青空くんと赤星くん
恋活
ポン
ポン
もう、自分のアカウントを削除してしまおうかな、と一瞬思った。
でも、それって負けたみたいで、いやだ!
私はガバっと起きた。
PHOTO BOOKからの新着は0件。
一時停止してるんだから当然だ。
悪夢を見ていたわりに、よくわからないほどの勇気がみなぎってきた。
ただ、かわりに青先輩とアイスからの心配メールが山のように入っていた。
この二人も姫のことを知っているんだ。
今は5時13分。
早朝だけど、メールの一通くらいでは起きないはずだ。
私は二人に感謝しながら、『ごめんね、寝てました。大丈夫です。むしろ元気』と返して布団から出た。
顔を洗ってからリビングへ行くと、お母さんはまだ起きていなかった。
昨日ここに赤星くんが来たんだよなぁ。
その形跡は少しもないけれど。
――『明日な』
その一言がどれだけ心の傷にしみこんで回復の力になっているのか、昨日のありがとうだけでは伝わらなかったかな?
ならば。
冷凍庫を見ると、エビはなかった。
代わりに鶏肉を出し、冷水を流して解凍した。
「おはよう」
「きゃあ!……なんだ、くるみか。早起きじゃないの」
「今日ね、唐揚げ20個くらいほしいんだ」
「どれだけ食べるつもりよ」
「ちがうちがう。部活の子に配りたいの」
「あ、ちょうどいいわ。昨日のエビフライの油、使っちゃいたいから」
「お母さんはお弁当をよろしく。私が揚げるから」
エプロンをし、軟らかくなったもも肉を数枚並べて、一口大のサイズに切っていく。
エビフライじゃないけどいいかな?
餅ちゃんも食べてくれるかな?
食べてくれるといいな。
多めに作っておこう。
タレに浸している間に、学校へ行く準備をした。
「くるみ~。そろそろ揚げないと、間に合わないわよ~」
一階からお母さんが呼んだ。
昨夜は、赤星くんの家から自分の家に帰ってきたのが23時ごろで、その後すぐにお風呂に入って寝てしまった。
宿題は何もできていない。
1限目にある数学の宿題だけは終わらせておきたかった。
あとの宿題は10分休みに全力でやればいい。
「揚げて~」
私も叫び返した。
お母さんが揚げてくれる間に宿題をやっつけるぞ。
時間はあっという間に過ぎていった。
階段をドドドと下りてキッチンへ行くと、唐揚げの油はきれて、完全に冷めていた。
タッパに入ったマヨネーズもちゃんと用意されている。
「お母さん大好き」
私は後ろからお母さんをギューと抱きしめた。
「詰めるのと洗い物は、自分でやりなさい。甘えっ子なんだから」
中学3年生のころ、お母さんと手を繋いでスーパーで買い物をしていたら、たまたま同級生の子に会って、「まだ手繋いでるの?くるみちゃんてば、かわいー」と言われたことがあった。
なんだか自立できない甘えっ子の烙印を押されたみたいな気になって、それから自然に繋ぐことができなくなり、いつの間にか手を放してしまった。
私は子どもから大人までどんな年齢の人でも、手を繋いでいる姿を見ると、どうか常識にとらわれないで、好きなだけ繋いでいてほしいな、と思うんだ。
「抱っこは小学生になるまで」とか、「一緒にお風呂に入るのは小学生まで」とか、「手を繋ぐのは中学生まで」とか、よく言われるけれど、私はそういう常識がいつも悲しかった。
だから、ハグだけは大人になっても気軽にしたい。
……これは、甘えっ子なのかな。
本当はみんな何歳になったって、誰かと心をかよわせるように手を繋ぎたがっているんじゃないのかな。
手を繋ぐと、相手を強く感じられる。
安心感も得られる。
心を繋いでいるサインだ。
手を持つ動物にはとても自然な行為に思える。
それに、どのみち将来は介護をうけて嫌でも手を繋ぐんだから、もうずっと繋いでいればいいのにな。
自分の手を見てみる。
結局、お母さんから卒業しても、また青先輩と繋いでいる。
親から恋人へと手を繋ぐ相手がかわっただけだ。