青空くんと赤星くん





ほぼ満員状態の電車に揺られながら、どこかに寄り道していこうかな、と考えた。
家に帰りにくいのだ。



私のお母さんは専業主婦だから、家に帰ると必ずいる。
小学生の頃は学校が終わるとさっさと家に帰って一緒にお菓子作りをした。
中高校生になると、帰りも遅くなってその習慣は休日にかわったけれど、いつも家に帰ればお母さんが居るだけで、なんとなく嬉しかった。



ただ、こういう日は別だ。
目敏いお母さんは私のちょっとした態度からすぐに何かあったのだと察してしまう。
私はその目から逃れられたことがない。
そんな日の翌日、お母さんは決まってお弁当のご飯をお赤飯にしてくれる。
お赤飯は特別な行事の日に食べるのが一般的だけど、うちのお母さんはそういう人だ。



それがありがたくて勇気をくれるときもあるけど、隠せない自分が情けなくなるときもあって。



ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン



小さな音が鳴った。
腕を自由に動かす隙間もないほど混みあっている車内では、スマホを手に持つだけでも一苦労だ。
なんとかスマホを見ると、PHOTO BOOKに40通近くのメールが届いていた。
いきなりこんなにたくさん届くのは初めてで、急いで確認すると、目に飛び込んできたのは罵詈雑言の嵐だった。





『学校くんな』
『青先輩と別れろ』
『こいつじゃ釣り合ってない』
『カス』
『青先輩超かわいそう』
『ブスが調子のんな』
『死ね』





青先輩と付き合ってることがバレたから……?





これが自分宛ての言葉だとは信じられなかった。
信じたくなかった。



青先輩が私と付き合ったことで、たくさんの子が間接的にふられてしまったのは、ちょうどわかったところだった。
それでも、罵るのはやり過ぎじゃないのか。
失恋ってこんなにも人の心を真っ黒に染め上げるものなんだ。



検索エンジンから、今朝アイスが見せてくれた『加茂高の姫』というアカウントを探してみた。



その間にも、ポン、ポンと新しいメールが届いてくる。



「あっ」



姫のアカウントを開くと、そこには今日のお昼ご飯を食べていたときの写真が貼られていて、『青先輩の彼女、柔道部の男子たちとご飯』と投稿されていた。



読んでは駄目だってわかっているのに、外眼筋が凝り固まったように、画面の上で眼球が固定されてしまい、たくさんのリツイートを読んでしまった。





『浮気?ムカつく!』
『ゴミ女』
『青先輩が可哀想』
『こいつ同中だったけど、性格悪いよ』





そして、私の本名とPHOT BOOKのURLが貼られていた。





ポン
ポン
ポン





心の皮膚をピーと剥がされていくような痛みが走る。





ポン
ポン
ポン





震える指で、『削除してください』とリプライした。
柔道部の人たちを巻き込まないでほしい……。



けれど、すぐに『証拠隠滅?』『拡散されろ』という言葉が返ってきた。






ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン
ポン






ガタゴトと大きな音を立てて進む電車がブレーキを踏んで、車輪とレールからキキィーという悲鳴が響いた。
プシューという音が鳴って、電車が決壊したようにドアから乗客を吐き出すとき、一瞬体が浮いて、外まで人の波に押し流された。



足をとられて、咄嗟にホームの地面に手をつく。
誰かの靴が私のローファーを踏んづけていった。





おいていかないで。
今は一個人として見られたくない。
人混みの中にいさせてほしい…………。












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