青空くんと赤星くん
「3回目」
あ…………。
あかぼしくんだ。
大きな親指がやってきて、私の目じりをそっと撫でた。
「どこで降りんの?」
「羽根駅……」
「どこまで乗ってんだよ」
赤星くんは「乗り換えるぞ」と言って、私の腕を掴んだ。
混みあっている人混みを無理矢理かき分けて、たくさんの人にぶつかりながら反対側の電車まで引きずられるように乗り込んだ。
「ここはどこ……?」
「城元駅」
しろもとえき?
しろもとってあの大きい駅の?
私はやっと正気に戻った。
いつの間にか私は罵詈雑言の海でけっこうな時間流されて、しまいには溺れていたようだ。
「城元駅!やっちゃった!」
「うっせーな。座ってろ」
大人しく座ると、電車が揺れて動きだした。
大きな駅なのに、とてもすいている。
この車両には私たちのほかに3人しかいない。
「今、何時!?」
「うっせーな」
急いでスマホを……あれ、ない。
スマホがない。
「落とした?!」
「うっせーな!ここにあんだろ!」
「ど、どうして赤星くんが持ってるの?」
「牛丼が転んだ時に拾ってやったんだ。感謝しろ」
「そうだったんだ。ありがとう。ところで、赤星くんはどうして城元駅にいるの?」
「うっせーな」
今度は本気で嫌な顔をされたので、私は黙った。
スマホの電源をつけると、さっきの画面が現れて、捨ててしまいたくなった。
けれど、着信が18件もたまっている。
時刻は20時40分。
お母さんにメールをしなきゃいけない。
時すでに遅しだけど、絶対に心配して待っている。
『ごめんなさいお母さん!あと1時間くらいで帰ります!』
すぐに既読がついた。
すごく心配をかけている。
『連絡が遅すぎます。くるみが帰ってこないから、お母さんは何も手につきませんでした。とても怖かったのよ』
……怒られているのに、涙があふれた。
季節外れの夕立のような、激しい雨に降られていたのに、傘をさしてくれる人が二人もいたよ。
泣いてちゃだめだ。涙を拭こう。
ガンガン痛む頭の中で、悪口を言う人の数よりも、大切にしてくれる人の数をかぞえよう、と思った。
「『気を付けて、早く帰ってきてね。駅に着いたら連絡してちょうだい』……だとよ」
私の投げ出されたスマホを取って、赤星くんが朗読した。
静かに鼻水をかみながら、「わかった」と言うと、赤星くんは私の反対側の席に座りなおした。
乗客の視線から庇ってくれたのかな。
一人分の座席スペースに収まるにはきつい彼の大きな体は、とても優しい塊みたいだった。
「ありがとう。もう泣き止むから」
「4回目だぞ」
「何が?」
「うっせーな」
こんなに優しい心と頼もしい体を持っているのに、声だけはひねくれ者そのもので笑ってしまった。
一度笑うと、お腹がそれを覚えたみたいに、ヒッヒッヒッと止まらなかった。
「ほんっと、うっせーな……」