青空くんと赤星くん
中庭を通るとき、青先輩を見つけた。
花壇のそばにある陽当たりのいい長方形の石に腰かけて、何人かの友達とお昼ご飯を食べている。
ああいうみんなが羨む縁台を独占できるのは人気者の証だ、と思う。
この学校の誰もがお昼ご飯を食べる場所を求めて、校庭や人気のない棟を彷徨い、結局は教室や学食で食べる子が多いから。
あ、梨華先輩もいる。
青先輩ってお昼ご飯は女子込みのグループで食べるんだな。
私はなんとなく数を変えた。
男女比は5対5。
まるで合コンみたいだ。
「一緒に食ってもらえば?」
「や、やだよ」
「彼氏なんだろ?」
「やっぱりさっきの話、聞こえてたんだ。隣で喧嘩しちゃって、ごめんね」
「やだね」
「や、やだって……。ごめんってば」
途中で購買により、赤星くんはおにぎりを8個も買って、それが入った袋を私に持たせた。
「お友達のぶん?」
「牛尾田の」
「わたしっ?」
「購買のメニューに飽きてんだ。だから、弁当と交換」
「そういうことね!でも、おにぎり8個も食べられないよ」
「好きなぶんとってけ。俺が残ったの食うから」
「わかった。なんの具が好きなの?」
私ははや歩きをしながらおにぎりを見た。
鮭、昆布佃煮、ツナマヨ、赤飯、またツナマヨ、カルビ、辛子明太子、あ、またツナマヨだ。
「ツナマヨが好きなんだね。3つあるから、1つもらっていい?」
「さっき好きなのとれっつったろ」
「ご、ごめん」
睨まれて、つい謝ってしまった。
背が高いから、上からすごまれると親からお叱りを受けている子供並みに萎縮してしまう。
「牛尾田って、苗字だけは雄々しいな」
「だけってなに?中身は気弱って意味?」
「そ」
「そうかな?」
「否定しろっつの。そういうとこだぞ」
上履きから外靴に履き替えて、着いた先はグラウンドのど真ん中。
野球場ならピッチャーの居場所に、もう6人が集まっていた。
がっしりとした体格からして、たぶん赤星くんと同じ柔道部の人たちかな?
もしかして、ここで食べるつもりなの?
赤星くんは無言でその輪の中に入っていった。
ちょうどCの開いた部分につめて座って、だいぶ狭いスペースを空けてくれた。
私は赤星くんの大きな体に隠れるように、そこに無言で座った。
砂の上に制服のまま座るなんて汚いな、とは思いつつ。
6人が一斉に声を上げた。
だいたいは、『おいおい。おまえ誰だよ?』という意味だ。
そうだよね、そうなるよね。
私はいたたまれなくなって赤星くんを見ると、お弁当を開いて、「エビフライが6本も入ってんぞ」と驚いている。
「それは、お母さんがアイスと餅ちゃんに、あ、小枝さんと持田さん用にも2本ずつ揚げてくれたの」
「ラッキー」
赤星くんがタルタルソースの入った小さなタッパを開けてエビフライにかけた。
手で1本掴むと、真似するように横から5本の腕が伸びてきて、あっという間に売れてしまった。
私はランチバッグのポケットから携帯式ウエットティッシュを出して6人に配った。
自分も手を拭いて、ツナマヨの封を切った。
「「「「「「いやだからおまえ誰?」」」」」」
6人が声を揃えて突っ込んだ。
「牛丼」
卵焼きを食べながら、赤星くんが答えた。
「牛丼?違います。牛尾田です」
「牛尾田?ああ、青先輩の新しい彼女だろ?」
6人の中で最も小柄な男子が言った。
私はツナマヨをなんとか飲み込んだ。
こんなところにまで広まっているのか。
小柄の男子に頷いてみせると、彼も無言で頷いて、赤星くんを見た。
「赤星が牛丼を連れてきた理由は?」
「牛尾田です……」
赤星くんが酸っぱそうな顔をして、「それは」と言った。
お母さんが自分で漬けた自家製梅干しおにぎり……ちょっと酸っぱいんだよね。
友達と喧嘩してハブられてるって言わないで……。
私のツナマヨは強く握られ過ぎて、具が外に飛び出していた。
なんて言うの赤星くん?
「あれ?くるみちゃんじゃん」
声のした方を見ると、サンドイッチを持った女の子が立っていた。
その子は1年生のとき同じクラスだった、「望ちゃん!」だ。
「久しぶりじゃん。元気?」
望ちゃんが私の隣に座ると、小柄な男子が私を軽くにらんだ。
……知らなかった。
この二人はカップルなんだ。
それから、なぜかこの車座の雰囲気が変わった。
男女比が変わったおかげなのかわからないけど、6人の誰もが、なぜ私がここにいるのかをきかなかった。
「ほら、赤飯でいーだろ?」
赤星くんが袋から赤飯を取ってくれた。
「お赤飯はお気に入りじゃないの?」
「赤飯は食わねぇよ」
「そうなの?私は大好物なの」
「じゃあ食えよ」
好きだと思ったら当たりかよ、と言いたげに赤星くんが笑った。
あ、かわいい。
私の大好きな笑顔がまた見れた。
坊主頭で首の太い男子がお腹をさすりながら、「もう3日もクソが出ねぇんだけど」と、正面の長髪男子に向かって言った。
「まじかよ」
「屁こくなよ」
「屁はでんのに、中身が出ねぇの」
「食物繊維を摂れ。ごぼう丸かじりしろ」
ワイルドだなぁ。
ヨーグルトでいいのに。
上顎に張り付いてしまったのりを舌で剥がしながら、私は黙ってみんなの話を聞いていた。
「ごぼうについてる土は落とすなよ。そのまま食べれば、下すのに効果的だ」
「下したもんも食えば、さらに効果的」
「だから、クソが出ねぇから悩んでんのにクソ食えっておかしいだろ」
「オェェ。吐きそう」
「吐いたもんも食え。自分の体から出したもんを食ってまた出して食うエコシステム」
「サスティナブル」
会話が雑というか下品すぎる。
でも、超くだらないおかげで、横腹が痛くなるほど笑ってしまった。
昼休みが終わる5分前になると、みんなが立ち上がって校舎に向かった。
私はお菓子の袋をしまいながら、赤星くんにこっそりと言った。
「弁当泥棒さん。ありがとう」
「やだね」
「ごめんねってば」
「やだね」
どうして『やだね』なの。
私は可笑しくて笑った。