青空くんと赤星くん





青空先輩は私のPHOTO BOOKを見ながら、「くるみってかわいい名前だね」と言った。



「ありがとうございます。牛尾田くるみと言います」



まだ自己紹介をしていなかった。
今一度、長いスプーンを置きながら、何を言えばいいんだろう、と慌てて考えた。



「えっと、家の庭に胡桃の木があるんですけど、それに実がなった年に私が産まれたからそう名付けたらしいです。あ、2年3組です」



失敗した。
どうでもいいことを話した気がする。
でも、青空先輩はニコニコして頷いてくれた。



「くるみってナッツ類の中では、俺一番好きだな」
「私もです。アーモンドやピーナッツよりも好きです」
「一緒だね。嬉しいな」



笑うと満月のような丸い瞳が半月に変形して、かわいい。



「部活は何してるの?」
「料理部です」
「料理部かぁ。可愛らしくていいね。あ、だから食堂でお菓子を配ってたのか」
「見てたんですか?」
「かっこ悪いけど、けっこう見てたよ。
かわいい子だなーとか、俺も欲しいなーって思ってた」
「……気がつきませんでした。お、お裾分けしたかったです。……あ!今持ってます」



鞄からお菓子箱を取り出した。
これに家で作ってきたお菓子を入れて学校に持って行っている。
今日はちょうど友達が学校を休んだから、まだ余りが少しだけあった。



蓋をあけると、チョコレートの優しい香りが飛び出した。
濃厚ショコラパフェとも違うし、ココアとも違う、また違ったチョコレートの香りだ。



「マンディアンっていうチョコレート菓子です。チョコレートの上にナッツやドライフルーツをのせたもので、チョコが溶けて手につかないように、クッキーの上にのせてみました」
「うわ~!いろいろのってるね。いただきます!」



自分で作ったものを人に食べてもらうというのは、けっこう緊張する。
いま、青空先輩の口の中で何かのナッツが砕けた音がした。
箱に4枚だけ残っていたマンディアンを、青空先輩は全て食べてくれた。



「美味しい!レモンが入ってたでしょ?酸味が効いて爽やかだ」
「入ってます。ありがとうございます!」



ありがとうレモンピール!



「食べてもらえて嬉しいです。いま、何気にチョコレート祭りですね」
「プチ・ショコラ祭りだね」
「プチなんですね」
「甘党だからね」
「まだいけるんですか?」
「いけるね」
「私もいけます」
「おっ、いいね!他に何か頼もうか?せっかく甘酸っぱいレモンでしめたところだけど、箸休めだったと思えばいいよ」



チョコレートタルトを二つ注文して、またすぐにテーブルに運ばれた。
リッチな甘さがひかる層と、ほろ苦さをきかせた層の組み合わせを噛みしめれば、自然と笑顔になる。



「これを食べれば」



はしたないとは思いつつも、モグモグしながら言う。



「どんな仏頂面の人だって笑顔になりますね」



そのくらい美味しかった。
青空先輩は優しく笑って、「その笑顔を見れば、どんな仏頂面の人だって笑顔になりますね」と真似した。
恥ずかしかったから、真顔をつくってみせたけど、ますます笑われてしまった。
もう……。



「あ、青空先輩って」
「うん、なあに?」
「みんなから、たしか青先輩とか青って呼ばれてますよね?」
「うん。呼びたいなら呼んでくれていーよ」
「い、いえ。そういう意味じゃなくて……」
「もしかして、下の名前で呼びたいって意味だったりする?」
「ち、違います!」
「それは残念だな~。ねえ、優翔って呼んでみてよ」



甘い笑顔で誘惑しているように見えるのは、チョコレートの香りにあてられすぎたせいだよね、うん。



「あのですね、あのですね。色のつく名前って素敵だと思いますって続けたかったんです。中でも青は素敵です」
「青って『若い』の意味があるんだよ。青春とか青年に青がつくでしょう。青二才もそう」
「知りませんでした。……青虫も幼虫のことですもんね」



青空先輩は笑って、「青虫の場合は緑色だからかもね。昔は緑色のものを青と表現したんだよ」と教えてくれた。
たしかに、ほうれん草や小松菜も緑色なのに青野菜と言うなぁ。



「それで、そろそろ……返事を聞かせいただければ、と思います」
「え?何のですか?」
「え?」
「え?……あ!告白されたんでした……」
「くるみちゃんさ、スイーツで釣られてるの忘れたの?」
「それは、あのぉ……、そのぉ……」
「美味しそうに食べててかわいかったな。もし、俺と付き合ってくれたら、デートの度に甘いものをごちそうするよ」
「……ダメ押しですね」
「言っとかないと、ね」



生まれて初めてウィンクをされた。
青空先輩は本気なんだ。
からかわれているわけじゃないらしい。



チョコタルトはもう食べ終えてしまったし、生クリーム入りココアもグラスの底にココアが沈殿する前に飲み干してしまった。



空っぽのお皿を店員さんがさげた後は、片づけられたテーブルの上に沈黙だけが残った。





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