂げな眼差しへと変わって、少し色っぽい。
「どの彼氏?」
「男子校の、同学年の方」
私は餅ちゃんの彼氏を思い出そうとした。前にお弁当を食べながら、同時進行して付き合っている複数の彼氏の写真を見せてくれたことがある。
でも、餅ちゃんは彼氏が多すぎる上に頻繁に顔ぶれが変わるから、どれがどの子だったか思い出せない。
「何があったの?」
「何っていうかー。何にもないから喧嘩したの」
「連絡くれないってこと?」
「餅が連絡しなかったの」
「どうして?」
「とくに用事がなかったからー。そしたらさ、いっつも俺から連絡してばっかりだから、たまにはおまえからしろって怒られたの」
「どのくらい連絡してなかったの?」
「3週間くらい」
「3!?」
「これって自然消滅してたよね?餅は別れたと思ってたのにー」
餅ちゃんは怒られたことが気に喰わない、と言いたげに話を続けた。
「餅は愛されるより愛したい。追いかけられたり愛されたりするよりも、こっちが追いかける方が恋って楽しいよねー」
「えっと、彼氏が複数人いる餅ちゃんは、どっちかというと愛されたい人じゃないかな?」
「え~。餅は絶対に愛したい方だよ~。愛されるとすぐ飽きちゃうもん。その彼氏とはねー、3か月も続いたんだよ?」
「飽きちゃったのかぁ。そういうの、倦怠期っていうよね?」
「かもね。潮時かなー」
餅ちゃんは空に向かってぐ~っと背伸びをした。
私は3週間も連絡を待っていた彼の気持ちを想像してみた。
餅ちゃんが自分に飽きているなんて知らない彼は、音沙汰がないことをなんとかしたかったはずだよね。
押してダメなら引いてみろ作戦なのか、妙案が浮かばなかっただけなのか、時間が経っても餅ちゃんからのメールはこなかった。
痺れを切らしたとき、放置されたことにプライドが傷ついて怒ったのだろうか。
それとも彼女から存在を無視されたような仕打ちを受けて、寂しくて怒ってみせたのか。
そのミックスなのか。
「怒ることないよねー?逆切れだよ」
口をへの字に曲げて餅ちゃんが私を見た。
どうやら共感してほしいらしい。
「そうだね。彼の方も連絡しなかったんだしね。餅ちゃんはその間どうだったの?彼から連絡なくて不思議だったでしょ?」
「彼が餅を試してるのはわかってたから、そーゆー恋の駆け引きしてるんだなー、なんて思ってたくらい」
「もう彼のことは、全く好きじゃなくなった?」
「う~ん。微妙なところ。でも、餅からはふりたくないの」
「どうして?」
「恋人に飽きたからふるのって、ふったほうが悪者になるじゃん?ふられた方は被害者面するけど、気持ちが離れるのって仕方ないことじゃーん。悪い事じゃないのにさー」
私は餅ちゃんの気持ちも想像してみた。
気持ちが冷めた温度差のある状態で、相手から連絡しろ、と怒りの催促メールがきた。
このまま無視して自然消滅をしてしまいたいんだろうな。
これもありがた迷惑のうちかな?
せっかく愛してくれてるのに失礼で贅沢な気もするけど、彼は餅ちゃんのために愛しているわけじゃない。
自分が好きだから愛しているのであって、自分のためだからこれは親切じゃない。
自分の愛情を投げたらキャッチしてくれて、ちゃんと愛情で返してくれる。
餅ちゃんにはもう、投げるボールがない状態なんだ。
「今、彼から『好きだよ』って言われたら、餅ちゃんなんて返す?」
「『ありがとう』かな」
「それは告白されて断る人がする返事の仕方だよ」
「ほんとそー。でも、ふると傷つけるよねー。だから連絡しないでいたのに」
「そのさ、餅ちゃんのふらないのに塩対応なのは続けるの?」
「既読無視してたら、『俺ばっかり好きで疲れた』って文句がきたの」
「きっぱりふってあげた方がいいよ」
「う~ん。餅からはやっぱりふりたくないわけ。この気持ちわからない?」
「全くわからない。本音を言うとね、最初の方からついていけていないんだ」
ついついお互いに笑ってしまったけれど、餅ちゃんのどっちつかずの態度に、なぜか自分が彼に変わってビシッと言いたくなっている。
そのビシッがわからないけれど。