青空くんと赤星くん
「なんてゆーのかー。愛されることって気持ちがいいよね?生きる栄養になるっていうかー」
「わかる。恋人じゃなくても、家族もそうだよね」
愛情にもいろいろある。
愛のつくものには、人類愛、家族愛、友愛、そして恋愛なんかがあって、愛は愛でもそれぞれ愛の種類が異なってるのは、17歳の私でもわかる。
「うん。栄養の種類が違うけど、栄養は栄養だよね。彼氏からの愛は糖質」
「それ面白いね」
「甘くて即エネルギーになるの」
「彼の愛はもう糖質じゃない?」
「じゃない。あの彼は絶対必要なわけじゃないけど、いないと少し寂しいっていうかー。ミネラルっていうか無機質」
同じ意味だけど、ニュアンスが違う。
餅ちゃんの中では終わりかけている恋ってことかな。
「無機的な恋みたいな?」
「それー。あ、でも、ミネラルって五大栄養素のうちのひとつだから、生きるのには必要でー、だからあいつはやっぱりいるんだ」
「別れないってこと?」
「五大栄養素は5つ揃ってこそ健康になれるもーん。だから、あいつはやっぱ必要」
「それは5股宣言なの?」
「だってー。どの栄養素も必要不可欠じゃーん」
「栄養はただのたとえ話だよ。こじつけすぎ~」
「まーそうだけど。5股っていうか、それぞれ役割があるからさー」
「わかんないよ。五大栄養素を浮気の言い訳に使おうとしてない?」
「ちがうもーん」
「餅ちゃんは今まで一人だけと付き合ったことはあるの?」
「あるよー」
「そこから、どうして増やしていっちゃったの?」
「……今から言うことはあんまり人に言ってもわかってもらえないって思うから、言うのはクルミが初めてなんだけど」
「光栄です」
「でしょー。餅ね、一人だけと付き合うよりも、複数の人と付き合うほうが楽に恋愛できるって感じるの。一点集中しない方が、楽だから長続きするし、その分仲も深まるでしょ?どの彼氏もそれぞれ好きなところがあるから、一人だけに絞るなんて不自由だと思って。恋愛ってもっと自由でいいと思うんだー」
「彼とは延命するってこと?」
「そうー。ちょっとメールの返事するね」
餅ちゃんの複雑な恋心に振り回されていると、あっという間に駅に着いた。
「わっ。見てこれー」
餅ちゃんが私の方にスマホを傾けた。
メールには、『俺ばっかり好きでつらい。もうメールしてくんな』という文面で、たった今届いていた。
「即レスのわりに、メールしてくんな、かー。引き止めてほしいって感じ?」
「そういうことなの?」
私は額面通りの意味だと思ったけれど、彼のことは餅ちゃんの方がよく知っているし、二人のことをよく知らない私が口を出すことはためらわれた。
ICカード乗車券をかざして、混雑する改札を通った。
「めんどくさいなー。やっぱり別れるー。このまま返さないで、あいつからふった形にして終わらせる」
「さっきは無機質も必要だって言ったよ」
「餅はこう言ったの。必要なのはミネラルで、その役目が果たせるなら、彼じゃなくてもいーの」
自分の欲望に素直で正直に言っちゃえるところが、良くも悪くも餅ちゃんの性分だ。
「それに、今欲しいのは、ミネラルよりも炭水化物!別の彼氏はね、部活で忙しい人だからあんまり会えなくってさー。糖質制限させられてる感じなんだー」
「ちょこちょこタイムあげる」
「そーじゃなくって」
と断りつつ、餅ちゃんは二粒とってマスクの隙間から口へ入れた。
「ちょーど一人分枠が空いたし、摂取しよーかな?」
「それよりもさ、餅ちゃんの体を一人で満たせる人を探してみるのは?」
「そんな万能男子ってこの世にいるー?完全栄養食品は無いって抹茶先生が言ってたじゃん。だからバランスよく食べられるように、色々な食材を使って調理しましょうって。ほんとーにこれは、恋愛にも言えることだと思うなー」
「じゃあ、少量でも栄養価の高い男子を探してみるとか」
「それくらいならいそー。青先輩とか最高だよね」
……いま、なんていったの?
あおせんぱい?
「でも彼女できたらしいよー。フォトブック見たときショックだったー。あ、電車きた!」
じゃあねー、楽しかったー、と餅ちゃんは私と違う番線に走っていった。
私はふらふらと手を振り返して、行き場のなくなった右手を握った。
昨日の帰り道、青先輩が握っていた手。
ベンチに倒れるようにドスンと腰掛けた。
急に喉が渇いて、水筒を出して水分補給をする。
そういえば、水が五大栄養素に入らないのはどうしてだろう。
身体にとって水は不可欠な栄養素なのに、どうして仲間に入れないんだろう?
栄養素の定義ってなんだろう?
それとも、ミネラルウォーターという名前を考えれば、成分的に無機質の中に入っているのかな?
……なんて他事を考えて問題を先送りにしてはだめだよね。
餅ちゃんは、ミネラルと糖質を欲している。
これは、おやつに牛乳と菓子パンでもどうぞって話じゃないのだ。