青空くんと赤星くん
城元駅は巨大な駅で、その周辺には有名なブランド店やオフィスビルが密集している。
ここから歩いて2分のところに、大型商業施設があった。
館内は冬の装いで、オーロラに輝く星形多面体が天井から透明な糸で吊り下げてある。
でも、お目当てはショッピングじゃなくて、「ケーキ!ケーキ!」と息巻いている青先輩の言うとおり、『bonheur』(ボヌール)というケーキ屋さんだ。
甘いものに胸を躍らせるというか、胸を膨らませるというか、胸をときめかせている青先輩がかわいい。
グルメのフロアに着くと、ここからは胃を満たす食事処です、というのれんをくぐったように、空気が美味しそうな匂いに変わった。
胃を刺激するお出迎えだ。
「主食から行く?」
「デザートから行きたいです……。青先輩は?」
「俺も!美味しいものは一番最初に食べたい派なんだよね」
「私もです!デートでこんな甘味所に行けるなんて、青先輩が甘党で良かった」
「俺もそうだよ」
私は付き合うのが初めてだからよくわからないけれど、きっとデートでは、ラーメン屋の帰りにアイスという流れか、レストランに入ってコースの最後に出る少なめのデザートで終わるんじゃないのかな。
こんなふうに二人三脚で甘味三昧できるデートは、きっと青先輩じゃなかったらできないだろうな、と思う。
すれ違う人たちは女性ばかりで、みんなが青先輩の顔に目を止めてすれ違っていく。
はたから見たら、私が彼を無理矢理にこういうところに連れてきていて、彼は彼女に付き合ってあげている優しい彼氏に見えるんだろうな。
「なに笑ってるの?」
「いいえ。青先輩が甘党王子様だってこと、みんな知らないんだなって。あ、アイスと餅ちゃんにだけは言っちゃいました。ごめんなさい」
「いいよ。親友なんでしょ?甘党王子様はやめてほしいけどね」
「いやです。すごく気に入ってるもん」
「そういう少しわがままなところかわいいよ。あ、発見!」
bonheurの外観は、真っ白な壁の上に巨大な苺の屋根が乗っかっていた。
まるでケーキの王様である苺のショートケーキそのものだ。
店内の壁にもたくさんのケーキが描かれていた。
私たちはイートインスペースに座り、チーズケーキセットを注文した。
チーズケーキだけでも、ベイクド、ううん、バクス風チーズケーキから、レア、スフレ、カマンベールチーズ、ニューヨークチーズケーキの5種類もある。
小ぶりのケーキは一つ一つが洗練されていて、どれも一級品のような輝きを放って据えられていた。
「フォークで刺しにくいですね」
「え?」
青先輩はとっくにぶっさして食べていた。
フォークはショベルカーみたいにケーキの断面を崩して、お皿の上を綺麗な更地にした。
突貫工事のようだ。
「「ごちそうさまでした!!」」
2軒目は和菓子屋『桜』。
3件目はパンケーキ屋『flower flour』。
4軒目はドリンク専門店『天然果汁」。
「イチゴミルクを頼んだら笑う?」
「え?ぜんぜん笑いませんよ?」
「よかった。……俺は男だけど、イチゴミルクが好きなんだ」
「イチゴミルクに性別は無関係ですよ!」
「でもやっぱり、彼女の前だから……。グリーンスムージーのバナナ味にしようかな」
「私の前では素でいてくださいよ。あ、今回は私に払わせてください」
先にお財布を出して、果物柄のお茶目な帽子をかぶった店員さんに、「イチゴミルクのMサイズとマンゴージュースのMサイズください」と言った。
今までの三軒とも青先輩がおごってくれたから、最後くらい出すのが礼儀だよね。
「お待たせしました」
店員さんがマンゴージュースを青先輩に、イチゴミルクは私に差し出した……。
数十メートル歩いて、店員さんから見えなくなったところまで来たとき、やっとジュースを交換した。
「頬がイチゴミルク色ですよ。かわいい」とからかうと、青先輩の頬はますますいちご色に近づいた。
「……。ジュースによく書いてある、『濃縮還元』ってどういう意味か知ってる?」
「知りません」
本当は知ってるけれど、青先輩の照れ隠しを私も一緒に隠してあげようと思った。
果汁をそのまま搾ったものが「ストレート」で、果汁を搾ったあとに水分を飛ばして濃縮し、またその濃縮果汁に水を足して戻したものが「濃縮還元」という製法だ。
エレベーターわきに設置されているソファーに座り、二人でジュースを片手に写真を撮った。
太いストローからジュースを吸い上げていると、青先輩が「一口あげる」とイチゴミルクをくれた。
「こっちも美味しいですね」
「残念。くるみちゃんが赤くなる顔を見たかったんだけど。まぁ、俺たち直接してるもんね。間接キスくらいでは無理か」
「食べ物で遊ばないでください」
青先輩が私の顎を上げて、唇を無理矢理あけてきた。
甘い汁が隙間から流れ込んでくる。
「マンゴージュースもこうして口移しでもらえる?」
「自分で飲んでください!」
ジュースを押しつけると、青先輩は私の頬をつまんできた。
「誰も来ない今のうちに。ね?」
「だめです。残りは全部あげますから」
「一口だけしてよ。……くるみちゃんからのキスって一度もないんだよ」
「そうでしたっけ?」
「そうですよ。ああ、来ちゃった」
小太りの妙齢の女性が紙袋を提げてやってきた。
青先輩は大人しく果汁たっぷりのジュースを飲み終えて、やっと私たちは満腹になってグルメフロアを出た。
次は服や雑貨を見て回った。
青先輩は女性ものの雑貨屋の前でも楽しそうに見て、いろいろと話をふってくれた。
「これ見て。かわいい」
「あ、ほんと。でも、ちょっと私には可愛すぎるかもです」
「そんなことないよ。これとかも似合うよ」
「いいですね。青先輩によく似合います」
「そういうことを言う子には、えい」
ニンニクのような鼻が付いたおもしろサングラスをかけられて、写真を撮られてしまった。
「やだ!削除してください!」
「かわいいって」
「そんなわけないです!」
「いつか、ペアリング買おうね」
「ペアリング!?」
「今日は散財しちゃったから買えないけど」
「結婚指輪の真似事だけしませんか?」
私は値札付きで指が通せない指輪を一つ取った。
花形をしたピンク色のスワロフスキーがついたもので、小さな恋が花を咲かせたように可憐だ。
「すっごく似合うよ!貸して。……おっほん。牛尾田くるみさん」
「はい」
「健やかなるときも病めるときも、俺を愛すると誓ってくれますか?」
「はい、誓います」
「俺が糖尿病になっても?」
「ハイ、チカイマース」